ピクニックですが、なにか?
「……別の攻撃魔法ですか……」
「頼みますよ、門脇さん。
本日は代議士の先生方も、あちらにお見えになっておりますので……」
「いや、リクエストはあるだろう、ってことは前々からいわれていますし、それ自体はいっこうに構わないんですが……」
もともと、例の委員会絡みでは年俸という形でかなりの大金を貰う契約になっている。
完爾とて、その程度のサービスを拒むほどに狭い了見を持ち合わせているつもりもないのだが……。
「……次の戦車を準備するまで、またしばらく時間が空くんですよね?」
「ああ。
廃棄予定の車両を、今、搬送中だそうだ」
「それじゃあ、その間に……」
思い切って、完爾は提案してみた。
「……一度家に帰って、ここに家族を連れてきてもいいっすか?
そちらにしてみれば、転移魔法も実地に見物できることになりますし……」
「……ということで、いったん帰ってきたんだけどさ……」
自宅のキッチンで遅い昼食を食べながら、完爾はユエミュレム姫に説明する。
ちなみに、メインメニューは冷蔵庫に残っていた野菜を使用した肉野菜炒めだった。
質素というかいかにもな家庭料理だったが、その普通さが完爾にとってはしみじみありがたかったりする。
「皆さんの目の前で転移魔法を使ったんですか?」
ユエミュレム姫は、小さく首を傾げた。
「……驚かれませんでしたか?」
「おそらく驚いたとは思うんだけど……」
完爾は、真面目な顔をしてそういった。
「……そのときは、おれ、こっちに着いてたからな。
実際にこの目では確認していない」
そもそも、完爾の魔法を実地に見て記録したい、といいだしたのはあちら側なのである。
完爾にしてみれば、今さら遠慮すべき理由もない。
「……わたくしもご一緒した方がよろしいようですね」
少し考えてから、ユエミュレム姫は結論した。
「もう少ししたらショウタを迎えに行く時間になりますから、それまで皆さんを待たせておくことができますか?」
「大丈夫、大丈夫」
完爾は、鷹揚に頷く。
「どうせ、新しい標的を運んで来て準備が整うまで、もうしばらく時間がかかるといわれているし……」
当初の予定では、完爾が攻撃魔法を見せるのは一回ないし二回といわれていた。一回目の本番で十分なデータが取れればそこで終了。あとの一回は、万が一なんらかの不備が生じたときのための予備回として、計二回分の準備を事前に整えていた、と説明されている。
つまり、今回の三回目は予定外の実験であり、それだけ準備に長い時間が必要となる、と、完爾はいわれてきたのだった。
「……戦車はともかく、計器類はどっからどう調達してくるんだろうなあ?」
ユエミュレム姫にそう説明してから、完爾は首を捻った。
戦車の表面とか中とかに、完爾には用途が想像もつかないような細かい計器類をかなり大量につけていたような気がする。
あれだけ多種多様な計器類をどこからか新たに調達してくるとなると、それなりに骨だと思うのだが……まあ、その辺は完爾が心配すべきことでもないのか。
完爾が食事をしている間に、ユエミュレム姫は手早く外出の準備を整える。
自分ひとりだけの身軽さなら鏡にむかって数分で完了するのだが、暁がいる今は予備のおむつやらほ乳瓶やら、なにかと荷物が多い。それらを一括してまとめた「おでかけセット」のナップザックを点検し、問題がないと判断したところで熟睡している暁をそぉーっと、起こさないように抱きあげる。
今日は完爾がいるので、完爾がだっこ紐をしめて暁を運ぶことになった。とはいえ、今後暁がぐずるようなことがあれば、すぐにでも扱いに慣れているユエミュレム姫と交替することになるわけだが。
完爾が食べ終えた食器をシンクに下げ、二人で翔太が通う保育園へとむかう。
完爾にしてみれば、ついこの間まで毎日のように通っていた道であったが、なにかと多忙になった最近ではまったく通っていない道である。
すぐ近所であることも手伝って、懐かしさは、正直、まるで感じなかった。
保育園の前で、完爾をよそに、ユエミュレム姫は他の保護者たちとかなり親しい様子で歓談をしはじめた。完爾自身は、ちょいと目礼をするのみであったが。
