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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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生活ですが、なにか? 

 最近、完爾は、千種たちと同じ時間に朝食を摂れるようになってきた。

 仕事を要領よく処理するコツみたいなのをおぼえてきたのか、朝早く出て行かなくても在庫の補充が間に合うようになってきたのだ。

「そんで、靱野さんの解析魔法で、あの剣を調べることになったんだって?」

「ええ。

 ただ、わたくしも不慣れなものですから、すぐに成果が出るとも思いませんが……」

「その魔法のアンチョコって、日本語で書かれているんでしょ?

 わたしなんかがそういうの見て真似しても、魔法が使えるようになるのかな?」

「たぶん、使えるようになるとは思いますが、お勧めはしません。

 こちらは魔法がないことが前提となっている世界ですから……」

「ま、そうだよなー。

 あまり変な特技を持っていても、いいことはあまりないか」

「剣を調べるのはいいけど、翔太には触らせないでくれよ。

 危ないんだから」

「わかってます。

 ショウタがいない時間に調べます」

「……ぶー……」

 翔太が、むくれていた。

「いやだって、あれ、本当に刃に触るとすっぱりと斬れちゃうんだから。

 本当、危ないって」

 完爾が、慌てて説明する。

「ユエも、鞘から抜くときは、くれぐれも扱いに気をつけて」

「はい」


 完爾と千種が出勤したあと、暁を抱いて翔太を保育園へ送っていく。

 その帰りに公園などに寄って少し散歩し、そのあと洗濯や掃除などを手早く済ませる。

 それから、暁の世話をしがてら、日本語や趣味の学習、新製品のデザイン、魔剣バハムの調査、昼食、たまに昼寝……などをしていると、すぐに翔太が保育園から帰る時間になり、迎えにいく。

 翔太を連れ帰ってからは、翔太次第になる。

 翔太が一緒に遊びたがればそれにつき合うし、そうではなかったら、自分の時間ということになる。翔太と行動をともにする場合、近所の公園やコンビニへいったり、家の中でいっしょに本を読んだり、テレビやビデオを観たりすることが多かった。

 以前から平日は千種が不在であったためか、友だちを家に招く習慣は、翔太にはないようだった。


 暁は順調に育っていた。

 何度か足を運んだ定期検診でも、特に異常は発見されなかったし、ユエミュレム姫の目から見ても、特に最近は表情が豊かになり、外部の刺激に対する反応も、多様性が増してきていた。ベビーベッドの中での身じろぎも、かなり活発に、頻繁になってきた。

 言葉はまだまだしゃべれなかったが、何事か訴えたいのか、「あー、あー」とか「だ、だー」とか、しきりに声をあげているときがある。

 ユエミュレム姫の顔を見ると、安心したかのように、微笑む。

 一言でいえば、急速に人間らしくなってきた、といえよう。

 まだまだ起きている時間よりも寝ている時間の方が長い位なのだが、このまま順調に育てば、当たり前のような顔をして普通の大人になってしまうのだろう。

 そのことに思いを馳せると、ユエミュレム姫は、不思議なような当然なような、なんとも微妙な心持ちになってしまう。

 自分が人の親になりつつある……ということの、不思議。

 暁を出産した自分でさえ、まだまだ親としての自覚など持てないでいるのだから、男性であり自分の子どもの存在さえ知らな知らなかった完爾は、もっと親としての自覚が持てないのではないか、と、ユエミュレム姫は予想する。

 そうした自覚を持てないまま、いきなり出現したユエミュレム姫親子の存在を受け入れ、自然と背負う覚悟を決めて働きはじめた完爾のことは評価しなければならない……と、ユエミュレム姫は思っていた。

 仮に、ユエミュレム姫がこの世界に現れなかったとしたら……完爾は……やっぱり、もっとダラダラして働くのを先延ばしにしていたのかも知れませんねえ。

 あれで完爾は……自分自身のことになると、まるで頑張れない人なのですから。

 結果として、自分たちの存在のおかげで完爾も勤勉になったのなら、それはそれでいいのか、と、ユエミュレム姫は思う。

 こちらの世界のいい回しでいう、

「結果オーライ」

 というやつであった。


 一方、完爾の方はというと、仕事方面に関していうのなら、少し余裕がでてきた、といえる。

 全体の流れを把握し、時間を短縮できる作業については極力短縮し、他人に任せられる仕事はすべて他人にやらせるようにした。その結果として、肝心の商品の補充以外の仕事は、完爾が不在でも十分に回るようになっていた。

