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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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事業展開ですが、なにか? 

 店舗開店から一週間が過ぎた。

 その間、クシナダグループの橋田管理部長から小言をいわれたり(「別に独占契約というわけでもなかったはずですが?」)、あからさまに怪しげな外国人のバイヤーが複数回、店に訪れて商品を大量に買っていったり(お金を出していただく以上、国籍人種に関わらずすべてお客様、である。買った商品がどのように扱われようが知ったことではない)、千種が以前に強度試験を依頼した連中が暴走してネックレスやブレスレットをパワーショベルのアームに固定して何トンもありそうなスクラップを持ち上げる動画をネットに公開して一部で話題になったり(その動画を見て店に来る客もいた。サイトのアクセス数が倍増した)したわけだが、多忙であるということを除けば極めて平穏に推移しているといっていい。

 予想よりも商品の動きが激しくて、完爾などは睡眠時間を削って商品を補充する毎日だったが、これは嬉しい悲鳴というべきであろう。

 もっとも、現役の勇者であった時の完爾は数十日以上、不眠不休で戦い続けたことも珍しくはなく、短時間とはいえ毎晩眠ることができ、食事も三食決まった時間に摂れる最近の生活も、さほど厳しいとは思えない。

 ただ、営業とのやり取りや事務仕事を他の業務と並行して完爾一人で行うのもそろそろ限界になってきた、とは考えはじめている。

 具体的な売り上げが読み切れなかったので、初期費用を抑えるために自分でできる仕事は極力自分で行おうとしたツケが回ってきた形だが、完爾はもとより千種でさえ、最初からこれほど売れるものだとは予想していなかったのである。

 店舗開店から一週間を過ぎた現在でも注文や問い合わせは収まることを知らず、それどころか毎日倍増に近い勢いで増えてきている。ここ二、三日は、直販サイトも「SOLD OUT」になっている品目が多数見受けられ、店舗でさえ昼過ぎから売り切れになる商品が多かった。

 いわば、完全に生産数が販売数に追いつかない形となっているのだった。

 当然のことながら、事務処理だけではなく、商品の梱包や発送作業の方にも多大な負荷がかかっていた。

 夕方までにほとんどの在庫を一掃して発送し、作業員が帰ってから夜中までかかって完爾が在庫を補充する、というパターンが何日か続いている。

 作業所に併設しているスチール棚に置ける物品だけでは、許容量的に追いつかなくなっている、と、感じていた。


「と、いうわけで、そろそろ別に倉庫なり事務所なりを借りたいんだけど……」

 久々に日付が変わる前に帰宅できた夜、完爾はほぼ同じ時刻に帰宅した千種に相談してみることにした。

「いいんじゃないのか?

 今の売り上げなら、無理な投資というわけでもないし……」

 千種は、あっさりと頷いた。

 完爾たちは他の製造業とは違い、設備投資を必要としない。

 それだけ利益率も多く、在庫が毎日のように捌けている今の状況は、効率よく短期間で資金を回収している、ということにもなる。

「……開業にかけたお金は、もう回収できたのでしょうか?」

 完爾と千種の前にお茶を置きながら、ユエミュレム姫が質問してきた。

「ええっと……今月末までには、回収していくらか余剰の利益がでる計算になるな」

 タブレット端末を操作して確認しながら、完爾が答えた。

 決算日にまとめて入金されるはずの分までを考慮に入れれば、今の時点でも十分に黒字なのだった。

「はじめる前は、こんなにうまくいくとは思わなかったけど……」

「倉庫は、適当なところをこれから探すとして……事務の方はどうする?

 ネット通販みたいにアウトソーシングするか?」

 これまでも、例えばサイトとサーバ上での在庫管理システムの作成と管理はについては、外注をしている。

 完爾に専門的な知識がなかったし、それ以上にそこまで面倒を見ている余裕もなかったのだ。

「人件費のことを考えるとなー。

 マニュアル作って、派遣でも使おうかと……」

 社員を増やすと福利厚生だとかなんだとかで、それだけ経費が嵩む。

「今のところ、やって貰いたいのは電話の対応と、それに営業さんとやり取りしての受注管理なわけだし……」

 その程度なら、マニュアルを参照すれば誰にでも処理ができるのではないか、というのが完爾の判断だった。

 ちなみに経理に関しては、千種が表計算ソフトや会計ソフトなどに専用のマクロを組んでほぼ自動で処理できるようにしている。

 今のところ、それで特に不都合はない。

「確かに、それが一番、経費を安く抑えられるかな」

 千種も、一応は賛同してくれるようだった。

「これから倉庫を探すのでしたら、これからは大型の商品も扱うことができますね」


 営業に宇都木という二十歳くらいの娘がいるのだが、この宇都木は帰国子女で英語が堪能で、そのせいか観光客が多い場所にある店に、時にみずから販売にも携わりながら積極的に営業をかけている。

