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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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大規模実験ですが、なにか?

 ある朝、いつもより早起きした完爾はタクシーを呼び出して自衛隊の朝霞駐屯地まで移動した。

 そこで待ち合わせしていた陸上自衛隊の車両に乗り込み、数時間のドライブを経て富士演習場まで送られることとなった。

 大規模な攻撃魔法実験のためである。

 以前にも似たような実験をクシナダグループで実施したことがあるが、今回の実験は、日本政府が主導するものであった。

 完爾自身の意志で断固断ることもできたのだが……具体的な魔法の知識を提供することを拒絶している手前、断り難かった、ということもある。

 完爾たち夫婦を独占している日本への風当たりが強くなっているという点もかねてから指摘されており、一種のガス抜きとして差し障りのない程度に情報を公開してみてはどうか、と、やんわりとした申し出があった。

 実験の各種データは日本政府が厳重に保管し、編集後の断片的なデータのみが国外の各種機関に配布される、マスメディアの関係者は、一切シャットアウトする、というはなしだった。

 委員会の関係者も完爾の魔法を見たがっていたし、富士演習場のすぐ近くに、同盟国である米軍海兵隊のキャンプ地があった。こちらからも、何名か見物に出てくると聞いていた。

 平和な時代、平和な国に生まれて良かったよなあ、と、完爾は思う。

 時と場合によっては、完爾のような存在は、生きた兵器として扱われるだけだったろう。


 完爾を乗せた車両は数時間かけて富士演習場へ到着。

 同乗した自衛隊員たちは、明らかに民間人である完爾がいてもあまり不審に思っている様子はなかった。

 自衛隊員たちとの会話は、乗り込んだときに、

「あ。

 ピンクフィッシュの社長さんですか?」

「ええ、まあ」

「グラスホッパーの知り合いって、ネットに書いてあったんですけど、本当ですか?」

「知り合い……ではありますね、確かに」

 などというやり取りをしたくらいだった。

 ネットではおれはどんな風にいわれているんだかな、と、そのときの完爾は思ったものだが。


 演習場に入ると、なんだか偉そうな自衛隊の人とアメリカ海兵隊の人に紹介される。

 もちろん、完爾は英語など理解できないので、日本語で挨拶をしてそばにいた通訳さんにを通じてニ、三、簡単な問答をしただけだった。

 自衛官のお偉いさんは、一佐で、アメリカ海兵隊のお偉いさんはCaptainとか名乗っていた。

 完爾にとっては、漠然と、「幹部くらいの階級なのかな」くらいの感慨しか抱けない。

 それから、ゲストとして来ていた各省庁の人とか財界人、学者らしき人々がひしめき合う場所へと案内される。

 運動会などで使うような、骨組みとタープ生地の屋根だけがあるテントがいくつか設営されており、そこで何十名もの人たちが計器類らしい機械を操作していた。

 訊いてみると、やはり今回の実験で使うセンサー類のデータを受信する機械だそうだ。

 肝心のセンサー類は、もう実験の対象となる戦車に取りつけ終わっているらしい。


 紙コップのコーヒーを手渡されて、ぼーとっしていると、知った顔の人物が近づいて来た。

「調子はどうですか?」

「いつもも変わりありません」

 完爾は、是枝氏にそう返答する。

「なんだか、どんどん大事になっていくなあ、という気はしますが」

「それは、仕方がないでしょう」

 是枝氏は、苦笑いを浮かべる。

「われわれは、これほど大きな力を秘めた一個人と出会った経験がない。

 門脇さんが温厚な性格でしたから助かっているようなものの、もしも門脇さんが反社会的な人だったらと思うと、正直、ぞっとします」

「どちらかというと、おれが襲われている方なんですけどね。

 最近では」

「はい。

 そこことも、聞いています。

 何度か襲撃されているとか……」

「まったく、おれだったからいいようなものの、もしもおれが普通の人だったら、もう何度も死んでますよ。

 むこうでならともかく、この日本でこんな目に遭うなんて、思いもしなかった……」

 そのことも、完爾が今回の実験を引き受けた理由になっている。

「……魔法の存在を否定する狂信者とか、勘弁してほしいよなあ……」

 以外なことに、最近、完爾を襲った者の何割かは、犯罪などに関係した地下組織と無縁の人々が含まれていた。

 ここで、完爾の魔法の威力を、公式に世の中の目に晒せば、それだけで抑止力となりうるだろう……と、完爾は考えたのだ。

「どうやら完爾が魔法を使えるらしい」というネットでの風評を鵜呑みにして、自ら武器を手に取ったり、あるいは人を雇ったりして、完爾の抹殺をもくろんだ者が複数名、存在したのだ。

