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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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最初の襲撃ですが、なにか?

 それから数日、予想していたようにケバケバシい色彩の仮装集団に襲われるということもなく、平穏な日々が続いていた。

 異変が起こったのは、完爾が仕事を終えて愛用のママチャリに乗り、帰路についてからしばらくしてのことである。


 このあたりは、一応首都圏に入ってはいるものの、まだ方々に農地が点在する。

 住宅地の中に点々と畑が残っているような立地であるわけで、そのような土地柄であるから、終電の時刻を過ぎるとほとんど人通りというものがなくなる。

 街灯に照らされているだけの侘びしい夜道を自転車で進んでいると、突如、完爾は、頭部に異変を感じた。

 ……あれ?

 とか思ったときは、全身から力が抜けている。

 当然、完爾が乗っていた自転車は、その場で横転した。

 アスファルトの上に投げ出された完爾は、全身をぴくぴくと痙攣させる。

 完爾は、不明瞭な思考で、

『前にも、こんなことがあったなあ……』

 と、わが身に起こった異変について考える。

 いや、考えようとするのだが、脳漿が半分以上吹き飛ばされているので、このときの完爾はまともな思考能力を失っている。

 完爾が再びまともな思考能力を取り戻すのは、数十秒が経過して、ライフル弾によって粉砕された脳漿がすっかり再生し終わってからだった。

 しばらくアスファルトの上に転がって白目を剥いていた完爾の、その半ば半固形化した側頭部が、みる間に血肉や脳漿が集まって元の位置へと戻っていく。

 一分もかからずにすっかり元の状態まで回復した完爾は、半身を起こしてしばらく軽く首を振り、

「……ひさびさに、脳味噌吹き飛ばされたなあ……」

 と、小さく呟いた。

 別の世界で勇者をやっていた頃は、この程度のことは日常茶飯事であったことを、少しばかり懐かしく思い出す。

「しかし、いきなり狙撃とはねえ……」

 完爾は、立ちあがって自分の頭部を襲った弾丸が来ただいたいの方角に見当をつけ、まっすぐにそちらへと向かっていった。

 助走もなしに音もなく民家の屋根の上に降り立ち、そのまま一跳躍で五メートル以上の距離を一気に飛び越しながら、電信柱の上にある変圧機や民家の屋根を伝って、まっしぐらにその方向にある一番高い建物へと向かっていく。

 周辺には、他に狙撃に適した場所がなかったから、おそらく狙撃者はそこにいるのだろうが……そのあとは、さて、どうするかな?

 高速で移動しながら、完爾は他人事のようにそんなことを考えていた。

 その建物は、おそらくマンションだ。賃貸か分譲かまでは知らないが、建物の大きさからいっても不動産としてのグレードはそれなりに高く、富裕層向けであろうと予測される。

 狙撃者が、たまたまそのマンションを勝手に使用したのならば、今こうしているように動き出した完爾を見て、それなりの動きを見せることだろう。

 そうではなく、そのマンションと正式に契約し、正式に在住している者が狙撃手であった場合は、完爾にはやりようがない。

 ライフル弾が来た方角から判断するに、狙撃者が高層から完爾を撃ったということはわかるのだが、この真夜中に、その狙撃者を一軒一軒を訊ねて歩くのは非現実的だろう。そんなことをすれば、まず間違いなくこちらの方が不審者に認定されてしまう。

 ……せめて、狙撃した地点をこの目で確認できればなあ……と、完爾は思ったが、その前後の完爾は脳漿を派手にぶちまけている最中だったので、いっても詮無きことであろう。

 まあ、いいや。

 まだそんなに時間が経っていないから、狙撃者も、まだ撤収の準備をしているところだろう。

 そう決めつけ、完爾はまず、そのマンションの屋上へとむかう。

 内部のエレベーターも非常階段も使わず、

「それが一番手っ取り早いから」

 という理由で、ベランダの手すりなどを足がかりに、垂直に飛び上がってはなにかしらの物体を掴み、さらに上へと跳躍していく。

 その途中、どこかのベランダに不審者がいないのかを、目でざっと確認することも忘れなかった。


 完爾が狙撃された地点からそのマンションまで、直線距離で六百メートル前後、そのマンションは地上三十五階建てだったが、完爾が狙撃されて倒れてからそのマンションの屋上に到着するまで、時間にして三分ほどしか経過していなかった。

