要注意人物ですが、なにか?
「そんで、そのシナノさんってのが、他の世界から来た魔法使い、っと……」
『ええ。
魔法使い、とは名乗りませんでしたが、転移魔法を使っていました。
それと、バハムの封印についても本質的な部分を見誤っていませんでしたので、魔法について分析的な思考もできる人物であると予測します』
完爾は、締め切った社長室の中でユエミュレム姫からの電話を受けている。
「しかし、他の世界、かあ……」
現にこうして、別の世界で十八年間勇者をやっていた完爾がいるのだから、そういう人物がいてもおかしくはない気もするのだが……なんとなく、釈然としない気分になる。
「その人、なんでこちらに来ているんだって?」
『なんでも、出身世界での事故によって別の世界へばら撒かれた危険物を回収している、というようなことをいっていました』
「……どこまで信用できるやら、だなあ……」
完爾は、軽くため息をつく。
うがった見方をするのなら、ユエミュレム姫や自分に近づくために小芝居をしている可能性だってあるわけである。
「ユエの目から見て、どう?
その、彼の印象は?」
『随分と、可愛らしい顔立ちをしておりました。わたくしの好みではありませんでしたが』
「いや、そういうことではなく……」
『わかっています。
彼は、信頼に値する人物であるかと』
「根拠は?」
『嘘をいっているようには見えませんでした。
それに、隠し事が得意なタイプであるようにも見受けられません』
「……ユエが断言するんなら、本当にそうなんだろうな」
完爾は、軽く息をつく。
この手の鑑識眼については、完爾自身よりはユエミュレム姫の方がよっぽど頼りになるということを、これまでの経験から完爾は学んでいる。
「では……そのシナノさんは、信用してもいいのかな?」
『とりあえず、一度顔を合わせてみてはいかがでしょうか?』
「……そうだな。
考えておくよ」
靭野九朗と名乗る男との面談が、今後、どのように影響してくるのか、完爾自身にも予想しきれないところだった。
その日の昼過ぎに、クシナダグループからメールが着信した。
人工衛星の一軒以来、条件をかなり限定した上で似たような仕事を何度か請け負っていた。
今度もその手の用件かと思ったのだが……。
「電話で直接はなしをしたい、か……」
即決の判断を要求される案件であるか、さもなくば、文書やデータとして記録にとどめたくはないはなし、ということになる。
なんだろうな、と思いつつ、完爾はメールに「今なら電話に出れます」と返信する。
いくらもしないうちに、私物のスマホに着信が入った。
「……はい」
会社の固定電話に、ではないということは、つまり、商談ではないということだ。
そんなことを思いつつ、完爾は電話に出た。
『お忙しいところ、恐れいります。
クシナダグループの橋田です』
「それで、今日はどんなご用件で?」
『はい。
それが、ですね。
まだお耳に入っていないかも知れませんが、今朝、奥様がさる要注意人物と接触した形跡があり……』
「あ。
そちらでも掴んでいましたか?」
どうやら、以前にいわれていたとおり、橋田管理部長の方でも完爾たちの家族をさりげなく見守っていたらしかった。
見張っていた、ということでもあるのだろうが。
「それで、唐突に現れたあの人って、やっぱ要注意人物なんですか?」
だとすれば、どういった意味合いで当局に注目されているのか……といったことを、完爾としては手っ取り早く知りたかった。
「なんか、危ないことをしているとか?」
『危ない……といえば危ない存在ではあるんでしょうが……。
決して非合法な存在ではなく、いや、常に法を守っているかというとそういうわけでもなく……』
電話口のむこうで橋田管理部長は、珍しく歯切れが悪かった。
『本来ならばもっと早くにご連絡を差し上げなければならないところでしたが、件の人物の資料を揃えるのに思ったよりも時間がかかり……』
「結局、彼はいったいなにをやらかした人物なんでしょうか?」
完爾は、結論を急がせた。
これでも勤務時間内の仕事場で電話を受けている身である。
『あ、はい。
彼がやらかしたことを説明しだしますと、内容がありすぎて一口に説明できません。
何度か刑事事件の重要参考人として手配されたこともありますし、逆に凶悪犯罪を未然に防ぎ、大規模な事故や災害から多くの人々を救ったという記録もあります。
そうした記録は各都道府県の警察署や消防庁、自衛隊に保存されておりまして、そのすべてを集めるだけでも一苦労でした。
今うちの若いのに分析をさせているところなんですが、なにぶん、量が多すぎて……』
「……量が多すぎて、って……」
完爾は、数秒、絶句した。
「なんですか、そりゃあ?
