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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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移動ですが、なにか?

「車で行ってもいいんだが……」

 千種はいった。

「……あそこらへんは観光地だからな。

 基本的に、道が混むんだよ。

 道幅も狭いし……」

 あそこらへん、というのは、この場合、鎌倉から湘南までを含んだかなり広い一帯をさす。

 夏休み、プラス、週末。

 確かに、道は激しく混雑しそうだ。

「義妹ちゃんの社会見学も兼ねて、電車を乗りついでいってみたらどうだ?」

 聞けば、夏休み中に翔太の遊びも兼ねてユエミュレム姫たちを連れ回したときは、ほとんど千種が運転する車での移動だった。

「……ここからだと、結構時間がかかると思うけど……」

 完爾は弱々しく抵抗する。

 乳児の暁をともなって長時間、公共の交通機関を使用することに不安があった。

「うまく急行とか快速を使えば、そんなにかからないだろう。

 暁ちゃんも、最近ではかなり落ち着いてきているし……」

「電車に乗るのですか?」

 ユエミュレム姫が首を傾げる。

「と、ねーちゃんは提案してきているんだけど……。

 その、暁が……かなり長いこと乗るはずだから、大丈夫かなー、って……」

 完爾は、一応、ユエミュレム姫の意見も確認することにした。

「大丈夫ですよ!」

 いきなり、ユエミュレム姫が大声をだした。

「……大丈夫ですよ」

 大事なことなので二回、いったらしい。

「ユエ。

 ……電車に乗りたいのか?」


「新宿まで出て、小田急のロマンスカーに乗るのが一番手っ取り早いか……」

 スマホを確認しながら、千種がいった。

「うちからいくと、まず新宿に出なければならない」

 そう答えた完爾は、暁をだっこ紐で抱え、翔太を肩車していた。

「だから、まずはこの地元の駅から出発だ。

 義妹ちゃん。

 切符の買い方はわかるかな?」

「はい。

 予習してきました。

 まずカードを入れて……」

 路線バスを利用することもあるユエミュレム姫は、電車やバスの料金を先払いできるICカードを所持していた。

「そうそう。

 次に、タッチパネルで料金を選らんで……」

「新宿まで、ですよね?」

「そう。

 あ、二枚以上、いっぺんに買えるから」

「あ、はい……これ、ですね。

 大人、三枚……」

「そう。

 翔太の切符が要るようになるのは、今度の春からだなあ……」

 切符を買うだけで、なかなかに騒がしい。


「これが……改札、ですか?」

「そう。

 カードを直接ここに当てて読み込ませてもいいんだけど、今日は人数もいるし、義妹ちゃんも電車で移動するの初めてだし、基本に帰って切符で移動してみよう。

 ここのスリットに切符を入れると、ゲートが開きます」

 まず、千種が改札を通る。

 ゲートが開閉する様子を見て、ユエミュレム姫は小さな歓声をあげた。

「はい。

 ユエもやってみて」

 完爾がうしろから即すると、ユエミュレム姫は恐々と切符を改札機のスリットに差し込む。

「ほら、早く前に進む」

 再度、完爾が即すると、ユエミュレム姫は何歩か先に進み、切符を手に取った。

「改札をくぐれました!」

「それくらいのことを自慢げにいわない。

 では、先にいきましょーねー……」

「カンジ、冷たいです」


「移動中は冷房はいっているからいいけど……この暑さ、本当に暁、大丈夫かなあ?」

 ぼやく完爾。

「意外に心配性だな、お前」

 千種は冷静に答えた。

「様子を見ながら、休み休みいけばいいよ」

「アキラのことなら、心配はいらないと思います」

 キオスクで買ったばかりのポッキーを翔太と分け合いながら、ユエミュレム姫はいった。

「お散歩中も、汗はかきますがさほど不快そうなそぶりも見せていませんでしたし……」

「水分補給と、それに体温の変化に気をつけておけばまず大丈夫だろう」

「あ。

 来ましたね、電車。

 これに乗るんですよね?」

「そうそう。新宿方面行き。

 思ったよりも空いてるな」

「週末のこの時間だからな」

 完爾の言葉に、千種はげんなりとした様子で答えた。

「平日のこの時間は……それこそ、地獄だ」

