対策ですが、なにか?
「無差別に、ばらまく……か」
靱野は、眉間に皺を寄せた。
「あり得ないはなしじゃないな。
今まで、やつらはあくまで裏の存在でいようとしていたけど……そうした方針を転換するのなら、人海戦術が一番効率がいい」
「……効率?」
完爾が、怪訝な顔をする。
「シナノさんは、わたくしたちを無力化するための方策として、多人数で事にあたるのがもっとも効率がいいといっているのですよ」
ユエミュレム姫が、噛んで含めるように説明してきた。
「さらにいえば、どこで誰が襲ってくるのかわからないという状況自体が、常に心理的なプレッシャーを与えてくるわけで……。
おれたちのことを差し置いたとしても、誰もが簡単に超人的な身体能力を得られるデバイス類を無分別にばらまかれたら、それこそ、社会不安や犯罪発生率は確実に増大する」
「……なにか、対策は?」
完爾は、すかさず靱野に訊ねた。
「そうっすね。
手持ちの術式の中で使い勝手がいい術式に、少し手を加えて……時限式の自壊アルゴリズムを組み込んだ飛蝗ってやつをありまして。
そいつを培養して、とりあえずは首都圏にばらまきますか……」
「それは……どんな術式なんだ?」
「見た目は、飛蝗……イナゴそのものですが、術式で造られています。
単体ではたいした攻撃力はありませんが空を飛び、自律術式かそれに似たモノを見つけ次第、片っ端から食い荒らして機能不全に追い込みます。
デバイス類にも効果があることは確認済みです」
「それは……どれくらいで準備ができる?」
「今すぐでもいくらかは解放できますが……首都圏全部とか日本全域でくまなく使用することまで想定しますと……やはりそれなりの時間が必要になりますね」
靱野は、考え考え、そう返答した。
「今すぐに、いつまでに用意できるとは断言できませんが……まず、一ヶ月前後は見てもらえれば、確実に」
「……そんなものでいいのか?」
具体的にどれくらいの数になるのか、完爾には想像もできなかったのだが……とにかく、膨大な数が必要になるはずだ。
いろいろな条件を勘案すると、その見積もり期間はかなり短い方だろう。
「術式、といっても、振る舞いだけを見れば生物そのものですからね。
適切な育成条件を整えて、エサをたっぷりと用意すれば、勝手に増えてくれますよ。
ちょうどいいエサ場にも、何カ所か心当たりがありますし……」
「それって……ようするに、敵の基地とかを丸ごと襲わせるってことなんじゃあ……」
「ああ。
やっぱ、わかりました?」
靱野は、悪びれずにそういった。
「今まで、ちょっと特殊な立地のため放置していた基地とかアジトが何カ所かあるんですが……そういうところを片っ端から結界魔法で閉じこめて、飛蝗を解放すればちょうどいいかなー、って……」
「ずいぶんと荒っぽいヒーローだ」
「いい加減、こっちもやつらの相手すんのにうんざりしているところでしてね。
いい機会だし、ここいらで一気に殲滅……までは難しいかも知れませんか、それなりに間引いておきませんと……」
「あの……」
ユエミュレム姫が、おずおずと疑問を口にした。
「そうやって培養するのはいいんですが……そんなにいっぱい培養した、ヒコウというのですか?
