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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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珍客ですが、なにか?

 完爾が連日遅くまで仕事をしている間に盆も過ぎてしまった。

 完爾はあまり家にいられないことと、ユエミュレム姫や暁と関われないことをしきりに気にしていたようだが、日付が変わってからでも毎晩律儀に帰宅してくるわけであり、ユエミュレム姫としても文句をつけるつもりはない。


 完爾が多忙にしている間にもユエミュレム姫自身の生活は依然として続いており、特に夏休み入ってからは翔太とつき合う時間が極端に長くなった。

 千種の息子、完爾から見たら甥ということになる翔太はもうすぐ六歳の誕生日を迎える。来春には小学校にあがるそうだが、ユエミュレム姫は、実の所、現在翔太が通っている保育園と小学校との明確な差異はまだ理解できていない。

 とにかく、その年頃の男の子の行動力と自由さは時として暴走しがちであり、行動を共にしているととても疲れるわけであるが。

 また、翔太自身も大変に活発なお子さまではあったのだが、その年齢ゆえに体力が乏しく騒いだあとにはすぐに静かになる。母親である千種が躾には気を配っているので、うるさくしてもいい時と場合を割合わきまえている、などの要因もあり、一緒にいる時間が長くなったユエミュレム姫にしても気疲れこそするがその疲労は決して不快なものではないのであった。

 とはいえ、ユエミュレム姫も決して翔太一人にかまけていたわけでもなく、普段からやっている家事や暁の世話、それに完爾の会社のためである新製品のデザインを起こし、日本語やその他の雑事の学習など、やるべきことはいくらでもあり、基本的に翔太は近所で勝手に遊んでいることが多い。朝から夕方まで外に出ていることも多かった。

 それについて、千種は、

「疲れてくれば勝手に帰ってくるだろう」

 といってあまりうるさいことをいわなかったが。

 ただ、「他の家の人には絶対に迷惑をかけるな」ということも徹底していたので、翔太はお腹が減った時、あるいは疲れた時は自分の意思で家に帰って来て、ユエミュレム姫におやつをねだったり昼寝をしたりする。

 ちなみに、おやつに対する嗜好についてはユエミュレム姫も翔太も似たり寄ったりであったので、揉めることはほとんどなかった。

 それ以外に、翔太は、外で遊んでいない時は絵本や子ども向けの本を頻繁に広げている。

 千種によると元々そのような傾向はあったのだが、最近では他ならぬユエミュレム姫の影響もあってさらに拍車がかかっているのではないか、ということだった。

 ごく短短期間で日本語の読み書きをマスターしたユエミュレム姫の姿を間近に見て……というのは確かにありそうなことではあったが、だからといってこれまでカナしか読めなかった翔太がいきなり漢字混じりの文章を読めるようになるわけでもなく、今のところ翔太は漢字にルビがふってあるマンガや児童書に親しむのが精一杯である。

 それでも割合、難しい内容もそれなりに理解しているらしいので、どちらかといえば早熟な方なのかも知れなかった。

 そんな感じで、完爾が仕事で不在がちにしている間にも、ユエミュレム姫はユエミュレム姫なりの日々の生活を営んでいた。


 そんなある朝、いつものように洗濯物を干していると、庭先の空中に、唐突に何者かが出現した。

 物置の前、地上から二メートルほど離れた場所に出現したその人影は、

「おわっ!」

 と小さく叫びながら身を翻し、背中から地面に激突するのを防いで四つん這いに近い格好になった。

 そこで顔をあげて一部始終を目撃していたユエミュレム姫と、まともに目が合う。

「……」

「……」

 数秒の間、二人ともなにもいわなかった。

「あの……見ました?」

 四つん這いのまま、その男は訊ねてきた。

「なにを、ですか?」

 ユエミュレム姫は、軽く首を傾げる。

「その……おれが、出てくるところを」

 若い、男だった。

 いや、幼い……だろうか?