 その宇都木からの要望に、「もっと土産に相応しい、日本らしい商品が欲しい」というものがあった。

 その声に答える形で、ユエミュレム姫が試作した商品がある。

 まず確実に著作権は切れているであろう、ということで、浮世絵を題材にしたベストというかチョッキというか、とにかく、細い素材で編まれた単衣である。

 Tシャツなどの上に重ね着をすることを前提として、着用すると胸や背中に、歌麿、写楽、広重、北斎、少しマイナーなところではユエミュレム姫の趣味で入れた若冲などの絵柄が浮かび上がるようにできている。

 この商品なども、他の商品と比較するとかさばるので、今の倉庫兼作業所のままだとまともに在庫が置けない。したがって流通にも乗せられないのであった。

 今のところ、金糸と銀糸で制作した試作品を店舗の方にディスプレイしているに留まっていた。

 しかし、新しく倉庫を借りるとなると、事情が変わってくる。

「あまり慎重になりすぎても、商機を逸することにもなるしな」

 千種は、そうまとめた。

「もうしばらく今のままでいって、大型の入金が一段落してから都合のよい物件を探すことにするか」

 完爾は、そう結論する。

 まだまだ、店舗を開店して一週間。

 今の好況が、これからも持続するかどうかわからない。

 それ以上に、現状では口座に動かせる資金があまりなく、不動産契約などの大きく資金が動く取引は、すぐにはできないという事情があった。

 とりあえずは、いつでも他人に任せることができるように、事務関係の業務マニュアルを充実させる。

 倉庫の増設や事務所の開設は、もう少し様子をみてから、前向きに検討するという結論になった。


 クシナダグループの方はというと、あれから何度か橋田管理部長から連絡がある以外のリアクションはない。

 何度か店の方に外国人の方が買いつけに来るという事があり、ひょっとしたらそれが関連しているのかな、と思わないのでもないのだが、今のところ直接的に迷惑を被ることもないのでそのまま放置することにしている。

 今頃、世界中のあちこちでうちの商品をこねくり回してあーでもないこーでもないと活発に議論しているかと想像すると、完爾としては少々の諧謔を感じないでもない。

 あえて魔法を使用した製品をばらまくことによって、完爾の家族を狙おうとする者の注意がそれる効果もあるのかも知れなかった。

 それ以外に、加工法に対する問い合わせや技術提携の申し込みなどは毎日のように来ているのだが、すべて「企業秘密ですので」の一言を添えて謹んでお断りさえて貰っていた。

 それでも引き下がらない、あんまりしつこい相手には、間際弁護士に連絡して「それ以上やると営業妨害になりますよ」と警告して貰うことにしている。

 たいていの相手は、そこまですれば大人しくなるのだが。

 当面、完爾の会社は魔法の存在抜きでは製造できない商品を見境なく売っていく予定であった。

 外部からみればその製造工程は想像もできないのであろうが、だからといって完爾たちが遠慮しなけれならない道理もない。


「……人工衛星、ですか?」

 ひさびさにクシナダグループから仕事のオファーがあった。正確には、クシナダグループを経由してのオファー、というべきなのかも知れなかったが。

 寝耳に水の完爾にとってはかなり突拍子もない申し出に思われたものだが、よくよく聞いてみると納得できるところもある。

『モノは小さいので、すぐに終わると思います。

 魔法も、かける対象が小さい方が施術の時間も短くて済むんですよね?』

「……ええ、まあ。

 一般的には、そうなりますが……」

『学術目的の、観測衛星になります。

 重量は、三キロ半くらいでしょうか?』

「それを、丈夫にしたいわけですか?」

『そうなります。

 耐用年数を長くして、運用時間あたりのコストを削減するのが目的なわけですが。

 セコいと思われるかも知れませんが、こちらの方面は万年予算不足でして、藁でも掴むような気持ちでこちらに打診をさせていただいている次第です、はい』

「まあ……だいたいの事情は、理解できました。

 そう……ですね。

 その衛星を、こちらまで運んでくださるのならいつでもお引き受けします」

 完爾は、その他に報酬の振込先を「門脇プランニング」宛にすること、と希望しておいた。

 報酬は、以前の実験と比較すれば安いといえば安いのかも知れなかったが、ちょいと固定化の魔法をかけるだけでまとまった金額が入金されてくるわけだから、完爾としても文句をいう筋合いはない。

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