襲撃ですが、なにか?
委員会での完爾の立ち位置は、あくまで「アドバイザー」的なものであって、意見を求まられることはあっても、具体的な方針などについての決定権はない。
とはいえ、この世界でまともに魔法を使いこなせる人数が絶対的に限られている現状では、当局側も完爾の意見を無視できるわけではなく……。
「……駄目、ですか?」
「駄目ですね」
産業省に所属する官僚の言葉に、完爾が頷く。
「われわれが使用できる魔法のリストを作る、までは、いいです。
ですが、そのあと、順次解禁していく……ことを、既定路線とされてしまうのは、不本意です。
今のところ、どんな魔法も公開する予定はありません」
「影響力が少なそうなものから順番に、時間をかけて公開していけば世間の混乱も最小限に抑えられると思うのですが。
国益になりますし、なによりそろそろ国外からの圧力が……」
「いやそれは、そちらの都合でしょう」
完爾は、きっぱりとそう断言する。
「国益とか外圧とか、おれたちにはなんの関係もありません。
以前にもご説明申し上げましたが、世間に混乱を招きかねない情報を公開するつもりはありません」
「そう……ですか」
その官僚は、がっくりと肩を落とした。
そのあと、経済効果が、とか、昨今の不況が、うんうんと愚痴られたが、それこそ完爾たちの知ったことではない。
「こういってはなんですが……おれたちが使う魔法なんて、しょせん、こちらの世界にははじめからなかったモノです。
そんなモノに頼らなければならないというのなら、それは随分と不甲斐ない気がします。
自力でどうにかできなかったら、たとえ外部の力を利用して一時的に持ち直したとしても、またすぐに勢いを落とすのではないでしょうか?」
……仮にもこの国もまだまだ、先進国の一員だろうに……と、内心でつけ加える。
完爾が別の世界へ行く前は、この国も、もう少し覇気があったような気がした。
これなら、今も魔法の原理を解明しようと完爾がもたらしたデータを解析しているとかいう、クシナダグループの人たちの方がまだしもマシに見えた。
委員会関係で人と会う機会が増えてから、この手の「おねだり」には何回か遭遇していた。
政府関係はもとより、財界人と呼ばれる人種からもかなり図々しい申し出を受けた記憶がある。
相応の経済的な見返りを条件に交渉してくる者がほとんどだったので、そのすべてを「おねだり」扱いにしてしまうのも、問題があるような気がするのだが……。
いずれにせよ、完爾の反応は、「拒否」の一手であった。
「魔法なんてのはね、少なくともこの世界では、使わなくて済むんなら使わない方がいいんです」
今も、完爾は産業省の官僚をこんこんと説き伏せている。
「そいつをあてにするなんて、とんでもない」
「いや、しかし……。
先ほどもご説明申しあげましたように、ぼちぼち諸外国がじれてきておりまして……。
今のところは外交で抑えていますが、そろそろ、なんらかの妥協をして小出しにしていかないと、どこかの国が暴発して強引な手段に訴える可能性も……」
「……なんですか、それは?」
完爾は、軽く眉根を寄せた。
「この日本で、そんなことをするのは可能なんですか?」
「無論、違法です。
しかし、物理的には……」
産業省の役人が、急に声を潜めた。
「……グラスホッパーの人が、最近活発に動いているおかげで……そちらの残党と某国の一部反動勢力が結びついてよからぬ動きをしている、とかいう情報も掴んでいますし……」
「……イヤな組み合わせだな」
完爾は呟く。
悪の魔術結社……の残党と、どこかの国の反動勢力の合作か。
暴走する一方で、歯止めをかけるやつがいない気がする……。
「ま。
そちらは、いざとなれば自力でなんとかします」
少し考えたあと、完爾は涼しい顔をして、そう答えていた。
「あの……くれぐれも、穏便に」
合同庁舎のビルを出て、地下鉄の駅がある通路へ抜ける。周囲はすでに日が落ち始めていた。いつの間にか、風が冷たくなっている。
