島流しの原因ですが、なにか?
「しかし、門脇さんは凄い。
おれんなんて、転移魔法を連発するだけで魔力が切れかかるのに……」
靱野は、そうボヤく。
「……転移魔法を連発できるだけでも、十分に大したことだと思うのですが……」
靱野の発言に、ユエミュレム姫は珍しく引き気味になった。
「あれは、わたくどもの世界では高位の魔法使いのみが使える高度な魔法だったはずです」
「おれたちのところでも似たようなもんだったけど、いかんせん、昔の仲間は規格外のやつらが多すぎたからな。
おれの基準がおかしくなっているのかも知れません。
それに、おれが本格的に魔法を使うようになったのも、こちらの世界に来てからのことなんですが……」
「独学で魔法を使えるようになったのか。
それはそれで……凄いことだな」
完爾も、半ば呆れている。
体内に蓄積できる魔力量の多寡は、結局のところ生まれついての体質に因るところが大きい。
先天的な資質の有無より、後天的な学習、それも独学であそこまで魔法を使いこなせているという事実の方が、よほど驚嘆に値する……と、完爾は思う。
「いや、なに。
こっちの世界来るとき、偉大な変態魔法使いが基本的な魔法について網羅したアンチョコを餞別にくれましてね。
あとはまあ、時間をかけてゆっくりと……。
とはいえ、おれは門脇さんほど魔力に不自由しないわけではありませんから、魔力を使わないですむように姑息な道具を揃えたりなんだり、その場その場で工夫してなんとか凌いでいる次第でして……」
「いや、方法はどうあれ、それで四十年以上もなんとかやっていけているんだから……十分に凄いんじゃないか……」
完爾は、さらに呆れる。
四十年といえば、完爾がユエミュレム姫の世界に居た期間の二倍以上。
それだけの長い期間、単身、孤立無援で、見知らぬ世界で戦い続ける……そんな真似ができた、というだけで……絶対に、ただ者ではないのだ。
「……四十年以上、かあ……」
靱野は、遠いところを見る目つきになった。
「もう、そんなに経つのか……。
気づけば、おれが元いた世界で過ごした時間よりもずっと長いこと、こっちに居るんだよなあ……」
「それで、そこまで長居した原因、ってのが、なんていったっけ?
自律術式、っていうの?」
今度は、千種が口を挟む。
「結局は、なんなの? それ?」
「決まった形はありません」
靱野は説明しだした。
「簡単にいえば……生きているかのように振る舞う、魔法……ってことになりますかね。
成長し、分裂し、既存の生物や非生物を模倣し、環境に適合し、あるいは交配し、自分自身を書き換えながら成長していく魔法。
その主な機能は、魔力を蓄え仲間を増やすことに使われます。この辺も、生物に似ていますね」
「それが、危険物なのか?」
完爾が、質問する。
「危険なんです」
靱野は、あっさりと頷いた。
「こいつが十分に成長し、魔力を蓄えますと……今度は別の世界との門を無分別に開きはじめます」
「それを回収している……といったか?」
完爾は、難しい顔になる。
「破壊や駆逐では、いけないのか?」
「破壊や駆逐が可能ならば、それで構いません。
現に、こうしている今も、その手の術式を見つけ、無害なモノにするために書き換えるウイルスのような術式が世界中で働いています。
九割方は、その手の自動術式に任せておいても問題はないのですが……」
「……それでは始末できないモノも、あるわけですか?」
ユエミュレム姫が疑問を口にした。
「残念なことに。
先ほどもいった、環境に合わせて自己を書き換える自律術式本来の機能と……それに、術式を手に入れたこちらの人間たちが、それを手を加えて自分たちの都合がいいように使いだしたり……」
「……そんな馬鹿なことをするやつらがいるのか……」
完爾が呻いた。
「こっちには、実用的になるほど整備された体系的な魔法知識さえ、ないだろうに……」
「ですが、オカルト的な雰囲気を容認する組織はそれなりにあります」
そういう靱野の顔を、心なしか疲れの色が見えた。
「ナチスの残党とか、カルト教団とか、企業とか、博物館とか……」
「それ、全部、靱野さんが相手にしてきた連中?」
「ええ、まあ。