「われわれ日本人にとってはあまりピンと来ませんが、敬虔な信者にとっては、教義を否定する存在は邪悪なもものと見なされるようです。

 まあ、極端な行動に踏み出してしまうのは、あくまでごく一部の人なのでしょうが……」


「……bang!」

 二百メートルの距離を開けて置かれた七四式戦車を指さし、完爾が呟く。

 それと同時に、七四式戦車の主砲が、いきなりねじ曲がった。

 それだけではなく、キャタピラーまでもが強引に引きちぎられ、風に舞っている。

 戦車の本体も、音をたてて軋んでいた。

 砂埃がたって、戦車を中心としたごく狭い範囲に不自然なつむじ風が発生したことを露わにしている。

「風の魔法ですか?」

 是枝氏が、訊ねてきた。

「前の実験のとき、バギで済ませましたからね。

 今回は、バギクロスを使ってみました」

 平静な声で、完爾は答えた。

 その問答の間にも、七四式戦車は音を立てて解体されていく。

 三十八トンとされている戦車が、風の力で解体されていく様は、圧巻であった。

 すでに、主砲とキャタピラーは引きちぎれて宙を舞い、砲塔まで、不自然な方向に曲がってねじきられようとしている。

 いっせいに出鱈目な方向に力を加えられ、丸みを帯びた装甲にも、細かい亀裂が入っていた。

 砲塔が、完全に本体から離れた。

 次いで、軽くなった本体と一緒に、風に巻き上げられてぐるぐると回転しはじめる。

 バラケた部材同士がぶつかり合い、七四式の解体をさらに加速した。

 細かな部品が風に巻きあげられ、互いにぶつかり当て金属的な濁音を響かせている。

 海兵隊のCaptainが、先ほどから目を丸くして、「……Oh, my……」とか「……Jesus……」とか呟いていた。

 戦車がバラケながら宙に舞う風景なぞ、目の当たりにしたことはないだろうから、そういいたくなる気持ちはわかる……と、完爾は思った。


 七四式戦車は、五分とかからずに単なるスクラップと化した。


 その後、関係者が集まったテントは、かなり騒がしいことになった。

 完爾が魔法を使えるという情報を知らされてはいても、ここまで威力があるものだと思っていなかったらしい。

 ……まあ、好きに騒がせるさ……と、完爾は思い、さしてうまくはない紙コップのコーヒーを啜った。

 他にやるべきことがないからである。


 役人や自衛官も騒がしかったが、計器類がら送られたデータをモニターしていた人たちも、興奮した面もちでなにやらはなしこんでいた。

「なんだよ、あの風」

「自然なものではないな」

「当たり前だろう!

 普通の風は、だいたい気圧差が原因で発生するわけで……」

「かといって、機械的な方法では……」

「無理過ぎるだろう。

 あの圧倒的なエネルギー量を考えれば……」

「むしろ、あれをなんらかのトリックでやれるのだとしたら、そっちの方が驚異だな」

「このデータ……間違いないよな?」

「いや、他のセンサーのデータから見ても、整合性は取れているだろう」

「純粋に、物理的な力に、七四式の車体が耐え切れられなかったって……」

「戦車の装甲をねじきることができるほどの、力って……」


「……門脇さん!」

 偉そうな制服を着た自衛官の人が、完爾にはなしかけてくる。

「その……もう一度、追試をして貰いたいのだが……」

「いいすよ、別に」

 完爾は、ことなげに返答する。

「せっかくここまで来たわけですし。

 でも、戦車の方は、予備があるんですか?

 よく知らないけど、あれってお高いものなんでしょう?」

「もともと、耐用年数を過ぎて廃棄処分待ちになっているものを使用しています」

 その自衛官は、生真面目な声色で説明してくれる。

「ただ……センサー類を取りつけるのに、少々時間が必要となりますが……」


 約一時間後、完爾は同じように、いわゆる「バギクロス」でもう一両の七四式戦車を解体した。


「……門脇さん!」

 今度は、スーツ姿の官僚らしき人物が完爾に声をかけてきた。


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