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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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夏ですが、なにか? 

 バタバタしているうちに、夏も盛りとなった。

 酷く暑い日が続いている。

 完爾がむこうの世界に行く前は、いくら夏が暑いとはいっても、もう少し暑さも穏やかであったような気がするのだが……。


 ともあれ、あれからも完爾の会社の製品は順調に売れ続け、認知度もそれなりにあがっているようだった。

 若い少女たちの間で、完爾の会社のブレスレットなどが流行しているという。

 素肌につけたまま日焼けをすると、日焼けした部分と地肌の色のままの部分がそのまま模様になって残るのが、ファッションとして受けているらしかった。

 紫外線が怖くない年頃のみに許される楽しみなのであろう。

 そちらの用途に特化して、肩から手首までも覆うような長手袋なども製造販売し、こちらの方も、バカ売れというわけではないにせよ、受けるところには受けた。

 きっちりとした模様が両腕に浮かびあがった若い女性のグラビアが若者向けのファッション雑誌を何回か飾ったことで、完爾の会社の製品の知名度はかなりあがることになった。


 最初は外人観光客向けに、として開発された装飾過多なベストも、意外な所に浸透しているようだった。

 観光客受けもそこそこに順調だったわけだが、それを見た某所から、竜だの虎だの唐獅子だのの図案で作れないか、という要望が寄せられた。

 そうした要望に答えた結果、ヤンチャしている若い層にその手のベストが定着してしまった。

 しかも、これらの購買層は金ピカの派手なモノほど喜んで買う、という傾向があって、貴金属製の高価な商品が飛ぶように売れたりする。

 この手のベストに関しては、子ども向けキャラクター商品を作らないか、という申し出もあるのだが、版権とかが絡むと契約関係がややこしいことになりそおうなので、今の所は謹んで断らせて頂いている。


 そのお陰で、このところの完爾は多忙な日々を送っていた。

 初日一週間の勢いほどではないものの、商品はコンスタントに出ているし、日々それを補充しなければならない。

 あれから店舗とは別に、倉庫兼発送作業所と事務所を借りて人も増やしたわけだが、商品の製造だけは完爾かユエミュレム姫しかできないのである。

 完爾は、新しく借りた倉庫の隅に密閉した場所を作って、ほぼ一日中そこにこもって魔法で製品を製造し続けた。

 無尽蔵に近い魔力を持つ完爾だけに可能な芸当であった。

 一部、複雑な術式を駆使しなければならない製品に関しては、ユエミュレム姫自身も製造に携わった。が、ユエミュレム姫は完爾ほどには底なしの魔力を有していなかったし、家事や育児の合間に製造する形であったから、自ずから製造できる数にも限界がでてくる。

 完爾自身も、常々、

「無理はするな。

 あくまで、できる範囲内で」

 ということはいい含めていた。


 保育園が夏休みに入ったとかで、家族サービスも兼ねて千種は週末のたびに翔太、ユエミュレム姫、暁を連れてどこかしらへ出かけているらしい。

 なにぶん、子ども連れであるから、動物園や水族館など、多少騒がしくても許される場所が中心であったわけだが、珍しい場所へいった直後のユエミュレム姫は子どものように興奮しているのが常だった。

 しかし、完爾自身は店舗開店からこっち、まともに休みを取ったことがない。


 ユエミュレム姫はといえば、日常会話程度の日本語ならばイントネーションも含めてほぼ完璧、といえるところまで上達していた。

 料理のレパートリーも日々増やしているようだし、ある日帰宅するとキッチンにかき氷の製造機が置いてあったりする。昼間、翔太と一緒に作っていやというほどシロップをかけて食べるのが日課になっているようだった。