 顔つきから判断するのなら、こちらでいう高校生くらいの年齢だろうか。

「はい。

 なにもない空中に、いきなり出現しましたね」

「……あちゃー……」

 ユエミュレム姫の返答を聞くと、その若い男は一挙動で立ちあがって、大仰な動作で天を仰いだ。 

「ええっと……いきなりこんなことをお願いできる筋合いでもないのですが……。

 今見たことは、内密にしていただければ……」

「今見たこと……と、いいますと、あなたが出現したことですか?」

 ユエミュレム姫は、再度、首を傾げる。

「そう、それです。

 ……に、しても、あまり驚いていないようですが……」

「驚いていないことも、ないんですけどね。

 こちらの世界に、転移魔法が使える人がいるとは思いませんでしたし……。

 もしよろしければ……」

 麦茶でもいかがですか? と、ユエミュレム姫は、その若い男にいった。

 情報を交換する必要がある、と、感じたからだ。


「……お察しの通り、おれはこの世界の人間ではありません」

 その若い男は、靭野九朗と名乗った。

 日本人として活動している時は、その名前を使用しているそうだ。

「事故で、おれの世界からちょっとヤバめのモノをあちこちの世界にばら撒いちまいまして……。

 その後始末で、ヤバい遺物を回収している者です」

 ご近所の目もあるので、ユエミュレム姫はすぐにその男を室内へと招き入れた。

「シナノさん……ですか?

 その割には、ずいぶんと日本人らしい容姿をしているようですが?」

「外見……いえ、認識を誤魔化す魔法をかけております」

「……ああ」

 ユエミュレム姫は少し、目を凝らした。

「いわれてみれば……シナノさんは随分と、ご立派な耳をしていらっしゃるのですね」 

「ね?

 そういう魔法がかかっている、と意識すると、正体が見えてくるでしょう?」

 靭野は、共犯者へ向けるような笑みを浮かべた。

「そちらの方も、いろいろと訳ありのご様子ですが。

 いえ、聞かない方がよいのであれば、無理に聞きたいともいいませんが……」

「別に隠すほどのことでもないのですが……」

 ユエミュレム姫は、簡単に事情を説明する。

「縁あってわたくしの世界を救ってくださった方を追いかけて、娘とともにこの世界にきました。

 どうやって来れたのかは判然としません。帰る方法もわかりません。

 事実上、漂着民に近い立場だと思います」

「……そちらも、いろいろと深い事情がおありのようだ」

「ええ。

 一言でいい尽くせないことだけは、確かですね」

 異世界からの客人二人は、神妙な表情で頷きあう。

「それで、シナノさん。

 シナノさんはいつも、転移先の状況を確認せずに転移魔法を使うのですか?」

「あ……いや。

 今回は、ちょっと事情がありまして……」

 ユエミュレム姫が訊ねると、靭野は首をすくめた。

「そういわないでください。

 おれだって、こう見えて慎重なことには自信がある方……なんですが……。

 今回は、ちょっとおかしな感触があったなあ?」

「……おかしな感触、ですか?」

 ユエミュレム姫は、軽く眉をひそめる。

 この靭野の出身世界ではどうだったのか知らないが、ユエミュレム姫の世界では、転移魔法は難易度が非常に高く、高位の魔法使いしか使用できないものだった。

 完爾は使用できたはずだが、それ以外となると、世界中を探しても使用できる術者は数えるほどしか存在しなかったはずだ。

 当然、ユエミュレム姫自身も使用できない。

「無理に引っ張られた……ような、感触があったな。

 そもそもおれは、ここに出てくる予定ではなかった」

「それは……転移魔法が、ねじ曲げられた……ということですか?」

「断定はできませんが」

 靭野は、軽く頷いた。

「……そうした働きをする力場とか道具とかに、心当たりはありませんか?」

「……心当たり……」

「勇者の剣!」 

 それまで一人で静かにしていた翔太が、いきなりそんな声をあげた。


「……これ、なんですが……」

 ユエミュレム姫は物置から魔剣バハムを持ってきて、靭野に手渡した。

 魔剣バハムはユエミュレム姫の家にとってあまり縁起がよい剣ではなかったので、恐る恐る、といった手つきで扱っていた。

「とんでもない魔力を感じます」

「それは、カンジ……主人が、封印の魔法をかけているからだと」

「……封印、って……。

 ああ、これですか……」

 靭野は、軽く目を眇める。

「こりゃまた……単純だが、力強い封印だ。

 ご主人は、どうやら魔力保有量に恵まれた方らしい。

 ……この分だと、今抜くのは無理かな?」

「お急ぎでなければ、今度主人に頼んでおきます」

「そうして貰えると、有り難いです」

 靭野は軽く一礼して、魔剣バハムをユエミュレム姫の手に戻した。

「この剣には……封印に使われた魔力は別として、独特のプレッシャーを感じます。

 ユニークな術式が組み込まれているのに違いない……」

 そのあと靭野は、二、三のことを確認してから携帯の番号とメールアドレスを書いたメモを残し、去っていった。

 いや、文字通り、姿を消した。 

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