 事務員、店員、作業員それぞれのために業務マニュアルを整備、場合によっては完爾自身が見本をやって見せて、何度も試行錯誤を繰り返した結果、ようやくここまで漕ぎ着けた完爾にしてみても、感無量であった。

 時間的精神的に余裕がでてきたせいか、商品の売れ筋や逆に動きがよくないモノなどの浮沈も冷静に予測できるようになり、早めに捌けそうなモノを先回りして余分に製造しておいたり、逆に、多少在庫がなくても慌てて補充しなくてもいい商品の見極めができるようになっていた。

 プラスチック素材の比較的安価な商品は、相変わらず安定して数が出ていたのだが、それ以外に、貴金属を使用した比較的高価なアクセサリー類も、少しずつ売り上げがあがっている。

 オーソドックスな印象のシルエットを持ちながらも、よくみると繊細な意匠が施されているユエミュレム姫のデザインとセンスとが、店頭や口コミで徐々に浸透し、認められはじめているようだった。

 その証拠に、問屋や営業経由以外での商品への問い合わせが最近では多くなっており、新しいデザインの商品を求める声も多かった。

 そうした「お客様の声」や営業からの意見を取り入れて、月に一度か二度、ユエミュレム姫と新作会議をしたり、試作品を従業員たちに見せて意見を聞いたりしている。

 新しい商品は、あまり頻繁に発表しすぎても有り難みがなくなるし、それ以前に品数が増えすぎても管理する手間が増えるので、今のところ、月に一度程度に抑えていた。

 製造する際に、新しいラインとか設備投資を必要としないわけだから、理論上はその気になれば毎日だって新製品を発売できるのだが、そんなことをしても倉庫内のスペースを圧迫し、従業員の負担を無駄に増やすだけなので、あまり意味がない……と、完爾が判断したためだった。

 完爾の目標は、「長期的に継続できる企業体質」を構築、維持することであり、短期的に大儲けすることは、今のところあまり考えてはいない。

 五年後、十年後も平然と商品を売り続け、従業員たちと完爾の家族を生計を支えるための収益をあげ続ける企業に育てること、が、今の完爾の、第一の目標であった。


「……というか、今のままでも十分にうまくいきすぎているしな」

 完爾は、呟く。

 海外から来たバイヤーを事務室で迎え、大量注文を受けてからお客さんを送り出し、一息ついたところだった。

 パリから来たそのバイヤーは、

「完爾の会社の製品は、デザイン的にみてもヨーロッパでは受け入れられやすい。

 今後、是非海外へ進出するべきだ」

 的なことをひとしきりはなしたあと、

「その節には、是非自分と提携を……」

 と続けた。

 今までにも同様のアプローチは何度もされてきたが、例によって、

「国内の需要をまかなうだけで手一杯です」

 といって、お断りさせていただいた。

 今の体制では生産数は、これ以上、広げられない。

 この状態で販路だけを広げても、国内で販売する分が品薄になるばかりだ。

 この状態で国外まで販路を広げても、従来に比較して、利潤幅が格別に向上するわけでもない。かえって、余分な経費がかかる分、利益率は悪くなる。

 ……というのが、完爾の考えである。

 それも、決して間違っているとは思わないのだが……。

「さて。

 いつまで誤魔化せるかなあ……」

 という、問題があった。

 創業間もない今なら、「まだ余裕がない」とかいって適当にあしらえるわけだが……今後、数年先とかいうスパンで考えたとき、

「なぜ、商品の増産をしないのですか?」

 と問われたら、果たしてどのように答えれば相手が納得してくれるものか……。


 好調なら好調で、悩みはそれなりに尽きないものだなあ、と、完爾は思う。


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