 完爾としては、

「お腹を壊さない程度にしておけよ」

 くらいのことしかいえなかった。


 また、別の日に帰ると、どかっとマンガ本が増えていたりする。

 ユエミュレム姫に訊ねると、牧村准教授に勧められた、という。

「風雲児たち、ねえ」

「この国の成り立ちを知りたいといったら、これがちょうどいいと……」

 あの人も、妙なものをチョイスするなあ、と、完爾は思った。

 ちなみに完爾は、この場で実物を手に取るまでそういうマンガが存在することさえ知らなかった。

「それで、カンジ。

 少し分からないところがあるのですが……」

 ユエミュレム姫が疑問に思ったのは、主としてギャグ的な表現について、だった。

 なにかというとズッコケたりする、いわゆるお約束的な表現が意味不明であるらしい。そしてこのマンガには、そうしたお約束的な表現が頻繁に登場する。

 それ意外にも、時事ネタのギャグや元ネタがわからないパロディなども理解不能。これもまた、このマンガにはふんだんに仕込まれている。

 逆に、実際に起こった歴史的な事件や実在の人物などについては、他の参考書を読んで多少なりとも予備知識をつけていたせいか、いくらかのディフォルメを施されていても十分に理解できているらしかった。

 真夜中に帰宅してユエミュレム姫と向かい合い、真面目な顔をしてしょーもないギャグの解説をしている時、完爾は、

「……おれ、なにをやっているんだろう?」

 という実存的な疑問に苛まれるのであった。

 

 リビングの棚の上に、涼しげな金魚鉢が置かれていたこともあった。

 近所の盆踊りにいった際、翔太と二人して救ってきたらしい。

「頑張って救出してきました」

 と、ユエミュレム姫は胸を張ったものだった。

 完爾は、

「金魚すくいとは、金魚掬いであって金魚救いではない」

 と指摘べきだろうか、と、数秒間、悩んだものだ。

 結局、指摘せずにそのまま放置しておくことにしたが。 

 ユエミュレム姫は、縁日の食べ物の中では綿飴をたいそうお気に召したそうだ。


「泳ぐのは、暁がもう少し成長するまで待つそうだぞ」

 とは、千種の弁である。

 ユエミュレム姫は、泳げない。そもそも、水泳という習慣自体が、あちらにはなかった。

 暁がもう少し成長すれば、幼児も受け入れているスイミングスクールにも行くことができる。

 その際に、ユエミュレム姫も泳ぎを習うことを企図しているそうだった。


 庭先で千種が買ってきた花火をやっていたこともあり、ユエミュレム姫は日本の夏を十分に満喫しているように見えた。

 ……完爾とは、違って。


「カンジは、もう少し休んでもいいと思うんですけれどねー……」

 ときおり、ユエミュレム姫はいかにも不満そうな顔をしてそんなことをいう。

「んー。

 でも、在庫の方がまだまだ心許ないからなあ……」

「品薄状態が続いた方が、売価をあげやすいではないですか。

 オークションで高騰している商品もありますし……」

「転売もなあ。

 こっちには実害はないとはいえ、あれはあれで腹がたつよなあ」

 一日や二日、完爾が休んだところで商売自体が傾くとも思わないのだが、今は店を立ち上げたばかりの大事な時期だ。

 完爾にしてみれば、ここで手を抜いてコケたりしたら……という危惧は、常に感じている。

 なにしろ、これは遊びではない。

 これからの完爾やユエミュレム姫、それに暁の生活がかかっている。

 仕事、なのだ。

 あとで後悔することになるくらいなら、今のうちに苦労をしておいた方がいい、というのが、完爾のいい分であった。

「今のような状況がいつまでも続くとは思わないから、もうしばらくの辛抱なんじゃないのか?」

 そろそろ、完爾の会社の製品を模倣した、いわゆるパチモノが流通しはじめている。

 表面的な形状だけを真似ることはできても、耐久性までは真似をしようがない。

 だから放置しておいても、そうした類似品はすぐに消えるだろう……と、完爾は予測している。

 つまりは、今の時点では、模造品が現れるほど完爾の会社の商品は売れているわけだが、それもあまり長くは続かないのではないか……とも、完爾は思っていた。

 なにしろ、流行は流行。しょせんは水物である。

 一時の過熱が終わったら、また次の売り物を用意しなければならない。

 完爾にしてみれば、今の事業規模が縮小しても、赤字にならない程度、自分の家族の食い扶持をキープできる程度でこのまま事業を継続できれば別に文句はないのであるが……会社を継続させて生き残るためには、より一層の企業努力も必要となってくるだろう。

 次の一手を思いつくまでの余裕を確保するためにも、稼げる今のうちに少しでも商品を売って余裕を大きくしておきたい、というのが本当のところであった。

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