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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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多忙ですが、なにか?

 完爾の会社も、一応地元の商工会議所、というところに所属している。

 積極的に他の起業と交流とかをする必要性も、正直、あまり感じてはいないのだが、素材の買い入れなどについてはいくつもの窓口を確保しておいた方がよいだろう、と感じたからだ。それと、千種からも「長くやるつもりなら、横の繋がりは大切にしておいた方がいいぞ。どこにビジネスチャンスが転がっているのかわからない」と忠告されていた。

 とはいえ、仕事の方が忙しく、登記のおり、ついでに入会手続きを済ませただけでそのまま放置していたわけだが、その商工会議所から珍しく完爾の会社へ連絡があった。

『いえ、ね。

 なんていうことのない、飲み会なんですが……』

「は、はあ」

『どうですかねえ?

 そちら、最近では珍しい躍進企業ということで注目を浴びているわけでして。

 わたしらの中にもお近づきになりたいと、そう願っている者も少なからずあるわけですよ』

「ええっと……何日、でしたっけ? その集まりは……」

 日時を確認してから、通話を切る。

 完爾としてはあまり参加したい集まりでもなかったのだが、さっといって適当に誤魔化し、さっと帰ってこよう……と、そう思った。

 一度顔を合わせれば、むこうさんもそれで気が済むだろう。


「……社長ー!」

「はいはい」

 大声で呼びかけられて、完爾は狭い社長室を出る。

「梱包材、届いたんですけど……もう置き場所が……」

 倉庫兼配送所である作業所は、大雑把に分ければ在庫を置くためのスチール棚の区画と作業をするための机が置いてある場所に二分される。

 そして、作業をする場所の床には、今、梱包を終えて発送をするのを待つばかりの商品が所狭しと置いてあった。宅配業者がそれらを引き取りに来てから梱包材が届けば理想的だったのだが、実際にはこうして少々早めに着いてしまった形だ。

