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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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経過報告ですが、なにか?

『グラスホッパーとの接触。日本政府との交渉。なんだかよくわからないけど凄そうな人たちとの会談と決裂』

 画面のむこうで、牧村准教授はそう断言する。

『……短い間にずいぶんと濃い経験を……

 とにかくそれは、貴重な体験です。

 絶対に、記録に残しておくべきですよ。

 ユエミュレムさんから見た視点で。

 できればユエミュレムさんの母国語で!』

「そうですね。

 おりをみて、少しずつ書き留めておこうと思います」

 ユエミュレム姫は、笑顔を崩さずに無難にそう答えておく。

 実のところ、ユエミュレム姫は日記とも手記とも学習帳とも備忘録ともつかないノートを、これまでにもう何十冊も書き留めている。

 これらは、ユエミュレム姫が日本語や現代日本社会に関する事柄をなにかしら知るたびに、自分の言葉でちくいち書き溜めてきたものであり、完全に私的な内容であった。

 それゆえ、落書きや日々の愚痴なども万遍なく書き留められ、仮にユエミュレム姫の故国の言語を理解する相手がいたとしても、絶対に見せたくはない内容となっている。なにせ、テレビで観たアニメの感想や番組内で紹介されたレシピの走り書き、読んだ本の抜き書き、漢字や熟語の意味、練習のため何度も漢字を書き取りした痕跡などが一緒くたになっているのだ。とてもではないが、このまま他人にみせられる代物ではない。

 そのノートを書いていたのはちょうどユエミュレム姫が現代日本の技術力に魅せられていた時期と重なり、近所の百円ショップや文具店で買ってきたカラフルなファンシーペンなども調子に乗って多用していたため、あまりにも色彩が豊かすぎて今になって見返すと目が痛かったりする。

 そんなわけで、「日々の記録」そのものは、現状でもそれなりに確保してあるのだが、第三者に提示するとなるとやはりそれを清書する必要があるのだった。

『……そうですか。

 それでは、ある程度まとまったらこちらにもコピーさせてくださいね』

 ユエミュレム姫の内心の焦りなど知らぬ牧村女史は、にこやかにそう続ける。

『でも、別の世界へ繋がる魔法、ですか?

 いいんですか? そんなこと、こんな一般回線ではなしてしまって?』

「構いません。

 盗聴、というのですか?

 こちらの世界の、手の込んだ盗み聞き。

 それに対抗する手段は、事実上ないと割り切りました」

 ユエミュレム姫は、真剣な表情になった。

「もちろん、気味が悪いとは思いますけど……防げないのであれば、平然と構え続けるより他、ありません。

 それに、いくら聞き耳を立てられていても、わたくしたちがこれからなすことを強制的に中断できる者が、この世界にいるとも思えませんし……」

『ああ。

 ご主人、ですか?』

「ええ。

 うちの、カンジです。

 カンジ以上の戦士を、わたくしは知りません」

『……あー。

 それはどうも、ごちそうさまでございます』


『……それでまあ、先日の一件は、銃刀法違反と殺人未遂になるわけでして……』

「いや、未遂じゃないから。

 現におれ、脳味噌吹き飛ばされたし」

 完爾は今、社長室内でクシナダグループの橋田管理部長と通話しているところだった。

『大口径のアンチマテリアルライフル弾をまとも頭部に受けて生存できる人類は、その、常識に照らし合わせれば存在するはずがないわけでありまして、現にこうして門脇さんが生存している以上、殺意は証明できてもそれ以上の犯行であると確定することは不適切であるということに……』

「はいはい、わかりました。

 どうもすいませんね、非常識な存在で。

 それで、やつらとやつらの背後関係は?」

『現在、鋭意捜索中です。

 ちょうど東京オリンピックの開催も決定したところですし、首都圏近辺の大掃除をすることには関係各所の賛同しているとことです。

 あやしい組織や個人はかなり本気で洗って排斥しようとする動きがあります。

 まあ、心配する必要もないでしょう』

「伏見警視からも、そういわれたんですけどね。

 意欲はともかく、やつらを実力で排斥することができるもんなんでしょうか?

