茶番劇ですが、なにか?
「普通なら信じられないところではあるが、変身ギミック類やら先日の実験やらの例があるからな。
ここは、そうした経歴が事実であるという前提ではなしを進めよう」
……別に、他人に事実と認めて貰わなくてもいいんだけどなあ、と、心中で完爾はぼやく。
「とにかく、門脇くん。
君は、民間人でありながら、一個人の分限を越えた攻撃力を保持している。
しかし、どこからも監視されることなく野放しになっているのが現状だ」
「お言葉ですが」
すかさず、完爾は反論した。
「自分と家族の両方に、数ヶ月前から監視が着いております。
あれは、日本政府が指示したものではないのでしょうか?」
最近になって、地元警察も公然と自宅周囲を重点的に警護するようになっていたが、その前からおそらく橋田管理部長の手配によるものと思われる監視が行われている気配があった。
これまで別に害がなかったから放置していたわけだが……。
「そのような事実はありません」
どうやら、上層部ではその事実を把握していないか、公式のものとして認めるつもりはないらしかった。
「では、どんな能力を持とうとも、自分は犯罪歴もない納税者です。
その自分を特別視して監視対象にしようとするのは、人権を損なう行為ではないでしょうか?」
「犯罪歴がないというがねえ、門脇くん」
別の官僚が、口を挟んでくる。
「犯罪的こそないが、君は、特にここ一、二ヶ月、かなりの頻度で警察のお世話になっているようじゃないか。
これは、君が関係した事件の調書をコピーしたものだが……見たまえ、この厚さを。
無辜の一般市民というのなら、こんな短期間のうちに、ここまで犯罪に巻き込まれることもないはずだが……」
ギミック類が流布し、すぐそのあとに度重なる襲撃事件があった。
両方を合わせれば、しっかりとした調書を取られた件数だけでも相当な数になる。
「そのすべてにおいて、自分は被害者であるか正当防衛であると証明されているはずです」
完爾は、毅然と答える。
そうでなければ、今頃完爾は留置場か刑務所にぶち込まれ、裁判にもかけられているはずだった。
淡々と、完爾はその事実を説明していく。
「それとも、警察が釈放している民間人をこの場で有害であると判断する根拠をお持ちなのでしょうか?」
最後に、そうつけ加えることも忘れなかった。
「だが、先日、自衛隊の演習場で行われた実験が示すとおり、門脇くん、君が一個人としては過剰な攻撃力を持っていることは事実だ。
このことを、なぜ今まで隠していたのかね?」
「その情報を、なぜ開示する必要があるのでしょうか?」
完爾は、首を捻った。
「本来であれば、プライバシーに属する情報だと思います。
少なくとも、攻撃魔法を使用できる者は最寄りの役所にその旨を届け出なければならない、などという法律はないはずです」
「それは、魔法の存在そのものがこれまで否定されてきたからだ!」
ある官僚が、少し声を大きくした。
「そんな危ない能力を所持していることを隠したままでいいとでも思ったのかね!」
「今の日本で普通に生活していれば、まず使う機会がない種類の魔法ですし」
完爾は、軽く肩を竦めてみせる。
「黙ったままでも特に不都合はないと思っていました。
それに、誰かに魔法が使えるという事実を明かしてみたところで、正気を疑われるのが関の山です」
「以前であれば、な」
先ほど大声を出した官僚が、完爾を睨みつける。
「しかし、今では事情が違ってきている」
「その事情が変わってきたから、自分も政府にはかなり協力的な態度を取って来たつもりですが」
完爾は、その官僚の目をまっすぐ見据えていい返した。
「そうでなければ、先日の自衛隊演習場での実験もありえなかったわけですし」
完爾が非協力的な態度を取っている、という前提が本当であるならば、そもそもこんな聴聞会が開かれることもなかったはずなのだ。
「……それとも、日本政府は、自分たち一家を不当に扱い、国外に退去させたいという意図をお持ちなのでしょうか?」
そろそろ馬鹿らしくなってきたので、完爾は「いざというときまで封印しておくこと」と念を押されていた文句を、さっさと使ってしまう。