 ちなみに、このうちの一分ほどは、吹き飛ばされた脳漿が再生するまでに要した行動不能の時間となる。


 結論からいうと、屋上には不審者がいた。

 二人組の男で、別にケバケバシい色彩のコスプレはしていなかった。

「……お、おい……」

 完爾が屋上に降り立つと、それに気づいた男の一人が、顔面を蒼白にして完爾を指さす。

「……なんだ?」

 ライフルをケースにしまっていたもう一人の男が顔をあげ、完爾の顔を確認して目を見開いた。

「お……お前は!」

 二人の短い会話は日本語ではなかったが、完爾の顔を見て恐怖と絶望の感情をその表情をしていたから、おおよその意味は予想できる。

 完爾は、彼らと対話をするつもりはさらさらなかったので、すぐにかなり手加減をした電撃の魔法を放って男たちの意識を奪った。

 それからスマホを取り出し、伏見警部から「非常事態が発生したときのために」と教えられた番号に電話をかける。

 ひとしきり、たった今の出来事を伝えたあと、自宅へも、「帰るのもう少し遅れる」と電話し、それから、自転車をそのまま放り出してきたことに気づいた。

「……あ。

 取りにいかねーとな……」

 少し迷ったが、二人の男の手足を、男たちが持参した道具の中にあったガムテープでぐるぐる巻きして戒め、再びマンションの側面を伝って地上へと降りる。


 サイレンを鳴らさずに何台かのパトカーがそのマンションが集まってくるまでに二十分ほど待たされ、そのあと明け方までかかって最寄りの警察署で調書を取られた。

 伏見警視が一体どう手をまわし、どういう説明をしてくれたものか、完爾の特異体質についてつっこみをいれてくる警官はおらず、

「ライフル弾で脳味噌を吹き飛ばされまして……」

 と説明しても、みんな殊勝な顔をして頷いてくれた。

 いろいろとシュールな状況だよなあ……と、完爾は思った。 


『そうですか。

 狙撃で来ましたか』

 翌朝、自宅に帰り、簡単な食事とシャワー、着替えだけを済ませて再び職場へむかった完爾は、一応、靱野にも簡単に今回の経緯を説明するメールを出しておいた。

 ちょうと手があいていたのか、メールを出した直後に、靱野から電話がかかってくる。

『やつらにしては、正攻法で来ましたね。

 門脇さんが一番の障害になると判断したんでしょう。

 しかし、そこまでの再生能力があるというのは、正直、うらやましいなあ』

「靱野さんは、狙撃されたことはありませんか?」

『何回かありますが、一応、普段から複合防御術式というものを使用していますので、これまで問題になるほどのダメージを受けたことは一度もありません』

 防御方面に万全の備えがなければ、四十年以上もヒーローをやれてないか、と、完爾も納得する。

『しかし、門脇さんがこの程度ではビクともしないことが知られると、今度はやつらももっと本気でかかってきますよ』

「……あー……」

 完爾は、情けない声を出す。

「それはそれで、面倒くさいかなあ」

『こちらでも、できるだけフォローはするつもりですが。

 何十年かぶりで、伏見さんとも連絡を取り合っていますし……』

「まあ、こっちはこっちで、なんとか頑張ってみますわ。

 臨機応変に」


 にわかに防犯カメラが増えたり、警備会社の巡回がはじまったりしたことは、完爾の会社の従業員たちにもそれなりの動揺を与えた。

 完爾は、社内向けには、

「脅迫状みたいなのを何度か受け取ったので、それに備えて。

 おそらくイタズラ目的の脅しだろうけど、まあ、保険としてね」

 といった感じで説明をしている。

 ピンクフィッシュというブランド名も世間に対して徐々に浸透しつつあることは確かであり、目立つようになればそれだけ愉快犯などにも目をつけられる可能性が大きくなる。

 ということで、一応は、従業員たちも納得してくれていたが。


 でも……あんまりこの状態が長引くのも、うまくないよなあ……と、完爾は思う。

 従業員はもとより、店舗に買い物に来ている不特定多数のお客さんたちの安全までは、どのように考えても、守りきれないからだ。

 自分たちの責任ではないとはいえ、なにかしらの対策は講じないとなあ、と、完爾は思う。


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