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?=■ ?=★/和服の幼女と臆病な天才

〈 ■★ 〉



 とあるマンションの屋根の上。

 そこに和服の幼女がいた。


 機械音をほんの少し夜に滲ませながら、重力に干渉し浮遊している。夜風が彼女の薄青色の髪を揺らす。

 月はよく見え、目を凝らせば――眼球カメラの光量調節をすれば星も見える。

 眼下に見えるのは住宅街。その中の一軒を眠そうな目で見つめながら、彼女は頭の中の歯車を軋ませていた。


「【省電力モード一段階解除】……生体反応が六つ集まってるよ。食事をしてるみたい」

 幼女らしく鈴の転がるような声でささやく。屋根には一人しかいないから、傍目から見ればただの独り言だ。


 しかしそれに応える女性の言葉が、和服幼女の脳内だけに響く。

(そうか。相変わらず、フミ、貴様が省電力モードを一部しか解除しない怠惰な機械人形であるのには心底苛立つな。わざわざ碑戸々木宅付近にやってきて直接観測するのだから、最低でも三段階解除くらいはしてみろ)


 高慢なその声を聞いて、幼女――フミは頬を膨らます。むぅ、と腹を立てるような声を出した。

 少し頑張って、フミは透視と集音を行う。もともとそうするつもりではいた。そうするつもりで、高慢な彼女を説得して研究所を脱け出し、ここまで来たのだ。


「見える? はーちゃんの家族が食卓を囲んでるよ。とっても楽しそう」

(だからどうした)

「はーちゃんが今の研究を一時的に休止して自分の体を取り戻すことに専念すればー、あそこにはまた笑顔が増えるはずだよ」

(今日の観測は終わりだ。シャキロイアヴェリウ研究所に戻れ)

「話聴いてよぉ……確かにはーちゃんはお婿さんのことが大事かもしれないよ? でも、」

(帰って一年前の燦然院まゆら出現時の状況を調査し、あの弱気なくノ一の代わりとなる忍者を雇うか検討する必要がある。戻るぞ)


 フミに宿った別の人格――はーちゃんと呼ばれている――は研究者としては世界トップレベルだが、その分傲慢極まりない。強情で、人の話を勝手に打ち切り、そのままその話題に瞬時に興味を失くす。それはむしろ、フミよりもロボットらしいとすら言える。


 フミは「えー、なんでよ~」と言いつつも、すぐに諦めた。この別人格は言い出したら聞かないのだ。

 透視と集音をやめる。言われた通り帰るため、ゆっくりと飛行する。


 その途中、

(この私が)

 別人格が言った。


(この私が、響と宗に愛されていたと思うか?)


 それはフミにしか聞こえない声だが、フミにだけ言った言葉だっただろうか。


 彼女の声色に悲しみはなかった。あるのは気怠さだけだった。


 だが彼女が一度自分から打ち切った話をわざわざ蒸し返したということの意味をフミは汲み取った。


「……葉創はづく

 フミは別人格の本名を呼び、思い直して碑戸々木宅をもう一度見る。

 そして、集音により得た情報に口元を綻ばせた。

「聞こえる? 響ちゃんと宗一くんの会話が」


『あれ?』 『あれだよ』 『ああ――』

『高速演算親子二人三脚』


 フミに聞こえているのだから、葉創と呼ばれた人格にも聞こえているはずだ。


『本当に……いい父さんだったよ。……で! こっからが本番なんだけどさ』

『小四の俺と母さんが、二人三脚の競技で他の親子と競争したんだ。そしたら俺は母さんと全然歩幅が合わなくて転んでばかり』

『母さんは運動神経はともかく、協調性というものが全くない人だったからな』


(帰るぞ、フミ)

「待って」


『けど、ここからが凄いんだ。母さんは俺の隣でぶつぶつと何か言ってるかと思えば、「演算完了だ、行くぞ、宗」の言葉とともに走り出してさ。すると、俺は今まで通りに走ってるだけなのに全然よろめかないし、まるで一人で走ってるみたいにすいすい進めるようになったんだ』


『母さんと宗一は一位でゴール。なんかな、母さんは宗一の走り方の癖や体格を計算して、自分の走り方をそれに最適な感じに合わせたらしいんだよ』


『さすが世界レベルの天才だって思った。その時は本当に格好いいって思ったし、母さんのことが誇らしかった』


『そうだな。母さんはきっと何でもできる。そんな母さんが今でも自慢なんだ。死んじまう前に、もっと仲良くすればよかったって思う』


 フミは集音を打ち切った。夜風が耳元で鳴る音が再びよく聞こえ始める。

 黙りこくった葉創に、声をかけた。


「はーちゃん。きっと――」

(この私が今の研究を続けるのは)


 やや荒げられた葉創の声に、フミは驚き、口をつぐむ。

 響と宗一の母親は、冷静になってからフミの中でそっと呟いた。


(この私が今の研究を続けるのは夫のためだけじゃない。夫こそが奴らに今以上の活力を与えると信じているからだ)


 フミも、そして響や宗一やその父親も思っているであろうことがあった。

 不器用で、臆病で、踏み込むことができない一人の天才のことを、みんなが本当は好きなのだ。


 フミは、どこかシャロに似た、にっこりとした笑みを浮かべる。

「はーちゃん。フミね、はーちゃんの家族がもういちど笑い合える日が来るって信じてるよっ」


 葉創は応えない。

 ステルス機能が発動し、フミの和服姿は夜空にとける。僅かな駆動音と裂かれる空気だけが、フミの痕跡として現れては消える。

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