宣戦布告ですが、なにか?
「……どこまで本気で受け取っていいんですか?
その、アカシックなんとかってやつは」
「どこまでもなにも、好きなように解釈してください。
彼女の能力については、こちら側の同胞たちの間でも諸説紛々。
性能のいい千里眼程度だろうという説から、ほぼ全知全能の域に入っているという説まであるくらいで……しかし真相は、他ならぬ彼女自身にしかわからないでしょう。
未来視や読心能力がないことは、確認できていますが……」
「先のことや他人の心は、読めない……」
完爾は、数秒、考えてみた。
当たり前といえば、これ以上当たり前のこともない。
そこまで万能だったら、とっくの昔にこの世界はその「博士」とやらに牛耳られているだろう。
「……ともかく、なんでそんな偉そうな人たちが、あんな剣一本をこぞって欲しがるんですか?」
「彼女の場合は……これは想像ですが、おそらくはそう大きく外してもいないでしょう。
未知の知識を欲して、でしょうな」
「……未知の知識、ですか?」
完爾は、軽く眉根を寄せる。
えらく、まっとうな動機に思える。そのことに、違和感をおぼえた。
「彼女……「博士」はね。
知らないことに、飢えているんですよ。
そのため、例のグラスホッパーにも妙にご執心だ。
この世のことならばたいていのことが把握できるゆえに、この世にはない知識を求める……といえば、わかりやすいでしょうか?」
グラスホッパーこと靱野は、「別の世界から来た男」だった。
未知の魔法知識を体系的に網羅したアーカイブさえ、所持している。
この「大使」のいうことが本当ならば、「博士」が靱野や魔剣バハムに執着するであろうことは、確かに容易に理解できた。
「その他の……あなたたちは?
なんだって、あの剣を欲しがる?」
完爾は、「大使」に重ねて訊ねた。
「ぼくらの欲望は、「博士」のそれよりもずっと単純でわかりやすいかと」
そういうと「大使」は、肩を竦めた。
「よくある強欲ですよ。それ以外のなにものでもない。
考えてみてください。
別の世界に繋がる通路を確保できるのか知れないという、その可能性。
過去のこの世界において、たかが新大陸ひとつを発見しただけのことで、どれだけの利権が生まれ、経済活動が拡大し、争いと発展とが起こったのか。
しかも今度は、大陸ひとつだけに留まるはなしではない。
世界を丸ごと、ですよ。
場合によっては、ひとつだけでは済まないかも知れない。
世の騒乱は……われわれにも、活力を提供します」
これまた、わかりやすい。
悪の組織、とやらを僭称する輩にとっても、世間が活動的になればなるほどつけ込む隙が多くなる、という理屈らしかった。
「そう聞いても……ま、結論は変わらないんだけどな」
完爾は、平然とした口調を崩さずにそう告げる。
「なんなら……腕ずくで奪ってみますか?」
「いえいえ」
「大使」は、慌てて顔の前で平手をぶんぶんと振った。
「こうみえてもぼくは、裏方専門でして。
実力行使は、得意としていません。
ましてや……過去に世界ひとつを救った元勇者の相手ができると思うほど、自惚れてはいません。
今日はあくまで、駄目元で交渉だけはしてみようかなー……という程度の思惑で挨拶に伺っただけでして……」
「だけど……」
完爾は、確認する。
「……ここで素直に諦めるほど、殊勝なタマでもないんだろう?」
「それは、もう」
「大使」は、満面の笑みを浮かべる。
「われわれは、悪人ですから。
次の機会を虎視眈々とつけ狙い、場合によっては無理に奪取することも考えております」
「宣戦布告と、受け止めててもいいのかな?」
完爾は、目を細めた。
「そうですね。
そのように解釈をしていただければ……」
そういって、「大使」は立ち上がる。
「……今の時点では、もうこの場で話し合うこともないようです。
ここいらでお暇させていただこうかと……」
完爾が止めるも間を図ることもできない、ごく自然な動きだった。
「……あなた方がなにを考えているのか、おれの知ったこっちゃないけど……」
その「大使」に、完爾は声をかける。
「今後、おれの家族や知り合いに迷惑をかけることがあったなら……そいつらは、絶対に、潰す」
「あなたのような方は、脅しでそんな言辞を弄することはない。
それは、わきまえております」
「大使」は、笑顔を崩さずに頷いた。
「仲間にも、そのように念を押しておきましょう」
完爾の反撃を覚悟した上で手を出してくることまでは、制止しない……というくらいの意味だろう。
完爾は「大使」の意図を、そう受け止めた。
「……ということが、ついさっきあってなあ……」
「大使」を見送った直後、完爾はすぐに自宅の固定電話にかけてユエミュレム姫に向かって「大使」との会見の様子を事細かに伝えた。
「正直、精神的にしんどかった。
おれ、ああいう腹のさぐり合い的なこと、やっぱ苦手だわ」
『そういわれてましても、こちらもアキラの世話とかがありますから……』
受話器の越しに、ユエミュレム姫が苦笑いを浮かべている気配が伝わってくる。
『その方といい、わたくしが会った女性といい……なんでいきなり、こちらに接触してくるようになったのでしょうね?