委員会と関係するようになってから、完爾は、普段からフォーマルな服装を着用することが多くなった。とはいっても、以前のジーンズとジャケット姿から、せいぜいが量販店のスーツを身につける程度の変化なのだが。
ともあれ、今の完爾は、外見的には、どこにでもいるサラリーマン風になっている。
「ええっと……次は……」
切符の自販機があるあたりで通行の邪魔にならないように壁際に寄り、完爾はスマホのスケジュール管理アプリを立ち上げて予定を確認する。
「……城南大学の、辰巳って先生のところにいけばいいのか……。
ここからだと……」
自販機の上にある路線図に目線をやり、乗り継ぎを確認する。
東京だと、直線距離ではたいしたことはなくても、鉄道を利用すると乗り継ぎが煩雑になることが、ままあった。
必要以上に本業を圧迫しないようにするため、委員会関係の用事はできるだけ集中して行うよう、調整していた。
「……門脇完爾さんですね?」
不意に、そう声をかけられた。
「ええ。
そうですが……あなたは?」
声がした方に顔をむけ、完爾は、軽い口調で答えた。
「あなたの存在を快く思わない者です」
完爾と同じような、目立たないダークスーツ姿の男は硬い声でそういい、ポケットにいれたままの手でなんらかの操作を行った。
ため息のような音がして、完爾の胸から腹部にかけて、鈍い衝撃が走る。
喉もとにせりあがってくるものを吐き出さないように気をつけながら、完爾は、スマホを握っていない左手を伸ばして、男の肩を掴む。
その力が意外と強いことに、男は驚愕の表情を浮かべた。
「……サイレンサーつきの拳銃ってやつですか?
桜田門がすくそこにあるのに、大胆なことで……」
いいながら、完爾は、右手でスマホを操作して、非常時用の登録番号へ電話をかけた。
完爾を射殺しようとした男は、完爾に肩をしっかり掴まれ、逃げようがない状態になっていた。
瀕死の重傷を負っているはずの完爾が、なぜこんなに明瞭な意識を保ちながら、自分を拘束し続けているのか……脂汗を流しながら、訝しんでいる。
「……ええ。
今、ちょっと胸と腹に、おそらく銃弾を受けまして。
ええっと……三発、いや、全部で四発かな?
いや、ぜんぜん、無事です。もう直りました。
そうです。
今、霞ヶ関の、改札の前で。
ええ、犯人を拘束しているところでして……」
完爾は、「次の約束には、確実に遅れるな」と思いつつ、警視庁にいる担当者に淡々と説明していた。
特に大きな声でもなかったから、完爾と犯人の男とが、人目に立つこともなかった。
「……と、いうわけでして。
駅に防犯カメラとかあれば、そちらにも映っているかと思いますが……」
警視庁の一室に案内されてから、完爾はたった今体験したことを淡々と語る。
「……それから、こいつが、今、おれの体から押し出されてきた銃弾ですね」
そういって、完爾はみっつのひしゃげた金属片を机の上に置いた。
「おかしいなあ?
四発撃たれたと思ったんだけど……」
「一発は、貫通したのかもしれませんね」
「ああ、そっか。
人体なんて、柔らかいもんな。
じゃあ、あのあたりの壁か床に……」
「そのへんは、こちらで手配して調べさせて貰います」
完爾に対応していた警官は、完爾の言動に驚いていないところから察するに、事情を知らされているのだろうが、最後まで慇懃な態度を崩さなかった。
「ああ、じゃあ、よろしくお願いします」
別に、警察に愛想の良さを求めてはいない完爾は、あっさりとそういって頷いた。
「それで……以上で、よろしいでしょうか?
次の約束も、詰まっていますので……」
たった今、射殺されそこなった人間のものとは思えないほど鷹揚な口調で、完爾はそんなことをいいだした。
「はい。
調書などはこちらで整えておきますので、門脇さんはこのまま、ご自由にどうぞ」
「それでは、あとの捜査などはよろしくお願いします」
「門脇さんも、これからも大変でしょうが、今後もお体にお気をつけて」
別れ際にそんなことをいわれたのは、はたして皮肉だろうか?