話題はといえば、近所のスーパーがいつまでなにがしという商品が特売で、とか、○ちゃんがどうたらと、この保育園に通う児童だかその兄弟だかの動向など、ごくごく日常的ななんの変哲もない情報の交換にすぎず、翔太の送迎をするようになってからまだ日も浅いというのに、ユエミュレム姫はすっかり保護者たちと馴染んでいるようであった。
ま、逆に、孤立しているよりはその方がいいのか、と、完爾は往事の自分の状態を棚にあげてそんなことを思う。
そして、ユエミュレム姫について、「順応性が高くてコミュ力高いよなあ」などと、心中でつけ加えた。
「……あれ? カンちゃん。
なんでいるの?」
お友だちとのじゃれ合いを切りあげた翔太が、やってくるなりそんなことをいった。
「ああ、ちょっと時間ができてな」
完爾は、そう答えた。
「一度帰って着替えてからお出かけするから、お前もつき合え」
まさか未学習児童ひとりを留守番に置いておくわけにもいかないから、翔太も一緒に演習場まで連れて行くつもりだった。
一応、保護者である千種には、メールで許可を求めている。
ただ一行、
「好きにしろ」
とのみ書かれた返信が来ていたが。
「お出かけ! どこに!」
「着いてからのお楽しみだ」
ユエミュレム姫の希望もあり、コンビニに寄ってお菓子を買い込んでから帰宅し、翔太が着替えている間に弁当箱を出してシンクに残っていた食器と一緒に手早く洗う。
着替え終わった翔太に靴を履かせ、右手にユエミュレム姫、左手に翔太といった形で三人で手を繋ぐ。
「翔太、ちょっと目を瞑ってみろ」
完爾はそういい、翔太がぎゅっと目を瞑ったのを確認した次の瞬間には、完爾、ユエミュレム姫、暁、翔太の四人は、完爾の転移魔法により富士の演習場に着いていた。
「よし。
もう目を開けていいぞ」
「え?
……えええっ!」
翔太はきょろきょろと首を巡らせながら、大声を出して驚いている。
「なに、これ!
どうなってるの?」
「おれの魔法だ。
このことは、誰にもいうなよ」
無理だろうなあ、とか思いつつ、完爾は翔太に対して、一応、口止めをしておく。
「……門脇さん!」
スーツ姿の官僚が、駆け寄ってきた。
「や、どうも」
完爾は片手をあげて、軽く挨拶をする。
「実験の準備は、もう整いましたか?」
「今、センサーを取りつけているところです。もう少し時間がかかりますが……。
それよりも、門脇さん!
いきなり消えるから……」
「いえ、転移魔法っていうのは、そういうもんですし。消える前にご説明申しあげたはずですが……。
ちゃんと、記録は取れましたか?」
「急なことなんで、映像記録だけですが。
ですが、流石にこちらに出現する場面は……」
「こんな、なんの準備もいらない魔法でしたら、機会があれば今後いくらでもお見せしますから、今日のところはそれで勘弁してください」
完爾はもっともらしい口調でそう説明し、傍らにいたユエミュレム姫たちを紹介する。
「それで、こちらがおれの相方のユエミュレム。
こっちが、おれの甥に当たる翔太です」
「主人がいつもお世話になっております」
ユエミュレム姫は、このような際に使用する定型句を淀みなく口にして、日本風に軽くお辞儀をしてみせた。
「あ、いや。
こちらこそ。
ご主人にはいつもお世話になって……」
なんだかよくわからないうちに、その官僚も完爾たちのペースに巻き込まれているのだった。
野戦服姿の自衛隊員たちや周囲に停まっているいかにもな軍用車両を目の当たりして、翔太はかなり興奮した様子だった。
そんな翔太を宥めつつ、完爾は請われるままに自衛隊や在米アメリカ軍の高級将校、代議士や官僚、財界人などの人々にユエミュレム姫を紹介していく。
今は育児や家事をやってもらっているが、将来的には交渉事のほとんどをユエミュレム姫にやって貰おうと、完爾はそのように目論んでいた。
最初からそういう予定をしていたわけではないのだが、今回のこれは、例の委員会の面々にユエミュレム姫の顔通しをするいい機会ではあった。




