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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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進展ですが、なにか?

 一方、完爾の会社はというと、相変わらずそれなりに盛況ではあった。

 従来の固定客に加え、週刊誌の一件から興味を持った客層が徐々に増えてきている。

 明らかにアクセサリーなどには関心を持っていなさそうな中高年の男性客が物珍しそうに店内をうろつく光景も珍しいものではなくなった。

 手が空いているとき、店員たちがさりげなくはなしを聞いてみたところ、彼らの多くは工学畑の人間であり、店の商品そのものよりも素材の加工法についての興味の方が明らかにまさっているようだった。週刊誌の一件で、完爾の店とそこで扱う商品の存在を知ったのだろう。

 そのはなしを耳にしたとき、完爾は、「そうした人たちむけに、いくつかの素材を同じように加工した実験セットでも売ってみるかな」、などと思ったものだ。

 それからすぐに、「いや、もっと付加価値を盛り込まないと、すぐに飽きられるか」と思い直し、いい付加価値がその場で思いつかなかったのでとりあえずその件は保留にしておく。

 魔法を使用した製造工程を社内で公表したあと、従来のように人目をはばかる必要もなくなり、以前よりもずっと小回りが効くようになっている。

 かねてから分業化を推進してきた関係で、完爾自身でやらなくてはならない仕事の領域も以前と比較すればずっと縮小してきており、要するに完爾は、少し前よりはずっと時間の自由が利くようになっていた。

 ぼちぼち新しい領域を開拓していくのも手だよなあ……と、完爾は思う。

 例えば、数量限定でなら、実用品の製造に手を染めてもいいだろうし……。


「……本、ですか?」

 ユエミュレム姫は、ノートパソコンの画面にむかって首を傾げて見せる。

『ええ』

 牧村女史は、小さく頷いた。

『先日のギミック騒動でこちらへの興味も強くなってきていまして……』

 以前より、ユエミュレム姫と牧村女史は、ユエミュレム姫の故国の言葉についての研究を進めていた。

 具体的にいえば、文法の解析や語彙の収集、日本語対応の辞書の整備など、地道な作業をコツコツと進めていたわけなのだが、例の騒動以来、魔法関係全般への関心が高まってきていて、牧村女史の方へ問い合わせが来る頻度も格段にあがってきているという。

 今現在、ユエミュレム姫と牧村女史がそうしているように、パソコンのモニター越しにとはいえ、もう何ヶ月も共同作業を行っている。

 当然、それなりに基礎となるデータは蓄積されているはずなのだが……。

『それを、出版したいというご依頼がありまして。

 いえ、学術関係というよりはもっと砕けた、ザブカル系に強い出版社から申し出なんですが』

「サブカル、ですか?」

 ユエミュレム姫は、心持ち、首を傾げる。

『サブカルチャーの略、ですね。

 ええっと……ちょっと怪しげな、オカルト系の雑誌とを刊行している出版社なんですけど……。

 ご存じありません?