全国を股にかけて活躍しているわけですか? 彼は」
『そうですね。
日本国内のほぼ全土で彼の活躍は記録されております。
まだ確認しておりませんが、ひょっとすると、国外でも活躍しているかも知れません。
それに……空間的な広がりだけではなく、ですね……』
彼の姿が最初に記録されたのは、千九百七十一年なんですよ……と、橋田管理部長は告げた。
その当時から彼は、今とほとんど変わらない姿をしていたという。
ここではないどこか別の世界から来た者が存在する……という点については、まだいい。
他ならぬ完爾自身が、十八年間も別の世界で勇者をやってきた経歴の持ち主だ。
そうした人物の存在を否定することは、自分自身の過去を否定するにも等しい。
しかし……。
「……七十一年から、というと……四十年以上、ってことか……」
それだけの歳月、ほとんど変わらない外見で活躍し続けるとなると、不老に近い存在ということになる。
ユエミュレム姫によると、「可愛らしい顔つきをした、高校生くらいの年格好をした」青年、ということだった。
それと、魔法についての知識もそれなりに備えていたようだ。
完爾やユエミュレム姫が知る「魔法」とまるっきり同一のものであるとも限らないのだが……多少、枝葉が違っていても、根本的な部分には共通するところが多いのではないか?
さらに、橋田管理部長からかなり大雑把に聞かされた彼の活躍。
凶悪犯罪者を捕らえたり、カルト教団を壊滅させたり、事故や自然災害の現場から多くの人を救助させたり……と、表面的な部分を見れば彼の活躍はまるで……。
「……正義の味方だ」
ニチアサ的な意味で。
そうした現場に居合わせた人々の多くが、彼が魔法か超能力のような不可解な力を使った、と証言している。
ただ……同時に、彼が活躍した前後に、怪物や怪人が出現し、常識では説明できない怪現象が起こることが多い、ということも、確認されていた。
そうしたことから、彼そのものが元凶ではないのか、という意見も多いようだ。
「……グラスホッパー、ねえ……」
完爾は、スマホで橋田管理部長から送られてきたメールに添付されたアドレスを開いていた。
彼の存在は、一種の都市伝説的な存在として巷間に認識されているようだった。
当然のように、彼に関連した噂や情報を集めたサイトも存在していた。
その情報をすべて信頼できるものであると判断するのは早計なのだろうが……。
「……本当、いろんなところで目撃されているんだなぁ……」
グラスホッパー。バッタ。
時と時間を飛び越えていきなり出現する彼の神出鬼没さと、それに、ときおり彼が使用する奇妙な外観のバイクにちなんでつけられた名……だ、そうだ。
すくなくとも、そのサイトではそのように説明されていた。
「……まあ、いっか」
いろいろとつっこみたい部分はあるものの……当面、彼と完爾との接点は、ユエミュレム姫が一度だけ接触した、というただ一点のみ。
彼が完爾たちの生活を脅かそうという意図を持っているのならともかく、ユエミュレム姫との会話や印象によれば、それほど害のある相手とも思えない。
完爾は、ユエミュレム姫の観察眼と人物評に関してはかなり高く評価しているので、不安を感じることはなかった。
「今は、そんなことより……」
中小企業のひよっこ経営者としては、目前の本業、仕事に打ち込むのが先決というものだろう。




