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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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レクチャーですが、なにか?

「なんだかんだいって、小一時間は潰されちゃったなあ」

 地下鉄で城南大学へむかいながら、完爾は呟く。

 辰巳とかいう大学教授を訪ねるのはこれがはじめてのことで、「急用で予定された時刻に着けなくなった」、と伝えたら、「遅くなってもいいから」と来てくれ、とのことだった。

「……城南、城南……。

 って、どうも聞きおぼえがあると思ったら、牧村先生がいる大学も、確か城南だったかな?」

 ユエミュレム姫の母国語を研究している准教授が、確か、城南大学に籍を置いていたはずだ。

 もっとも、今の大学も学部ごとにキャンパスが違っていたりするし、これから訊ねる辰巳氏と牧村女史とが知り合いであるとも限らないわけだが。


 指定された駅を出たところで一度連絡をくれ、とのことだったので、改札を降りて地上に出たところで電話をする。

『はい。

 門脇くんか? 門脇くんだな』

 呼び出し音が鳴るか鳴らないかといったタイミングで、辰巳先生が出た。

『今、駅に着いたところか?

 うん。

 改札はもう出たのか? 何番出口だ?

 ああ、じゃあ、そこで待っていてくれ。すぐにそっちにむかう』

 ほぼ一方的にまくしたてて、通話を切られた。

 案外、せっかちな人らしい。


「やあやあ、どうもどうも」

 辰巳先生の実物は、それから五分もしないうちに完爾の前にあらわれた。

「ここじゃあなんだから、場所を移動しましょう。

 なに。

 すぐそこに、行きつけのいい店があるんですよ」

 完爾が返事をする前に、やはり一方的にまくしたてて勝手に歩いていく。完爾も、そのあとを追う。

「門脇くんの経歴については一応レクチャーされているんだが……」

 歩きながら、辰巳先生は勝手に語りだした。

「信じがたいといえば、かなり信じがたい。

 とはいえ、ついこの間、あんな騒ぎがあったばかりだしなあ。

 それで、わたしのことはどのように聞いていますか?」

「ほとんど、なにも」

 完爾は、素直にそう答える。

「参考になるだろうから、一度はなしを聞いておけ、とだけ」

「そうか、そうか」

 辰巳先生は、ひとしきり頷いたあと、

「あ、この店」

 と、建物を指さす。

 なんのことはない。

 ちょうどいい加減にくたびれた感じの、居酒屋だった。


「……文化人類学、ですか?」

 辰巳先生が出してきて名刺を見ながら、完爾は呟いた。

「専攻でいえば、な。他にもいろいろと手を出しているが……。

 民族学と同様、ほとんど死に体の学問だが、まだかろうじて商売になっている」

「死に体……なんですか?」

「伝承の採取とかが大きな比重を占める学問だからなあ。

 今どきはグローバル化とかが行き渡りすぎて、どこへいっても古来からの伝承や文化というものが軽視されている」

 辰巳先生は、真面目な顔をして頷く。

「アフリカの某部族と別の部族の間に伝わる御伽噺の比較研究などをしていたわけだが、その肝心の伝承が急速に忘れられつつある。

 日本でいうと、少々分野はずれるのだが、柳田国男が民俗学とかいってやった仕事がすぐに思い浮かぶな。

 あれなんかは学問というよりもずっと文学の方に傾いているが……」

「それで、その先生が、なんでおれなんかに?」

「ああ。そうだ、そうだ。

 委員会とやらからな、こちらの伝わる魔法や魔術について簡単にレクチャーしてくれといわれたんだった。

 ま、まずは飲みなさい。

 酒は、いける口なんだろう?」

「は、はあ。

 飲めるか飲めないかといったら、そりゃ、飲めますが……」

「門脇くん。

 君は、実際に魔法が使えるそうだが、なぜこちらの世界にはその魔法がないのか、わかるかね?」

「……実用レベルまで研究することに成功した人がいなかったから……ですか?」

「それもあろう。

 だが、その成功する、というのを、どこで判断するのか?」

「ええっと……使ってみて、効果があれば成功。なければ失敗。