 梱包材も必要なのだが、これでは確かに置き場所がない。

「……仕方がない。

 場所が空くまで、一時、社長室で預かりましょう」

 完爾はそういい、ビニール紐でまとめた段ボールやビニール袋を手渡すよう、指示をした。

 完爾が使用している社長室だって決して広くはないのだが、他に置き場所が思いつかないのだから仕方がない。

 その場にいた作業員たちは完爾の指示に従い、一時作業の手を止めて、入り口から社長室まで、リレー式に梱包材を手渡しをしてくれる。

 完爾はそれを受け取って、社長室の中に梱包材を積み上げた。

 この梱包材だって、かなりの部分を今日中に使い切ってしまうのである。


「社長、いいですか?」

 梱包材をどうにか片づけた、と思ったら、出入り口から顔を出した店員に声をかけられる。

「こちらの商品を補充したいのですが……」

 そういって、メモを完爾に手渡す。

「ああ、はいはい。

 じゃあ、在庫の処理はこっちでするから……」

「はい。

 ピッキングはこちらでします」

 店員はそういって、プラスチックの箱を手に取り、商品をおいた棚に近づいていく。

 こうしたやり取りも、もう何度も繰り返しているのだ。

「……この品番、出るなあ」

 ノートパソコンに向かってデータの中の数字を書き換えながら、完爾が呟く。

「お手ごろ価格ですからね。

 動きのいいのは、安いものと新製品ですよ。

 社長。

 数のチェックお願いします」

「はい。

 ええっと……これが二十で、こっちが三十……。

 はい、確かに」

「それではいつもの通り、梱包はお店の方でやらせて貰います」

 そういって、店員は作業所から出て行く。

 入れ違いに、顔見知りの配送業者が発送する商品を引き取りに来た。


「……また、太ってきているような?」

 ベビーベッドで寝ている暁を見ながら、完爾が呟く。

「大きくなってる、といってください」

 夜食の用意をしながら、ユエミュレム姫はいった。

「寝て食べて大きくなるのが、今のこの子の仕事なんですから。

 起こさないでくださいよ」

「……起こさないけど。

 そうか。

 こっちが仕事している間にも、どんどん育つんだなあ……」

 ここの所忙しくて、暁が起きている時間に帰って来ていないような気がする。

「お仕事も大事ですけど、休むべきときにはちゃんと休んでください」

「……んー。

 折を見て、休み、取るわ」

「是非、そうしてくださいね。

 張りつめすぎると後に響きますから」

「そんなに柔にはできていないつもりなんだけどな」

「体だけではなく、心の問題です。

 休むべきときに休んでおかないと、内側から段々腐れていきますよ」

「腐れていくのかー。

 それはやだなあ……」

 他愛のない会話をしながら、完爾はテーブルについて夜食を食べはじめる。

 深夜ということもあり、お茶漬けに昆布の佃煮、漬け物と焼き魚程度の軽食である。

 千種はまだ帰っていなかった。

「それで、お仕事は順調なんですか?」

「順調といえば、順調かなあ。

 相変わらず、売れてはいるし……最近では、他の人たちも仕事に慣れているし……。

 うん。

 もう少ししたら、おれも定期的に休みを取れるようになるかな?」

 完爾は、今の社内の状況を思い返しながら、そんなことをいいはじめた。

「……本当ですか?」

 すると、ユエミュレム姫が身を乗り出してくる。

「本当……だけど。

 どうしたの?」

「実は、行きたいところがあるのですが……」


 翌日、完爾は昼休みに会社の近くにある書店に立ち寄り、ガイドブックを買ってきた。

「……社長。

 江ノ島にいくんですか?」

 そのガイドブックを見かけた作業員に、はなしかけられる。

「んー。

 今度休みが取れたらね。

 嫁さんの要望で……」

「……ああ、あの。

 綺麗な方でしたね」

 ここにいる何人かは、面接のときにユエミュレム姫と面談していた。

「なんかね。

 あそこの水族館でイルカとかペンギンのショーをやるそうで、それを見てみたいんだって。

 でもここからだと、結構時間がかかるよなあ」

「車ですか?」

「うまく土日に休めれば、車。

 そうでなかったら、電車乗り継ぎだな。

 ま、その前に、おれが休んでもこっちに影響がない体制を作らないと……」


 地元商工会の顔役たちとの酒盛りも、いってしまえば単なる名刺交換会だった。

 それなりに歴史のある料亭に呼び出された形だったが、そもそも完爾はアルコールでも毒物でも体内に入れた端から分解してしまう体質である。

 酒宴の席でもそつなく、無難な受け答えをして受け流しておいた。

 その場に来ていた商工会の人たちは上は八十代から下は六十代まで。第一線から勇退し、自社の経営を次代の人たちに受け渡した後の人たちがほとんどだった。

 ようするに、暇を持て余したご隠居さんたちが最近目立ってきた完爾を呼び出して酒の肴にした形であり、もちろん合間に共同開発のはなしなどを持ちかけられはしたが、何度か曖昧に言葉を濁してはなしをそらしているうちにそんな話題もでなくなった。

「門脇くんはゴルフはやらんのかね?」

「いえ。

 経験はありませんね」

「どうかね? 今度一緒に」

「申し訳ありませんが、今は仕事の方が忙しくて時間が取れそうにありません」

「結婚はしているのかね?」

「一応。

 妻と、産まれたばかりの子どもがいます」

「そうかそうか。産まれたばかりか。

 それでは、可愛い盛りだろう……」

 そんな世間話に終始しているうちに時間が過ぎる。


 三時間ほど拘束されてからようやく解放された後、完爾は、ぽつりと、

「……これもつき合いってやつだよな」

 と、そう呟いた。

 完爾としては妻子を養いたいだけなのだが、そのためには、やりたくもないことも山ほどやらなくてはならないらしい。

 どんな仕事についても、多少の差こそあれ、不本意な部分というのはあるのであろうが。

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