 前世でいっしょに戦っていた戦士をうんぬん、とかいう痛い文通希望欄がある雑誌とか出してる』

 もちろん、ユエミュレム姫はそんなうろんな出版物にはまるで縁がなかった。

『……基本的に、興味本位ではあっても害はないかなー、と思います』

 というのが、牧村女史の判断だった。

「それで……その依頼というものを受けるすると、具体的にどういうことになるのでしょうか?」

『出版社としての格がどうあれ、ユエミュレム姫の故国の言葉を学ぶために資料を、広く一般に公開することになります』

 牧村女史は、そう説明してくれる。

『ユエミュレム姫にも、監修という形でご協力いただくことになると思いますが……』

「監修、ですか?」

『今までやってきた作業と同じですね。

 こちらが提出した原稿をチェックして、間違っていたところがあったら訂正をしていただく……。

 もちろん、共著という形になりますから、印税の何パーセントかが報酬として発生します』

「今までやってきたことと、同じ……ですか……」

 ユエミュレム姫は、少し考えてみた。

「……あまり急がされても、対応できませんが……」

『そちらの状況については、すでに先方に説明しています。そのへんは、ご安心ください』

 牧村女史は、そういって頷いた。

『別に締め切りが決まっているものではありませんし、まずは日常会話くらいの軽い内容から、というおはなしですので、軽く受け止めてもいいかと思いますが……』


「……魔法関係の対策委員会、ですか?」

 電話を取った完爾は、軽く眉根を寄せる。

 例によって、橋田管理部長との会話であった。

『ええ。

 例の騒ぎ以来、上の方でそういうものを発足すべし、という論調が強くなりまして……。

 諸外国から、情報を日本国内だけで独占せずに公開すべしとの圧力がかかっていることもありますが……。

 グラスホッパーの方は、例の調子でなかなか捕まりませんから……』

 グラスホッパーこと靱野は、あれ以来文字通り世界中を飛び回って怪しげな場所に飛蝗術式を散布する作業に専念していた。

 場合によっては各地の警察や軍と連携を取って、飛蝗術式を誘導するアイテムを貸与することさえ行っているらしい。

「いい機会ですし、その手の組織を潰せるだけ潰してしまおうと思いまして」

 とは、本人の談であった。

 靱野と敵対する連中にしてみれば、生産拠点になりうるアジトをダース単位、グロス単位で壊滅させられているわけで、大幅な弱体化を余儀なくされている形であった。

 当然、少し前にそうしていたように、ギミック類を大量生産してばらまく、という手段を行う余裕はすでになくなっていることだろう。

 それ以外にも、靱野=グラスホッパーが公然と姿を白日の元に晒し、自分の目的を声明として公表して以来、「魔法なるものが実在する」という認識が急速に広がっていた。

 そうした不可解な事物が存在するとすれば、それを理解し、あわよくば制御下に置こうとするのは、為政者たちの本能というものである。

「……それで、こちらにお鉢が回ってきた、と」

 完爾は、心持ち苦い顔をして、呟く。

「そんなことに関わっても、こっちは一文の得にもならないんですが……」

 別に、好んで非協力的な態度を取りたい、というわけではない。

 だが、完爾とてこれで自分の会社を切り盛りしている経営者である。

 本業を放り出してまで協力してやる義理もなかった。 

『それでは、仕事として受ければいいのではないでしょうか?』

 橋田管理部長の返答は、正論といえば正論ではあった。

『魔法関係のアドバイザーなりコンサルティングなり、ということにして、相応を対価を要求すればいいだけのことでして……』

「……そういわれてみれば、そうですね」

 完爾も、あっさりと頷く。

「お上から要求されたことだからといっても、別にただ働きしなけりゃならないこともないわけか」

『それどころか、この場合、他では得られない知識なり見識なりを要求されているわけですから、相応に値を釣りあげておく方が、あとのためにもよろしいかと……』

「……なるほどねえ」

 完爾は、呟く。

 相談料金を高めに設定しておけば、そう頻繁に呼び出されることもないだろう。

 目から鱗が落ちた気分だった。

「それでは……もし今後、正式に要請があったとしたら、本業に差し障りがない範囲内でスケジュールを調整して対応させていただく、ということで……」


『……こちらの世界もまだまだ広いし、複雑で、矛盾ばかりですよ』

 ある晩、珍しくリアルタイムで繋がった靱野は、そうぼやいていた。

『まだまだ海賊や少年兵なんてのが現役で活躍している場所もありますし、そうした場所でギミック類がどのように活用されているかといったら……。

 貧富の差はおれの世界にもありましたけど、こっちの世界では、地域ごとに格差がありすぎる。

 科学技術の恩恵を受けられる地域とそうでない地域の格差、といいますか……。

 そうした貧しい地域では、武装することがほとんど唯一の成りあがる方法で、そうした地域からギミック類を取り上げてしまえば大勢の子どもたちが飢えるし、おそらくはそのせいで、大勢が死ぬ。

 だからといって、ギミック類を取り上げなくても、今度はギミック類が機関銃や手榴弾に代わるだけ。

 なにも根本的な解決にはなっていないことになるし……。

 この世界から矛盾や不公平を取り除く仕事は、おれみたいな余所者の仕事ではなくて……結局、この世界の住人がみずからの意志でどうにかしなければ、いつまでたってもどうにもならないんじゃないかな?』


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