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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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捕り物ですが、なにか?

 道路の上に叩きつけられる巨体をみながら、完爾は、

「……やっちまったなあ……」

 と、そう思った。


 ある昼下がりのことだ。

 発端は、なんのことはない。数日に一度発生する、いわゆる万引き事件だった。


 貴金属も扱っている完爾の店では防犯にはそれなりに力を入れていて、警備会社とも契約しているし、自前の防犯カメラもそれなりに備えている。それどころか、店内はほぼ死角がない状態であった。

 だから、少しでも不審な動きを見せる者がいれば、仕事をしながらモニターしている事務員たちにすぐばれる。監視をする事務員たちも慣れたもので、何事かやらかしそうな者については店に入ったときから「なんとなく」わかるようになってきたそうだ。

 手順としては、内線で店員と連絡を取り合い、それとなく監視をつける。

 鞄なりポケットなりに入れてもその場では注意せず、店から出るまで監視を続け、店から出たところで声をかける。

 店員たちは女性ばかりだったので、その際に相手が強硬に抵抗するようならば、無理に捕まえなくてもいいとはいってある。

 むろん、完爾が近くにいたら店の前で待ちかまえる。契約している警備会社にも連絡するのだが、こちらは店に常駐しているわけではないからあまり宛にはならない。

 相手が抵抗せず、あるいは完爾がいて首尾良く捕らえることができたら、すぐにバックヤードにご案内をして警察へ連絡。事務員が監視カメラの映像をダビングして店のバックヤードに持ってくる。

 警察が到着したら、証拠であるダビングしたDVDディスクを渡し、事務員か店員のいずれかが調書つき合って調書を取る。

 これは、以前は店員か完爾がつき合うことが多かったが、今ではだいたい監視カメラで事の成り行きを見ている事務員に任せることが多い。

 事務の仕事は暇とまではいわないが緊急性があまりなく、時間に追われるものではないからだった。

 

 以上が、通常の万引き犯への対処法なのであるが……この日は、少し違った顛末となった。

 逃げ出そうとした犯人たちの目の前に完爾が姿を現し、その行く手を遮って声をかけようとすると、犯人のひとりがポケットから小さな物体を取り出し、そのスイッチを押した。

 同行していたもうひとりもUSBメモリーに似た物体を取り出して、剥き出しの二の腕に押し当てる。

 まだ二十歳になっていないであろう、あどけない面影を残した少年たちの体の周囲が、まるでモザイクがかかったかのように不明瞭な状態になり、そのモヤモヤが晴れたと思ったらふたりの少年の代わりに二メートルを超える巨体が二体、立ち尽くしていた。

 犀とキリンが無理矢理に直立して二本足で立ったような外見をしている。

 つまり、ふたりは最近ニュースで騒がれているギミック使いの一員であった。

 周囲にいた人々が、悲鳴をあげる。

 犀モドキの方が、最初に完爾に襲いかかってきた。

 完爾の目にはかなり緩慢な動きに見えたが、客観的に見ればかなりのスピードで突進して来たように見えることだろう。

 もちろん、馬鹿正直に激突されるつもりもなく、完爾は横に半歩だけずれ、ついでに犀モドキの軸足を引っかけて派手に転倒させた。

 身長二メートルを超える巨体がガードレールを追突し、それをねじ曲げてから、止まる。

 少し遅れて、キリンモドキは完爾にむかってドルキックを放ってきた。

 これも、避けるのは容易だったが、しかし、また転ばせるのも芸がないかな……と、完爾は思い、結果、キリンモドキの背後に回ってからその腰を蹴飛ばす。

 キリンモドキは、前のめりに倒れ込んで犀モドキの上に重なった。

 完爾は跳躍し、折り重なった二体の上に降りたった。

 その際、魔法により疑似的に自重を十倍ほどに増やすことも忘れない。

 いきなり数百キロほどの重量を加えられた二体はギミックによる外装が保証する安全域を軽く突破、外装が解除され元の姿に戻る。

 このままでは少年ふたりの上に完爾が直立している図になる……ので、完爾はすぐにその場から足をどかし、再び軽く跳躍して傍らに立った。

 ふたりが変身してからここまで、一分も経過していない。ごくごく短い時間だった。

 誰かが手を叩きはじめる。

 すぐに、それは万雷の拍手へと変わっていった。

 いや、これは……参ったなあ……と、完爾が心中でぼやいているところに、ようやくパトカーが到着する。

 

