自己主張の勧めですが、なにか?
「モツもカワもいいが、基本はネギマだな」
「焼き鳥のことですか?
基本といえば基本ですが……うまければなんでもいいって気もしますが」
「炭火でこんがりと焼いたお肉は正義です。
鳥肉のような高タンパク低脂肪のお肉なら、なおさら」
順に、辰巳先生、完爾、牧村女史の発言だった。
「それで、はなしを戻しますけど……結局先生は、おれたちがどういう風に行動するのが最上だと思われているわけですか?」
鳥肉を嚥下してから、完爾は、確認してみた。
「どういう風に行動するべきか……というのは、君はもう選択したのではないのかね?
門脇君」
辰巳先生は、お猪口を一息に飲み干してから、そういう。
すかさず、牧村女史が空になったお猪口に燗酒を注ぐ。
「周囲からの要望に妥協し、条件つきで魔法の情報を段階的に公開することにしたそうではないか。
わたしもまた、その判断は現実的だと思う」
「それじゃあなんで、今まで批判的なことをチクチクと……」
「それはだねえ、門脇くん!」
辰巳先生は、声を少し大きくした。
「それだけでは、ぜんぜん足りないからだよ!」
「あの……」
完爾は、虚をつかれた表情になる。
「……足りないっていうのは……。
その、なにが?」
「ずばり、アピールだな。
一般大衆には、君たちがなにを考えているのか、知る機会が与えられていない。
このままだと、政府なりなんなりの外部団体の仕切に従い続けることになるぞ」
「アピール……ですか?」
完爾は、何度か瞬きをする。
そんなことは、まるで考慮していなかったし、また「する必要性」もこれまでまるで感じていなかった。
「聞くが、門脇くん。
君たち夫妻は、現時点で世間的にはどれほどの知名度があるのか?」
「知名度……。
ほとんど……というか、まったく無名ですね。
自宅や職場のご近所ではそれなりに顔見知りはいるはずですが、せいぜい、その程度です」
以前、完爾が変身ギミックを使用した万引き犯二名を取り押さえたとき、週刊誌に報道されたことがあったが、その直後に靱野が公然と姿を現してギミック類を一掃しはじめた一連の動きがあり、世間の感心はすっかりそっちに奪われてしまった。
一度や二度週刊誌に取り上げられたくらいでは、実質的にはまったく無名といってもいい……はずである。
事実、ネットで完爾の名前を検索してみても、出てくるのは本業がらみの情報がほとんどであり、ごく稀に過去の行方不明の件やあやふやな憶測に基づくグラスホッパーとの関連性を記載した内容がヒットする程度だった。
基本的に、現時点での完爾の名は「一部関係者のみ」では有名ではあるものの、一般的な知名度といえば皆無であるといっても過言ではない。
「それでは、君と奥方が何者であるのかという説明から、徐々に浸透させていくべきだろうな」
辰巳先生はことなげにそういい、またお猪口を傾けた。
「最初から別の世界がどうこうなどといいだしても胡散臭いだけだから、順当なところで、未知の言語を使用する奥方の存在をアピールするところからはじめたらどうかね?
