ハジケすぎですが、なにか?
なんの前触れもなく、爆発した。
戦車が、である。
いったいなにが起こったのか、即座に理解できた者は皆無だった。
そもそものきっかけを作った完爾でさえ、この結果に驚き、そして対応することに忙しかったからである。
完爾は魔法で風を起こして、こちらに飛んでくる部品や破片を一気に地面に叩きつけた。
爆発した戦車から完爾が立っていた地点までおおよそ二百メートル。他の人たちが待機していた場所まではさらに百メートルほどの距離を置いている。
そのため、結果だけを見れば人的物理的被害は皆無であった。
安全性を考慮してそれだけの距離を確保したのが、幸いした形であった。
ただ、すべてが終わったとき、完爾は抱いていた暁が盛大に泣き出していたことにはじめて気づき、そして、ユエミュレム姫はその暁を強引に完爾から引き取ってあやしながら、完爾に対しては、
「……やりすぎです!」
と、一言で切り捨てた。
翔太は、「すげぇー! カンちゃんすげぇー!」とかいいながらケラケラ笑い声をあげていた。
「……それで、実際にはなにをやったんですか?」
是枝氏が、パイプ椅子に座った完爾を見下ろしながら、そう訊ねてきた。
心なしか、是枝氏の顔がひきつっている気がする。
「いや、だから。
今度は風の魔法以外の、別の攻撃魔法が見てみたいとリクエストされたもんで……戦車の中にだな、火の魔法を……」
「それは……メラですか?」
「……メラゾーマ」
是枝氏は、観測班が待機していた方にちらりと視線を走らせた。
「観測データによると、唐突に、車内に数千度以上の高温が発生したことになっておりますが……」
「数千度、以上……ですか?」
「センサーにも耐久限界というものがありますからね。
高熱源にあまり近すぎますと、壊れて数値を観測できなくなります。
ただ……密閉された車内でいきなり温度があがったら、空気が膨張して破裂もするかと……」
「……戦車が、ですか?」
「戦車が、です。
その戦車の車体も、高熱に曝されれば普通に劣化しますし……これだけ短時間のうちに破裂したことを考えると……必要となる熱量から逆算して、一気におそらく数万度かそれ以上の高温体が出現したものと推測されます」
是枝氏はしばらく絶句した。
当たり前のはなしだが……そもそも戦車というものは、内部がそこまで高熱になることを想定して作られているわけではないのだが……それにしても……。
「……実験結果の分析を、続けてください。
とりあえず……今回の実験は、これで打ち止めですね」
自衛隊で廃棄予定の車両はまだまだあるのだが、センサー類は今ので品切れであった。
なにより、完爾の魔法を目の当たりにしたお偉いさんたちが、随分と騒がしいことになっている。
例のギミック類の騒動により魔法の存在を疑問視する者はいなくなったが、完爾の魔法は予想を上回る威力を見せつけてくれた。
一個人がこれほどの破壊力を保有し、なおかつ、瞬時にどこへでも出現できる転移魔法まで使えるとなると……これは、即座に国家の安全保障をも脅かすことができるということでもある。
完爾が本気でテロ行為にでも走れば、実力行使でそれを抑えられる国家権力は、おそらくこの地上には存在しないだろう。
周囲の被害をまったく考慮せず、核兵器でも使用すればこの限りではないのだろうが……。
完爾自身は、どうも、あまり自覚をしていないようだが……「国家をも上回る戦闘力を保持した個人」に対してどのよう接するのか、という対処法を、日本もアメリカも、その他の国家も持ち合わせてはいないのだ。
完爾の扱いに対しては、これから紛糾するのだろうな……と、是枝氏は思った。
日本はもとより、世界中で、だ。
ただひとつ、救いなのは……矛盾するようだが、その能力に反して、完爾はごくごく普通の青年にすぎないということだ。
大きすぎる野心を持っているわけではないし、反社会的な性向の持ち主でもない。
完爾を取り巻く社会の方が妙な動きを見せない限り、完爾自身もこれまでと同じように、あくまで市井の一私人として過ごしてくれるだろう。
今も、完爾はユエミュレム姫に小言をいわれて小さくなっていった。
あの様子を見て、さっきの超絶的な破壊力を見せつけた者と同一人物だと、即座に納得できる人は少ないのではないか。
能力と人格の乖離というか。
この場には、いわゆる財界人と呼ばれる者や代議士なども多数、居合わせているわけだが……自分の女房に叱られてしょげ返っている完爾を目の当たりにして安堵している者は、決して少なくはないはずだ。
なんだ。
どんなに凄い能力を持っていても、案外、普通の男ではないか、と。
おそらくそうと意識はしてはいなかっただろうが……完爾がこの場に妻子や甥を呼び込んだことは、完爾という人格に対する心証を、かなり良い方向に修正しているような気がした。
「……えらい目にあった」
「それは、後始末をする人たちのいい分だと思うのですが」
転移魔法で自宅に帰る早々、夫婦でそんな会話をする。
「それで、カンジはこれからどうするのですか?」
その一言で、完爾は一気に日常に引き戻される。
「……あー。
在庫の補充したいから、一度会社に顔を出してきます」
なぜだか敬語になってしまう完爾だった。
「わかりました。
帰りはいつもと同じくらいですか?」
「ああ、うん。
……たぶん」
「カンちゃん!