先日の実験以来、手紙やメール、電話などで、アメリカ政府から公然とラブコールが入っているのだ。
当然、日本政府側もそのことを把握しているだろう。
今のところ、完爾たちはその要請を受けるつもりもなかったが、あまりにも日本政府の扱いが酷いようならば、国外に生活の場を求めることも本気で検討するしかない。
「いや、もちろん、君たちを不当に扱うつもりはない」
最初に完爾の経歴を確認した官僚が、慌てた様子でそんなことをいった。
「ただ、その……門脇くん。
君は、委員会への協力報酬として、少なからぬ金額を受け取っている。
もう少し、われわれに対しても協力的に接して貰えないかね?」
「自分は、現状でも十分に貢献しているものと認識しています。
それに、委員会での活動に対する報酬は、なんら後ろ暗いところがない、正当な対価です。
それがご不満であるようでしたら、即座に契約を打ち切って、今後、一切の相談を受けつけないようにしますが」
冗談じゃない、と、完爾は思った。
むこうから頼まれたから、それなりに多忙な本業を調整して、わざわざ暇を作ってまでこうして出向い来ているのだ。
依頼主である日本政府自身がそれを不満だというのなら、この取引自体を即刻取りやめるべきだろう。
「いや、それは困る。
今の日本には、実用的な魔法の知識がある人材は、君くらいしかいないのだ」
「自分は、委員会の活動を即座に停止しても、なんら、困ることはありません。
むしろ、本業に専念できて都合がいいくらいです」
「君は、自分さえよければいいとでもいいたいのかね!」
「そこまで極端なことはいいませんが、こちらの都合を無視して要望だけをごり押ししようとする依頼主と好んでつき合いたいとも思いません。
あなた方は、いったい自分たちをどのように扱いたいのですか?」
「まあまあ。
双方とも、少し落ち着きまえ」
また、最初に完爾の経歴を読みあげた官僚が口を挟んできた。
「さて、門脇くん。
君は、われわれに協力的に接してきたと主張しているが……それにしては、実際的な魔法の知識については口を閉ざしているようだが……」
「今の時点で魔法の知識を開示しても、無用な混乱が起こるだけだろうと判断しています」
「それは、われわれ世界、いや、日本国民が魔法をうまく扱えないと思っている、ということかね?」
「今すぐ自分たちが持つ知識を開示したとしたら、いずれは、魔法をうまく使いこなし、社会の中でも有効に役立てることができるようになると思っています。
しかし、そういう段階までいくまでには、相応の時間と、社会規模の混乱が必要になるものと予測しております」
「君たちが再三、そのように主張していることは、われわれも把握している。
しかし、それは……われわれ、この世界の住人をいささか侮った見方なのではないかね?」
「そうでしょうか?
まだ記憶に新しいギミック類の大量流出事件。
あの頃にも、ギミック類のすべてが善用されていたでしょうか?
マスメディアに露出した記事をみる限りは、悪用された例の方が圧倒的に多いと記憶していますが」
ここまで対話を進めて、完爾は少々白けた気分になった。
なんのことはない。
こいつらは、完爾にプレッシャーをかけて魔法の知識を奪いたがっているだけだ。
「いずれにせよ、自分たちが持つ知識を公開するかどうかは、自分たちの意志で決めさせて貰います。
国家が無理に没収できる性質のものでもないと思いますが」
「無論、没収などできるわけもない。
具体的な方法がないのはもちろんだが……それ以前に、なんの理由もなく国民の財産を没収する権利を、われわれ行政側は持たない。
われわれとしては、ただ、要望を出して、だな……門脇くん。
君に、こうして貰いたいお願いするだけの立場だ」
「今の時点では、どのような条件を出されようとも、魔法の知識を公開するつもりはありません」
完爾は、先に結論をつきつけた。
「委員会関係の聴聞会だと聞かされていましたから、もう少し有意義なはなしあいが出来るものと思っていました。
こんな水掛け論をいつまでも続けるつもりなら、つきあい切れませんので自分は帰らせて貰いますが」
いざとなれば、転移魔法を使用するつもりだった。