「ラッシュ……というんでしたっけ?」

 菓子を口にしながら小首を傾げるユエミュレム姫。

「そう、通勤ラッシュ。

 日本の経済を支え社畜を悩ませる毎朝の儀式だ」

 そんな会話をしながら、全員で私鉄の車両に乗った。


 車内はガラガラで、全員がシートに座ることができた。

「涼しいですねー……」

「冷房が効いているからなー」

 小声で、完爾が答える。

 寝ている暁を起こさないため、どうしても小声になる。

 ユエミュレム姫はそんな完爾の口元にポッキーを一本押し込む。


「……新宿……」

 ユエミュレム姫が、呆然と呟いた。

「大きい。

 人が多い……」

「義妹ちゃん、ちゃんと着いてきてね。

 迷子になると大変だから」

「……はい」

 そういいながらもユエミュレム姫は、キョロキョロと周囲を見回すことをやめなかった。

「あの……こちらにいる人たちは全員、自分がどこを通ってどこに向かっているのか把握しているのでしょうか?」

「はじめて来るような人は多少、迷うかも知れないけど……迷ったときは、案内板を見たり人に聞いたりしてなんとかする。

 自分の用事に必要な経路は、何度か通れば自然におぼえるし」

「はぁ……自然に、ですか……」

「実際には、普段自分が使わない路線のことはほとんど知らないって人が、大半なんだろうけどな……」

「えんえん、階段を降りたり昇ったり……」

「エスカレーターがあるからそんなに疲れないだろ?」

「いえ、それはいいんですけど……よくもこんな巨大で複雑な建造物を……。

 確かに、トウキョウは巨大都市かも知れません」

「首都圏ってくくりで見れば、今でも世界で一番の人口密集地だし」

「この時間だと、平日はもっと人が多いんだけどな。

 小田急線の改札は、っと……」

「……こっちだな。

 片瀬江ノ島駅まで、ロマンスカーで一時間ちょい、か」

「片道二時間オーバー、か……」

「車でいくともっとかかるんだよ。

 高速まではいいんだけど、高速から降りるとすぐに進まなくなる。

 電車はいいぞ。

 ずっと座れるし、その間ビールも飲めるし……」

「はいはい。

 朝からは飲むなよ」


「そういや、ユエは水族館、はじめてじゃあないんだよな?」

「はい。

 サンシャインとスカイツリーの、それと、上野動物園と併設の水族館にも連れて行っていただきました」

「……そんなに……。

 好きだなあ」

「翔太もいったー!」

「そうかそうか。

 よかったなあ。

 今年の夏はいろいろと連れて行ってもらって」

「よかったー!」

「それはいいけど、翔太。

 あんた、朝からお菓子ばかり食べてないでよ」

「にしても、暁、おとなしいなあ。

 あんまりぐずらないっていうか……」

「この子、最近はいつもこんな感じですよ。

 手間が掛からなくて気が楽ですが……」

「ああ、そう。

 そりゃあ、よかった……」

 

「……んー……。

 着いた着いた。

 水族館、は……」

「すごそこ。

 歩いてもいくらもない」

「そうか。

 じゃあ、ちゃっちゃっと行きましょか……」

「かんちゃん、肩ぐるまー」

「おー、よしよし。

 翔太も長いことよく我慢してたしな」

 完爾は翔太の脇の下に手を差し込み、ひょいと持ち上げる。

「今はいいけど、翔太も来年は小学生なんだから、肩車はもう卒業しようなー……」

「うん!」

「……空返事だけは元気、ってやつだねー……」


「朝一から結構、人、いるもんだな……」

「夏休み最後の週末だからね。

 みんな、考えることは一緒というか……」

「入場券、わたくしが買って参ります」

「大丈夫か? ユエ」

「はい。

 大人三枚、ですね?」

「それと、幼児一枚。

 ここは、三歳以上は幼児料金取られるんだ」

「はい。

 大人三枚と幼児一枚、ですね?」

「そう。

 それで、お願い」

「では、行ってきます」

 窓口前の行列に加わったユエミュレム姫を見送った後、完爾は、

「随分、こっちの生活に順応しちゃって……」

 と、呟いた。

「そりゃ、そうだろ。

 今では普通に買い物とか井戸端会議とかしているし……。

 うちのアパートの人たちとも、かなり仲がよくなっているぞ」

 ユエミュレム姫の対人的なコミュニケーション能力は、完爾自身よりも数段上かも知れないな、と、完爾は思った。



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