お手伝いですが、なにか?
「門脇完爾。
元、勇者」
「こちらでの名前は、靱野九朗。
グラスホッパーと呼ばれることもある。
冒険者の、なれの果て」
そう、名乗りあった。
突然の邂逅、動揺から立ち直った靱野が「周囲の人間の関心を分散する魔法」をかけ、人目が少ない場所まで完爾たちを引っ張ってきたのである。
とはいえ、観光地であるから限界はあるわけだが、並んだ自販機の裏側に少し空間があったので、みんなでそこに移動した。
「……そういや、さっき写メとかも撮られていたようだけど、あれなんかは大丈夫なの?」
「いや、それは大丈夫です。はい。
デジタルデータを乱すことは意外に簡単なんもんで。この姿になるときは自動的にジャマーが働くように設定していますし。
むしろ、昔のフィルムの時代の方が面倒でした」
靱野という男は、完爾に対して妙にへりくだった態度を取っていた。
「それで、どうしたの。
目立ちたくないのに、いきなりこんな観光地のど真ん中に現れて」
「自律術式……今、おれが回収中の危険物なんですが、日本海溝という滅多に手を出せない場所に根を張って、どうも、予想以上に育っていたようで……」
「……つまり、逃げ帰ってきた、と?」
「いや、一時撤退、ですかね。
拠点に一度戻って対処法を考えてから、すぐに引き返すつもりでした。
まだ陸地から百キロ以上はある地点に散らばっているはずですし、こちらに上陸してくる前に手は打つつもりです」
「散らばっている……っていうと、その危険物というやつは、数が多くてなおかつ洋上を陸地に向けて移動中、ということなんだな?」
完爾は、靱野に確認を求めた。
「その通りで」
靱野は、即座に首肯する。
「ですが、この程度の危地はいままでにもくぐり抜けてきましたから、まあ、どうにでも……」
「なんなら……手伝おうか?」
「……へ?」
「だから、おれが、手伝おうか?
その危険物除去作業、とやらを」
洋上、という人目のない場所。
それに……。
「そいつら、問答無用で破壊すればいいんだろう?」
「ええ、まあ……回収するのが一番なんですが、それが無理なら破壊するしかありません。
こちらの世界に、ご迷惑はかけられない」
「ならば、おれが得意な仕事だ」
……いい加減、これまでの生活でフラストレーションも溜まっているのだ。
ここいらでストレスを解消するのも、また一興であろう。
「……お願いできるのであれば、是非に」
不意に、靱野は真顔になる。
「門脇さんは、膨大な魔力をお持ちだ。
それに、プレッシャーも剣聖様並だし……お手伝いいただけるんなら、実に心強い」
「そんじゃあ、具体的な方法だな。
その危険物が漂っている場所まで、すぐに転移できる?」
「もちろん。
ですが……なにもない海の上で、足場となるものがなにもありません。
空を飛んだり水の上を歩く魔法などをご存じですか?」
「いくらおれでも空を飛ぶのは無理だが、海の上はあるけるよ。
海上を、凍らせてしまえばいい」
「……なんとまあ、豪気な。
流石、魔力に不自由しない方はスケールからして違う。
もう一つ問題があります。
やつらは、今、地表から数百メートル以上離れた上空を漂っております」
そういって、靱野は頭上を指さす。
「……うーん。
距離、か。
なんなら、転移魔法を連発してそいつらの近くに移動、攻撃範囲の広い魔法をぶっ放してすぐに地上に転移……という一撃離脱をくりかえせば、あるいは……。
そいつら、動きは早いの?」
「いえ。
今まで観測した範囲では、とてもではないが俊敏とはいいがたく……。
では、それでいきますか?」
「そっちは、遠距離用の攻撃手段はあるのか?」
「ええ。
これが」
ふん、と異音がして、いつの間にか、靱野の手に不格好なライフルが握られている。
「魔力で実体化した代物です」
「……そちらの魔法体系も、なかなか興味深そうだな……」
「あとでなら、いくらでもお教えしますが?」
「そうだな。
まずは、目前の面倒事を片づけてからにしよう。
……というわけで、おれたちはちょっと席を外すけど……」
後半は、ユエミュレム姫や千種への語りかけである。
「はい。
お気をつけて」
ユエミュレム姫は、にこやかに応じていた。