 やつらってのは、単なる犯罪組織ではなく、いろいろと厄介な道具を使うやつもいるそうですし……」

『魔法関連のことをおっしゃているのでしょうな。

 いや、ご懸念はもっともですが、警察組織も学習能力がないわけではありません。

 やつらとことを構えはじめてから四十年以上の歳月を重ねておるわけで、当然、それなりのノウハウも蓄積しているわけです。

 一般にはあまり知られていませんが、ギミック類を使用した強化人間へ対処するための特設隊も警視庁内には存在する、とだけ申しておきましょう』

「……はぁ。

 それなら、いいんですけどね……」

 この場合、問題となるのは質よりも量なのではないか?

 そんな問いが完爾の脳裏を掠めたが、この場で口にしたところで警察の戦力が突然向上するわけもない。

 結局完爾はなにもいわず、納得したふりをする。


 完爾は、自分を狙撃したやつらを警察の手に引き渡し、その処分を司直の手に委ねた。

 市民としては当然のことなのだが、自分の手で報復をする、という手段を選択してはいない。

 これは別に、自分の手を汚すことを躊躇ったわけではなく、捜査活動などの組織力がものをいう部分はやはりそういう仕事をやり慣れた人たちに任せた方が効率がいいと判断したためだった。

 警察に任せた方が、完爾自身がやるよりは効率的に背後関係を洗ってくれるだろうと、そう思ったわけであり、しかし、敵の正体を見極めるのと敵と直接対決するのとでは、要求される能力が違ってくる。

 警察なり機動隊なりに、魔法を使用して身体を強化した犯罪者の相手が務まるのか……というのが、完爾が抱いた疑問であるわけだが……これも、今の時点では、当局を信用して任せておくしか選択肢がないのだった。

 なにせ、完爾には……。

「仕事があるしなあ」

 社会的な身分でいえば、完爾は、新人の中小企業事業主でしかない。

 犯罪者を断罪する権限を持たないばかりか、日々の仕事に追われて自分の時間もあまりに自由には持てない身なのであった。

 多少、警察の実力に不安をおぼえたとしても、それを理由に仕事をさぼってまで犯罪組織撲滅活動に従事するわけにはいかないのだ。

 仮にそんなことをしてしまえば、完爾の会社はあっという間に傾き、完爾の家庭も経済的に困窮する。

 完爾は一応経営者ではあるのだが、トニー・スタークほど裕福でもなければ自由気ままに振る舞える身分でもないのだった。


 完爾が警察や橋田管理部長とやりとりをしている間にも、ユエミュレム姫は日々の家事の合間を縫うようにして魔剣バハムの解析を行っている。

 とはいっても、複雑怪奇な術式やその機能を解析する魔法はユエミュレム姫の世界にはなかったため、すべての工程は靱野から貰ったPDFを横目に、手探り状態で行っているため、作業効率自体は正直なところ、とても悪かった。

 そえれでもユエミュレム姫は、調査に必要な情報をコツコツと地道に魔剣バハムの刀身から吸い上げていき、靱野とのディスカッションも重ねて徐々にその全貌に迫りつつあった。

「……召喚のための、祀器……なんでしょうか?」

 ユエミュレム姫は、ひとり、首を傾げる。

 刃物としての効能は除き、魔剣バハムの機能は、大きくわけて二つに絞ることができる。

 ひとつは、使用者が必要とするモノを、世界間を隔てる壁を越えて探し出し、使用者の目前に出現させる機能。

 もうひとつは、世界間を隔てる壁そのものに風穴を開け、自由に出入りができるようにする機能。

 当然、一過性の前者の機能よりも、半永久的な後者の機能の方が、より大きな魔力を必要とする。

 というか、後者の機能は、膨大な魔力の持ち主である完爾のような存在しか、事実上、使用不可能だろう。

 今の時点で判明しているのは、それくらいのものだった。

 使用者としての条件や具体的な使用方法、出力や範囲指定のやり方などは、まだまだ明瞭にはなっていない。

 術式の形式を詳細に追っていって、ようやくそこまで判明した……というのが、正直なところであった。

 つまり、魔剣バハムについての詳細は、依然として解っていることよりも解らないことの方が、よほど多い。

 それでも、悪用されればいくつかの世界に対して悪影響を及ぼしかねない代物であることだけ確かなことであり、信用できない誰かにこの魔剣バハムを渡すつもりにも、ユエミュレム姫はなれないのであった。


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