やつら……生体実験も恐れないし、人間に術式の能力を植えつけたり、死人と術式を融合させて疑似的に生きているように見せかけたり……もう、やりたい放題で。
一つの組織を潰しても、残党とか後継者はすぐにわらわら出てくるし、研究データとか残っていればそれを利用するのを躊躇わない連中も少なくありませんし……。
そういうのを勝手に利用して、殺人ゲームをおっぱじめる馬鹿な連中とかもでてきたり……最近では、メモリーやスイッチやカードやコインや指輪に術式を組み込んで普通の人間でも一時的に魔法的な機能を使用できるようにしたり……。
自律術式そのものよりも、こちらの人間の利用法の方がよっぽど読めないし、始末に悪い……」
そういったことの「始末」をすべて引き受けてきたというのであれば……やはりこの靱野という小柄な男は、たいした傑物なのであろう。
「……ご苦労様です……」
完爾としては、そういうより他なかった。
完爾が勇者をしていたのは、今となっては昔のことなのだが、この靱野は現在進行形で終わりの見えない戦いの最中にいるのだ。
「だけど……そういう大変なの、ずっと一人でやってきているわけ?」
千種が、疑問を口にする。
「君が元いた世界の人たち……とか、協力してくれなかったの?」
「ずっとおれ一人だけでやってきたわけではないですよ。
これまで、こちらの世界でおれに協力してくれた人たちは、いくらでも居ます。
それと、おれが元居た世界のやつらが今、この場にいないのは……それは、おれがこちらの世界に来たこと自体が、事故みたいなもんでしたからね」
「事故……ですか?」
ユエミュレム姫が首を傾げる。
「確か、自律術式がばら撒かれたことについても、事故といういい方をしていたと思いますが……」
「ええ。
その、事故、です」
靱野が、深く頷く。
「ごく簡単にご説明を申しあげれば……おれの世界では、十分に発達した自律術式が多くの世界との門を開き、それなりの騒ぎになってしまった。
それを憂慮したおれの仲間たちが、自律術式を分解する術式を開発し、対抗しようとする。
それは成功するに見えたのですが……空間を歪め、多くの時空を出鱈目に繋ぎ合わせたような代物が素直に無害になってくれるはずもなく、その課程で近くにいたおれも、見知らぬ世界に放り出しされてしまった……と、いうことです。
今、この世界に現存する自律術式は、おれの世界で発達しすぎた自律術式のなれの果て……完全に分解しきれかなった分が、こちらの環境に適合したり増殖したりしたものです」
「靱野さんは、それを回収してまわっている……ってことかぁ……」
千種は感じ入った口調でそういい、そのあと、疑問を口にする。
「……それは、原因を作った責任を感じて、ということもあるのかな?」
「責任、ということも多少はありますけど……」
靱野は、肩を竦める。
「……それよりももっと、利己的な動機の方が強いです。
自律術式を解析すれば、他の世界との門を開く方法がわかるはずなんです。
おれは世界を渡る魔法を知りませんから、おれが元居た世界へ戻る方法を知るためには、多くの自律術式を回収して研究するより他、方法がない。
なにしろこの世界には、実用的になるほど整備された魔法体系が現存していない有様なわけですから……」
「なるほど。
それで、回収、か……」
完爾は、呟く。
責任感やら正義感などの綺麗事だけで動いているよりは、はるかに説得力があった。
「そういえば、靱野さんが魔剣バハムに興味を持っていらしたのも……」
ユエミュレム姫が水を向けると、
「ああ!
それ!」
靱野は、少し大きな声を出した。
「あれ……鞘を抜いて子細に検分しないと確かなことはいえませんが……なんか、空間をねじ曲げるような魔法が籠もっていませんか?」
完爾たちがそんな会話をしている間にも、つけっぱなしだった軽食屋のテレビがニュースキャスターの無表情な声を流している。
いわく、太平洋上の某所で記録的に大規模な落雷が観測された、とか、巨大なクラゲ状の物体が大量に、氷結された状態で太平洋岸に漂着しはじめた、とか……。
靱野が完爾たちを含めた全員に、「関心を引きつけない」魔法をかけているため、完爾たちの奇妙な会話に聞き耳を立てる者はいない。
そうした奇妙なニュースと同じくらいに、彼らの会話は無駄に聞き流されるだけなのであった。