わたくしたちがあの剣の本当の機能を知ってから、まだ日も浅いというのに……』
「その女性の方は、なんだか千里眼みたいな能力を持っているそうだから、それで知ったのかも知れないけど……。
あとは、盗聴とかやっているやつらがいるのかも知れないな」
『トウチョウ……ですか?』
ユエミュレム姫が、訝しげな声をあげた。
『カンジ。
そのトウチョウとは、どのような行為なのでしょうか?』
あまりにもこちらの文物に順応するのが早いので、ときとして失念してしまうのだが……ユエミュレム姫がこちらの世界にやってきてから、まだ半年も経っていない。
当然、欠落している知識も多かった。
「盗聴というのは、ようするに、盗み聞きのことだ。
ときとして、電子機器とかを使って他人の会話に聞き耳を立てたり……」
完爾は、ひさしぶりにユエミュレム姫に対して現代風俗を教授する役割を行う。
『それは……とても気持ちが悪い行いですね』
完爾の説明を聞いたユエミュレム姫は、そう感想を述べた。
『では……この部屋の中にも、そのトウチョウに必要な機材が隠されているかも知れない、と……』
「おそらく、大丈夫だろうとは思うけど……一応、業者に頼んで調べて貰っておくか」
完爾は、そう応じた。
完爾自身は、盗聴の線よりは、ネットでやり取りしている情報を盗み見されている可能性の方が大きいと予想している。
悪の組織というからには、電子戦の専門家くらいは抱えていそうだし、そこまで警戒をしていなかった完爾たちは、これまでにもメールやネットを通じてかなりつっこんだ情報のやり取りもしていた。
「こっちで適当な業者に予約を取っておくよ」
気休めにしかならないのかも知れないが、それでユエミュレム姫の平穏を買えるのならば出費の価値はあるだろう、と、と完爾は判断する。
その後完爾は、千種や靱野、クシナダグループの橋田管理部長に今日の出来事について簡略にまとめたメールを送る。
警視庁の伏見警部については、直接連絡できるメールアドレスは知らなかったので、以前渡された名刺に書かれていた電話にかけ、出てきた部下らしき人物に姓名と私物のスマホの電話番号を伝え、「折り返し、連絡が欲しい」旨を伝言して貰った。
それ以降は、ひたすら仕事、である。
多少の変事があろうとも、日々の仕事は変わらずに存在し続ける。
家族と従業員の生活がかかっている以上、こちらの手も緩めるわけにはいかないのであった。
昼休み前後に千種と橋田管理部長からメールでの返信があった。
千種からは、「了解」の一語のみ。
橋田管理部長からは、
「場合によっては大規模テロに発展するおそれもあり。
関係省庁にも情報の通達と根回しをしておく。
もちろん、クシナダグループと内閣調査室でも全面的な警戒態勢に移行する」
といった内容の、実に物々しい回答をいただいた。
「博士」だとか「大使」とかいう怪人物たちは、当局からも要注意人物としてマークされていたのだろうか。
夕方に伏見警部からも電話が繋がり、長時間に渡って「大使」との会見したときの様子を詳細に聞き返された。どうやら、橋田管理部長経由で、完爾やユエミュレム姫が出会った人物についての情報が渡っていたらしい。
聞けば、すでにユエミュレム姫には連絡済みであり、やはり同じように「博士」との会見の様子を事細かに尋問されたあとだという。
最後に、
「早急に対策本部を設けます。
今後、やつらからの接触があるようなら、すぐに連絡をくれるように」
と緊迫した声で告げられる。
どうやら、完爾が漠然と予想していたよりも、相手は大物だったようだ。