幸い、こちらの牧村准教授の研究成果も、広く一般に公開される気運が高まっているわけであるし……」
「それなんですが……」
牧村女史が、口を挟んでくる。
「……あの後、出版社の方と相談してみたのですが、せっかくユエさんの動画データが保存されているのですから、それを活用してみたいなー、ということになりまして……」
「それは……具体的に、どういう事をやるわけですか?」
完爾は、詳細をについて訊ね返す。
「具体的にいうと、ですね。
本の出版にあわせて、基本的な単語や会話文の発音を、ユエさんが行う動画をwebで公開することになります。
もちろん、肖像権の問題とかがありますので、断られればそれまでなのですが……」
「あー……。
そりゃあ……ユエの意志を確認してみないことには、なんとも……」
「そうか、そうか」
辰巳先生は、しきりに頷いている。
「それは、いいなあ。
そういうところから、徐々に知名度をあげていくのは、極めて自然だ。
実際に魔法の知識が解禁され、その影響が世間に現れはじめるまでそれなりの時間を必要とするはずだが、その前に名や顔がある程度知られていくのは、悪いことではない……」
「……ええ……まあ……」
辰巳先生のいっている内容が、いまいち飲み込めないでいる完爾の返答はぼんやりとしたものになった。
「まだわからないのかね、門脇くん。
いいかね、君たち夫婦は、固有の武力と言語、いや、文化といってもいい、この二つを持ち、なおかつ、魔法の知識という世界に影響を与えることも可能となる規模の換金商品も所持する、極めて有力な集団なわけだ。
日本政府もその他の諸外国も、その扱いに頭を悩ませているほどの」
数秒、考え込んだあと、完爾はようやく口を開く。
「……そういうことに、なるわけですか?」
「なるのだ。
今の世界情勢に与える影響力を考慮すると、下手な小国よりも強力な集団であるともいえる。
構成人数の多寡や国籍などは、この際問題とはならない。
君たちがその気になれば、テロや戦争も起こせるし、逆に、友好的な関係を持続できれば魔法の知識という恩恵を受けることができる。
周囲にしてみれば、これほど取り扱いに神経を使う必要がある者は、そうそう多くはない。
だから、君たちは、自分たちがなにを考え、なにを求めているのかをもっと積極的に外に広める必要がある。
そうすることで、無用な摩擦を減らすことができる」
「な……なるほど」
実をいうと完爾は、辰巳先生がいっていることを半分くらいしか理解できなかったが……一応、頷いてみせる。
「もっと、自分たちが考えていることを……ですか」
「そうだ。
アピールだ」
辰巳先生は、またお猪口を煽った。
「古来より、言論ほど持続的な影響力を持つ武器はない。正当ないい分であればあるほど、その影響力は強くなる。
武力や経済、政治などの要因で一時的に言論の自由が閉ざされることがあっても、それは長い人類の歴史から見れば、実に限られた、狭隘な時空間のことでしかない。
だから、君たちも自分たちの思いを積極的に形にして、世に問うべきだ。
そのいい分が正しければ、賛同者は必ずや現れる」
「……ふぅ」
辰巳先生や牧村女史と別れ、電車に乗った完爾はため息をつく。
辰巳先生の意見も、まったく理解できないわけでもないのだが……今は、あの熱気に当てられたような状態であり、客観的な評価ができそうにない。
完爾の体はアルコールを含むたいていの毒物を即座に分解、無効化するようにできているので酔いはしないのだが、別の意味で悪酔いしたような気分だった。
あとでユエミュレム姫にどう説明するべきか、と考え、そこではじめて、
「今の……録音しておけばよかったな」
と、気づいた。
邪魔になるものではないので、ICレコーダーは常に持ち歩いているのである。
「とりえあず……」
今ははやく帰って、ぐっすりと寝たいな……と、完爾は思った。
結局、完爾が焼鳥屋での会話についてざっと説明したのは、翌朝の朝食の席にまで持ち越された。
「その、辰巳って先生、余計なことをいい過ぎだと思うけど……自分たちの思惑を外部にアピールするべきだっていう意見には、賛成だな」
あまり要領を得ない完爾の説明を一通り耳に入れたあと、千種はそういった。
「これから取り扱い注意な魔法の情報を解禁していこうっていうんなら、なおさらそういうのは必要になるんじゃないのか?」
「……わたくしの姿を、全世界に公開するのですか?」
ユエミュレム姫は、別のところに反応している。
「今ままでの映像を……って、それは困ります!
マキムラさんだけが相手だと思ったから、これまであまり身なりを整えていませんでしたし!」
女性ならではの反応といえる。
「あー、わかるわかる。
今からでも、急いで撮り直しとか提案してみたら?
その分、時間とか手間はかかることになるけど……」
「そうですね。
マキムラさんに、メールしてみます」
「知り合いというか顧客に、メイクとか髪を整える人たちいるんだけど……なんだったらあとで紹介する?」
「ええ。
必要になったときは、是非お願いします」
話題についていけない完爾を横目に、女性たちは完爾には理解できないところに引っかかって盛りあがっていた。




