もう、ええかげんにしてくれよ
僕達は牢獄にぶち込まれた。
牢獄は今更感が漂う石組みで造られていた。漂う空気に湿気が含まれ、肌寒さを感じる。カビた臭いがどこからか漂ってくる。窓はなく、目の前に鉄格子が圧倒的な存在感で立っている。
「あーあ、ほんまにアラやんには呆れるわ。もうちょっと言い方あったやろうに。何でこんな目にあわんといかんねん」
「いや、ちょっと僕も熱くなりすぎました。反省しています」
「アラやんの事考えたらこうなるのも当然の結果やと思うんやけど、もう少しどないかならんかったんかなあ?あんな公衆の面前で中村センセを罵倒するとどうなるかぐらい、ちょっと考えたらわかるやん。まあ、済んでしもた事うじゃうじゃ言うても始まらへんから、もうええけどや」
中村というのは名古屋戦線の最高責任者だ。彼と兵士一同は遥か大阪から来た僕達を暖かく出迎えてくれた。
そこまではいいのだけど、集まった皆が余りにもベタベタで、捻りがなかった。いわゆる出落ち過ぎたのだ。それを見た僕は耐えられず、思わず中村に教育的指導をしてしまった。
「アラやんの駄目出しって結構応えるからなあ。聞き慣れてる俺でも時々グサッとくるもんあるもんなあ」
「確かなあ。しかし、あそこでキャッチボール・セオリーがくるとは思いもよらんかったわ。ほんまアラやんは笑いの事になると見境無しや」
僕には返す言葉もない。
「それにしても前ちゃん。中村センセのアノ顔見たか?あれはおもろかったなあ。こんな風に口をパカァと開いてハァいう顔してやがんねん。こっちは笑い堪えるの必死やったっちゅうねん。もう少しで爆笑してまうトコやったわ」
「ああ、あれかあ。あれは近年稀にみるヒットやったなあ。中村センセがあんな呆けた顔してんのん始めて見たわ。あいつちょっとウザいし、生意気やから丁度ええわ。ざまあないで」
ケラケラと二人が笑い始めた。彼らの笑い声は底抜けで、聞いてる僕は救われた気がした。
「なんや?アラやん、さっきから辛気臭い顔してからに。まさか落ち込んどんのんか?もう、終わった事やし、どうでもええやん」
「そうやで、俺もあんまり中村センセの事好きちゃうし。ちょっと痛快やったわ。あいつもたまにはヘコましたらんとあかんねん」
「すいませんでした」
「ほんま、アラやんは真面目やなあ。そんな何事にも真剣になってたら、頭がおかしなってまいよるで。適当でええねん。適当で。リラックスしいや」
「ゴットーちゃんは真剣にならんとあかん時にもリラックスしとるからな。それはそれで考えもんやけど、アラやんはもうちょっと楽にしてもええと思うで」
「そんなもんですかね?」
「そやそや。ゴットーちゃんみたいに適当でええねん。なあ、それにしても腹減らへん?」
「前ちゃん、そればっかりやな」
またも二人は笑い出す。牢獄に閉じ込められているのに気楽なものだとは思ったけれど、それを羨んでいる自分がいるのもまた事実。
二人を見ていると、済んだ事をウジウジ悩んでいる自分がつまらなく思えてきた。
「食事はでないんですかね?」
「そやな。ちょっと牢番に催促してみよか。このまま放置もかなわんもんな」
「俺、鍋焼きうどんがええな」
「好きですね。前田さん、外食するとき、いつも鍋焼きうどんですもんね」
「鍋焼きうどん最強やん?鍋焼きうどんを笑う奴は鍋焼きうどんに泣く事になる」
「どんだけ好きなんですか?」
「あー。そんなん聞いっとったら、俺もたこ焼き食いたくなってきたやん。よし、ちょっと誰か呼んでみたろか。おーい。すんません。牢番さんいてはりますかー?おーい、誰かいないんですかー?ちょっとー」
「返事ありませんね」
「そやな。聞こえんのかな?ほなら、皆で呼んでみよか?」
僕達の声は暗闇に吸い込まれるばかりで、返事は返ってこなかった。誰もいてないのか返事がさっぱりない。膨れ上がる不安。呼び声は段々と甲高くなり、最後には絶叫へと変わっていった。
「ちょっと、ちょっと、これってしゃれになってへんのんちゃうんのん?」
「待て待て待て!ちょっと待て!」
「いや、後藤さん。これは待てと言われても、前田さんの言う通りヤバそうですよ。誰も居てなさそうじゃないですか?」
「だから待てて言うてるやん。こんな時に慌ててどうすんねん?こんな時こそ落ち着かんといかんねん!ええから皆深呼吸でもして落ち着くんや!」