 ……では、ないんですか?」

「よろしい。

 古来、民族や文化の違いはあれど、呪術や魔法を扱う者は必ずいた。

 それどころか、多くの場合は相応の権力を与えられ、社会的な地位も高かった。古代の王権を持つ者たちは、世界と同一視される場合がほとんどだ。

 しかし、いずれも時代が経つにつれて省みられなくなり、没落していったがな」

「はい」

 完爾は、頷く。

 少なくとも、完爾が知る歴史では、そういうことになっている。

「そうした昔の術者たちは真剣に自分の仕事に取り組んでいた。

 かなり精緻な知識体系を構築し、何世代にも渡って伝えてきた」

「でも、実用的な知識ではなかった」

 完爾は、指摘する。

「ふむ。

 実用的、か。

 まあ、実際のところはその通りなのだろうな」

 そういって、辰巳先生は升酒を煽った。

「ピタゴラスとその教団は数字の中に世界の真理があると信じ、ヨハネス・ケプラーは実は天文学者ではなく占星術師だ。現在の化学知識の多くが、中世の錬金術から派生している。

 現在、科学として利用されている知識のうち、多くの部分は、実は今でいうオカルティストたちが大昔に検証してきた結果に拠っている。

 いや、誤謬に満ちた膨大な知識体系の中から実証可能な上澄みだけを取り出したものが現在の科学である、というべきかな」

「なるほど」

 はなしの行き先が見当つかないので、とりあえず、完爾は相槌をうっておく。

「まあ、そんな顔をするな」

 完爾が不安そうな様子をしているのが伝わったのか、辰巳先生はそういって笑いかけた。

「委員会とやらに頼まれたのは、だ。

 こちらの世界にも魔法について研鑽を積んできた者たちはそれなりに存在していた、という事実を門脇くんに説明して欲しいといわれてな……」

「はあ……」

 完爾は、少しばかりあきれた。

「……正直にいわせてもらえれば、そんなことを教えられてましても、あまり役に立たなそうな……」

「まあ、そういうな」

 辰巳先生は、そういってまた升酒を煽った。

「先に、酒手くらいは貰っているのでな。

 一通り、聞いて貰うぞ。

 まず、これら、魔術を扱う者はいくつかの種類に分類できるわけだが……」

 それから辰巳先生は、酒を飲みながら、延々と閉店になるまで独演会を続けた。


「……なんなんだ、あの先生……」

 帰宅早々、完爾は珍しく疲れた声を出してテーブルの上につっぷする。

「食卓のうえに寝そべらないでください」

 ユエミュレム姫が、注意する。

「その先生のおはなし……そんなに詰まらなかったですか?」

「詰まらないとか詰まるとかいうことではなくて、あまり興味のない分野について事細かに講義されてもなあ……。

 こっちは気疲れをするばかりで……」

「でも、こちらの世界の魔法、ですか?

 わたくしとしては、それなりに興味がありますけど……」

「魔法といっても、むこうのとは違って、実効性がまるでない、格好だけの紛い物ばかりだぞ」

 完爾は、小さく鼻を鳴らした。

「役に立たないとわかっている知識ほど無駄なものはない。

 呪術者とか錬金術師とか仙人とか……。

 まあ、そういうのを信奉している生き残りが、靭野さんが持ち込んだ自律術式を下手にいじくって悪さをしているんだろな、ってことは理解できたが……」

「その、センニンというのはなんですか?」

「道教思想に基づいて人以上の存在になった者たちの総称……だそうだ。

 なかには、人ではない物や動物が仙人なる場合もあるそうだけど……あ、もちろん、実在しないからな。

 昔から、そういう伝承があるっていうことで」

「人以上の存在、ですか?」

「一定の手続きを踏んで生き続ければ、やがて食物を必要としなくなったり、不老不死になったり、なんかすごい超能力が使えるようになったりするという……伝承というか、御伽噺だな。

 その手の伝承は日本にも入ってきているけど、本場は今でいう中国」

「……随分と都合のいいおはなしですね」

「辰巳先生がいうには、むこうの文化では抽象的な道徳論よりも現世的な利益が重んじられたから、そうしたわかりやすい伝承が広く受け入れられたんだろう、ってことだけど……」


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