「あのなあ、門脇さん」

 パトカーに乗って警察署に運ばれたあと、調書を取るのもそこそこに、完爾はすっかり顔なじみになった中年の私服警官に小言をいわれはじめた。

「自分の店が荒らされるて頭に来るのはわかるけど、あんただって別に目立ちたいわけではないんだろ?

 というか、こっちだって今あんたに目立って貰ってはこまるんだけどさ。

 もう少しその、なんとかならなかったの?」

「いや、頭に来るとかそういうのはないですが、あの場合、考えるよりもとっさに体が反応してしまったっていうか……ねえ?」

 完爾は、上目遣いでその警官を見る。

「……あれでも、あまり派手にならないように気をつけたんだけどなあ……」

 つまり、その程度の気遣いをする程度の心理的余裕はあった、ということである。

 当時の完爾は、自分自身のことよりも店内にいたお客さんや店員、周囲の路上にいた通行人の安全を確保することを優先していた。

 ごく短時間のうちに相手を制圧する必要がある。

 しかし、人目がある都合上、あまり派手な立ち回りはできない……ということで、あのような対処法になったわけだが……。

「いや、気持ちはわかるけどな。

 なにせ、どこで誰が撮影しているのかわからないご時世だ。

 よほど運が良くなければ、今回の一件も誰かしらが携帯かスマホで撮影して、下手をすれば今頃ネットにアップされているかも知れない」

「脅かさないでくださいよ」

 完爾は、軽く顔をしかめる。

「こっちは平凡で善良な小市民でいたいんだ」

「平凡で善良な小市民が、変身済みのギミック使いをニ体、瞬殺するか。

 さっきのあれだって、普通なら、県警のギミック使い部隊が出動して鎮圧する案件だぞ」

 この県警に限らず、今では日本中の警察署に相当数のギミック類が配布され、治安維持に役立てられていた。

 もちろん、ギミック類の複製に成功していない以上、没収したギミック類をそのまま流用して使用しているわけだが、このお陰で一時は爆発的に増えたギミック使いによる犯罪発生率が、今では極端に抑制されている。

 法整備が遅れているせいで、ギミック類の所持はいまだ違法でこそないのだが、警察や自治体は、ギミック類を見つけたら最寄りの警察か役所に提出するよう、継続的に呼びかけていた。

「こちらだってそれなりにやつらへの抑止力を蓄えることができてきたが……それでもまだまだ、あんたの力は桁違いだ」

 靱野は以前、今、巷にばらまかれているギミック類を「量産品」と呼んでいた。

 それまでに靱野が相手にしていたギミック類と比較しても、やはり粗悪で、性能的にも大きく劣るようだった。

「本物が現れたら……まともに相手をできるのは、あの四号か門脇さん、あんたくらいしか居ないだからさ。

 もう少し、行動を慎んでくれると、ありがたい。

 いや、警察としては、一民間人であるあんたに、こんなことを頼む筋合いでもないんだけどな」

 それからその警官に示唆されて、完爾は会社に連絡を取り、今日の騒動についての映像は一切外部に出さないよう、厳命した。

 店に取りつけておいた監視カメラのうち、店の前を撮影していたものには、ばっちりと写っているはずだからだ。


 結論をいってしまえば、その警官の心配は杞憂のままで終わらなかった。

 一週間も経たないうちに、ある週刊誌に「その事件」の顛末がかなり詳しい記事になされていた。

 不鮮明な写真とともに、未成年である犯人ふたりの名は伏せられ、完爾の名はK・Kとイニシャルで表記されていたのだが……その完爾のかなり奇妙なプロフィールについても、面白おかしく紹介されていた。

 その不鮮明な写真を見れば、知っている人ならば誰もが完爾の店だと判別できる内容であった。

 その週刊誌の発行日から、完爾に取材を申し込む電話が事務所へ殺到した。


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