後藤の言う事は説得力があった。彼が一番落ち着いているようだった。
「ええか、ほなら一緒にいくで、ヒッヒッフゥー。ヒッヒッフゥー」
なんて事はない。一番気が動転しているのは後藤だ。一瞬でも彼を尊敬しそうになった自分を恥じた。
「後藤さん。あなた一体何を生み出そうとしてるんですか?」
「そんな事ええから、二人ともここから出る方法考えようや」
「なんじゃ、お前らさっきから、ぎゃあぎゃあとうるさいのぉ。牢に入ってる時ぐらいは、静かにして反省せんかいや!」
向こうの方から誰かがやってくる。
「あれっ?誰か来たようですね」
「ひょっとして、俺ら助かったん?」
向こうの方からちょび髭をはやしたおっさんが来た。山高帽にステッキ。アヒルのように足を大きく広げてガニ股で歩んでくる。
お前もか…
「ほんまにもう。この戦争の忙しい時に、いらん騒ぎを起こしくさって。それだけで収まらんと、ここでも騒ぎをおこしてけつかる。ほんまにこいつら、どないなっとんねん」
「まあまあまあ」
「まあまあまあ。ほら、アラやんも一緒に言わんとあかんやん」
「まあまあまあ」
「やかましわ!」
僕達は一喝された。あまりに大きい声だったので、身体に怯えが走る。
「怖っわぁ。めっちゃ怖いわ、この人」
「なんやねんな。いきなり怒鳴ってからに。そんなに大きい声ださんかて、聞こえるっちゅうねん」
「なんか、あの人のあの格好見てると、説教したくなるんですけど」
「待て!アラやん!ここでそれはマズ過ぎるやろ!」
「やかましい言うてるやろが!」
僕達はしゅんとなって正座する。
「すんませんでしたぁ!」
「そや、最初からそういう風に神妙にしとったらええねん」
牢番はチラリと僕の方を見る。何か突っ込んで欲しそうな気配。僕はここに来て何度目かのため息をついた。
後藤と前田を見ると、行けという目線を送ってきている。
「牢番さん。その格好って、やっぱりあれですか…」
牢番が食いついてきやがった。嬉しそうな顔をしてやがった。
こいつなんか死んでしまえばいいのに。
一通りのお約束が終ると門番は言う。
「そんなわけでお前らこれから後援部隊に編入される事になった」
「えー。何ですのんソレ?打ち合わせになかったやん?」
「打ち合わせって何じゃい!お前ら本当は慰問部隊になってたんやけど、中村センセが怒ってしもうてなあ。まあ身から出た錆やと思うて、あんじょう勤めたれや」
「俺、慰問部隊の方がええわぁ。そっちの方が楽そうや」
「黙らんかい!もう決まってしもたんしゃあないわ。覚悟決めたらんかい」
ムクれる二人。僕には何が何やらさっぱりだ。後援部隊って何をするのだろう?
「後藤さん、前田さん。後援部隊って何をするもんなんですか?」
「ああ、後援部隊ってな、食料とか必要物資とか送る部隊の事やねん。地味でしんどい仕事やねんなぁコレが。倉庫から食料品とかを出したり、計ったり、それを運んだり。まあ、身の危険はないんやけども、しんどいばっかりで実りのない仕事やねん」
「まあ、最前線で戦争するよりか、ええんやけどな。でも、手柄とかたてられへんし、一日中働きづめやからな。日のあたらん仕事っていうのか、何というのか」
僕が中村センセにいらん事を言ったから、こんな事になってしまったのだろうか?それなら二人に悪い事をした。
「あー、アラやん、またいらん事考えてるやろ?さっき、俺らそれはあかんて言うたばかりやん。そんな時には、ゴメン言うよりか冗談を言うもんや。俺らもそっちの方がなんぼか嬉しいわ」
「明日は明日の風が吹くいうやんか。後援部隊いうても、何かええ事あるかもしれんしな。笑ってやらんと、幸せもよってこうへんっていうやん」
「ほら、お前らごちゃごちゃ言わんと、行く準備せんかいや!何をしとんねん!ええ加減にさらせや!」
頭ごなしに何度も怒られていると、怯えよりも腹が立つものだ。そう思っていると後藤が大きな声を張り上げた。
「そんな事より牢番さん。俺ら腹が減りました。ペコペコで次の部署にも行けなさそうです。そろそろ俺らは何か食べたいです!タコ焼きなんか良さそうです!」
「俺、なべ焼きうどんがええわぁ!すんごい食べたいわぁ!腹減りまくりやぁ!」
もう、どうでも良いや。そんな事を思った。
「僕はお好み焼きがいいです!死ぬほど食べたい気分です!」
牢番がまた怒鳴りだす。
僕達はニッコリ笑って怒られた。