その術式は、どこに収納しておくのでしょうか?」
「亜空間……疑似的な別空間を作り出す魔法がありまして、そこに誘導して閉じこめておきます。
で、出番が来たら、適当な場所でその亜空間の入り口を開く、と……。
ちょうどこの間増えすぎたばかりですから、このあたりで少し解放しておきますか……。
そうすれば、この近辺にいるデバイスとか怪しい術式は残らず喰い尽くされるはずです」
「ちょっと待ってくれ」
完爾は、慌てて靱野を止める。
「そいつは……人体とかその他の環境に害をもたらすことは、ないのか?」
もっともな疑問だった。
「人体にも、その他の環境に対しても、完全に、無害です」
靱野は、そう断言する。
「やつらは、特定の術式ないしはその派生物にしか関心を示しません。
しいていえば……いくら郊外とはいえ、こんな住宅地のまんなかでそんな昆虫モドキがいきなり大量発生するわけですから、それなりに驚かれる恐れがある程度ですが……」
「……いや。
それだけでも、十分にパニックの原因になるんじゃないのかな?」
完爾は、内心で冷や汗をかきつつ、そう指摘をする。
「せめて……伏見警視あたりに相談して、パニック防止策を講じて貰ってからでも遅くはないんじゃないのか?」
「……おお、なるほど!」
靱野は、柏手を打った。
「その手がありましたたか!」
……大丈夫かな、この人……と、完爾は思う。
この靱野はとても有能だし、場数も踏んでいる。
基本的には、とても頼りになる人だと思う。
ただし、ときおりとても抜けたところを見せてくれる。
そのあと、細々とした打ち合わせをいくらかして、靱野は転移魔法で帰って行った。
翌日の昼間、仕事の合間に、完爾は昨夜、靱野とはなしあった内容について考え直してみる。
靱野は、この近郊に現れたデバイス使いたちを、イレギュラーな存在であると表現した。
これまでは、そうした外装デバイスなどもごく一部の、限られた者にしか与えられなかったそうだ。
靱野と敵対する組織は、靱野にいわせれば、
「数が多すぎるし、組織自体の統廃合も激しいので正確な数は把握してはいないのですが……」
と前置きした上で、
「かなり、多い」
と、表現している。
その、数多い組織の中でも、それなりの地位に昇り詰めた者にしか与えられないものだという。
……本来ならば。
その秩序が、ここに来て崩されている、という。
靱野の予想では、気軽にばらまいているのだから、おそらく旧式なものか、あるいは機能が限定された量産型なのだろう……と、そのように予想していた。
その真偽については、これから靱野自身が伏見警視と連絡を取って、完爾が倒した者たちの残留物を直に確認してくれる、ということだった。
完爾が一番気になったのは、なんでここに来て、世間の目から自分たちの存在を長年に渡って秘匿してきた敵勢力が、こうまで公然と姿を現してきたのか、という疑問で……。
「秘密結社から秘密を抜いたら、締まらないってもんじゃないだろうに……」
そう、呟くのだった。
いずれにしろ完爾は、その手の頭脳労働はあまり得意としていない、という自覚がある。
敵の内情なんて予測したところであまり益はないし、本当に必要ならば靱野なりユエミュレム姫なりがなにかしら考えてくれるだろう……と、気軽に考えることにした。
「こいつは……やっぱり、かなり機能が限定、簡略化されていますね」
伏見警視の紹介で県警に乗り込んだ靱野は、そこの保管庫に押収されていた外装デバイス類を手にとりながら、そんなことを呟く。
「まごうことなき量産品、ってわけだ。
……やつらもいろいろ、妙なことを考えるなあ……」
「あの四号……いや、靱野、さん」
鑑識課の職員が、声をかけてきた。
外見的には十代後半の少年にしか見えない靱野をどのように扱えばいいのか、判断に困っているようにも見える。
「はい。
なんでしょうか?」
一方、靱野は、屈託のない笑顔を浮かべて、そう答えた。
「そのデバイスとやらは……危険なものであることは確かなんでしょうが、そんなに容易に量産できるもんなんでしょうか?」
「そうですね。
本来ならば、こういったものはハンドメイドで、しかも製造できる者も限られています。
だから、これまでならば、やつらの中でも相応の地位にある幹部にしか与えられませんでした」
靱野は、なにかを考えつつ、そう答えた。
「そうした従来のデバイスが、オートクチュールであるとするのするならば……ここにあるのは廉価版もいいところです。
数を揃えることに汲々として、単体の性能ならば従来のデバイスの足元にも及びません。
しかし、生身の人間が相手なら、これだけでも十分な驚異となります。
おれがこの国の首脳部なら、即刻こいつの所持を禁止し、見つけ次第片っ端から押収します。
こいつを放置しておくのは、凶状持ちにわざわざ刃物や銃器を持たせているようなもんです」