今日は……すっげぇー、おもしろかった!」
自衛隊の野戦服とか車両とか戦車とか爆発とか、男の子が好きそうなモノてんこ盛りだったもんなー、と、完爾は思う。
「おー。
そうかそうか。
それじゃあ、おれ、行ってくるから」
「……あれ?
社長。
今日は用事があるとかで、一日オフだんたんじゃないですか?」
「うん。
その用事がね、思ったより早く終わったんで、顔を出してみた。
在庫の補充もしておきたかったし……」
「そういわれても……今日は一日社長がいないということで、素材の発注も止めておいたのですけど……」
「あー、そうかそうか。
おれがいないのに素材だけ送られて来ても、場所を塞いで邪魔になるだけだしなあ……。
まあ、いいや。
残っている素材だけも全部加工して、在庫に入れちゃうから」
「商品の売れ行きもいいようですし、この配送場も全部店舗にしちゃって、加工ともども完全に倉庫に移しちゃった方がよくはありませんか?」
「……うん。
そうだなあ。
そういうことも、考えていないこともないんだが……」
そこまで梃入れをするのなら、むしろ店舗の方を、もっと交通の便がいい場所に移した方がいいような気もするのだった。
都心方向からここまで来るのには、少々時間がかかりすぎる。
委員会関係で頻繁に移動するようになってから、完爾はそのことを痛感しはじめていた。
数日後、完爾は委員会により合同庁舎の一室に呼び出された。
魔法についての聴聞会、だそうだ。
完爾にとっては耳慣れない言葉であった、「聴聞会」とはなんだ? と疑問に思って調べてみたら、「行政処分や裁判にかけることを前提とした聞き取り調査」といった意味であるらしかった。
要は、政府が「お前の魔法はけしからん」と判断し、それを取り締まるための糸口を掴もうとしてなんのかんのと完爾を問いつめたい、ということなのだろうな……と、完爾はそのように解釈をする。
完爾の魔法を衆目に曝す選択をしたときから、このように扱われることは予測していたところであるし、なによりここまで来て拒否すべき理由もないので、完爾は素直にその召喚に応じることにした。
指定された場所に入ると、いつも相手にしている官僚たちよりももっと年寄りで偉そうな面々が完爾を待ち構えていた。
聞くところによると、各省庁のかなり偉い人と代議士のやはりそれなりに偉い人の集まりであるらしい。その偉い人たちは、秘書なのか若い人たちをそれぞれ一人か二人ずつ伴っていた。
完爾も間際弁護士に同伴して貰おうとしたのが、あくまで完爾単独で来ること、と先に釘を刺されてしまっていた。
せめてこれだけは、と、完爾は断りを入れてからICレコーダーでこの場のやり取りを録音させて貰う。特に断りは入れていないが、例によって入室前からスマホも通話状態にしていた。
ICレコーダーで録音を開始してから、この場に集まった人たちが一通り名乗って、本格的に聴聞会とやらがはじまる。
その聴聞会は、まず完爾の経歴を披露するところからはじまった。
今現在、経営している会社についてではなく、それ以前の、完爾がこの世から消えていた時期に、完爾がなにをやっていたかについて、それなりに詳しくまとまっていたとは思う。
その時期のことについては、当事者である完爾たちがあまり公言していないので、城南大学のサーバー上に公表しているユエミュレム姫の「手記」をもとにし、断片的な情報をつなぎ合わせて整合性を持たせた、ごく簡単な「物語」にすぎなかったが……完爾が、かつて、十八年という年月をかけてひとつの王国を救い、こちらの世界へ帰還してきた、という大筋は、外していなかった。
司会役が淡々とした口調でそうした内容を読み上げ、
「……以上のことは、事実ですか?」
と、確認される。
「おれの記憶違いがなければ、だいたい事実だと思います」
完爾は、あっさりと認めた。