「その前に……翔太。
ちょっと背中から降りろ。
それと、暁を……」
「はい。
お預かりします」
ユエミュレム姫が、完爾から暁の体を受け取る。
「よろしいでしょうか?」
「ああ。
さっさとやって、さっさと片づけてこよう」
「では、失礼して」
靱野が完爾の肩に触れると、二人の姿は唐突に消えた。
「……義妹ちゃん。
このあと、どうすんべ?」
「そうですね。
さきほどお聞きした、シラスとかサザエというものを……」
女二人は何事もなかったように歩きだし、翔太を伴って雑踏の中に消えていく。
「……って、いきなり落ちているし……」
「いや、海を凍らせるにしても、時間的な猶予は必要かと思いまして……」
「それで上空に転移、か。
だけど……よっ」
のんびりとした気合いをいれて、完爾は自分の足下を凍らせた。
完爾を中心として半径五十メートルほどの海面が瞬時に凍り、厚さ二メートルほどの氷板となる。
それほどの質量ともなれば、空高くから落下してきた完爾や靱野の体重と衝撃を受けてもびくともしないのであった。
「……すげぇ……一瞬で……」
靱野は、完爾の魔法にひたすら感嘆している。
「前にいた世界では、一つの湾を丸ごと凍らせたこともある。
そんなことよりも……お仕事をするのが先でしょ?」
「はい! そうでした!」
そういって靱野は、腰のポシェットから紙の束を取り出して、半分にちぎってあたりに撒いた。
するとその紙は、地面に落ちる前に無数の大きなハチに変化し、群をなして上空へと昇っていく。
「……昔の知り合いの魔法を、こっちに来てからアレンジしたもんです」
完爾の視線に気づいた靱野は、簡単に説明してきた。
それから靱野は、手にしていたゴツいライフルを構える。
使いなれているのか、構えがなかなか様になっていた。
完爾が見たことがない形をしていたから、ひょっとしたらそのライフルも別の世界に由来するものなのかも知れない。
靱野が構えたライフルから、轟音が発せられる。
「……さて、と。
おれも……」
完爾は頭上を見あげ、そこに群がっている異様な集団との距離を目測。
「……いってきましょうかね」
転移魔法を使って、そいつらのすぐそばに転移する。
上空に転移した完爾は、頭の中で練っていた術式を解放する。
その術式の効果は「完爾の魔力が届く範囲内に存在するモノの温度を、瞬時に氷点下まで下げる」という実に単純なものだった。
靱野のいう「危険物」あるいは「自律術式」というものが、実際のところ、具体的にどういうモノであるのか完爾は理解していないのだが、これでも効果がなければまた別の方法を考えればいい。
完爾は一瞬だけその術式を解放し、すぐにまた地上へと転移する。
凍りついたクラゲ型の自律術式とやらが地上まで落下するよりもはやく、完爾は、氷上の、靱野のそばに姿を現し、しかしまたすぐに姿を消す。
氷像と化した直径二メートルほどの傘を持つクラゲが降り注ぎ、下にいた靱野は慌てて逃げまどったりするのだが、大半はなにもない海上に落下した。
二人が万を超える自律術式の始末をつけるのに、小一時間ほどの時間を要した。
「……今回は、どうも、大変にお世話になりまして……」
靱野が完爾たちに頭を下げた。
場所は、ある土産物屋の二階にある軽食屋である。
海上での騒動が一段落したあと江ノ島まで転移し、そこから完爾がスマホでユエミュレム姫に連絡を取って合流したのであった。
靱野は、不格好な装備一式を脱いで、Tシャツにチノパンという軽装になっている。
「まあまあ、うちのも無事だったんだから、堅いことはいわない。
靱野さんは、ビールでいいの?」
応じたのは、動じなていない千種である。
「あ、いや。
おれは、酒の方はからきしなもんで。
ウーロン茶かなにかを……」
「あら、そう。
完爾はビールでいいね?」
「飲んでも酔えないんだけどなー、おれ。
あー、もう。
なんでもいいよ。
それよりもひさびさに暴れて、腹が減った」
「おいしかったですよ。シラスとサザエ」
「じゃあ、それにするかな。
シラス丼とサザエの壷焼きで……」
……なんでこの人たちは、ここまで平然と受け止めているのだろうか?
と、靱野は少し不思議に思った。




