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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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製造販売業ですが、なにか?

 梅雨に入って外出がはばかられる天候が続いていたこともあり、ユエミュレム姫の試作品の製作は順調に推移していた。

 まず原型となる造形をユエミュレム姫が制作し、それを千種がチェックし、最後に魔力量が多い完爾がユエミュレム姫が指定した術式に従って量産する、という工程もすぐに固定化した。

 試作品は、ストラップ、ブレスレット、ネックレスなどの小物がほとんどであったが、同じデザインの物でも色や素材をかえて何種類か用意することとなった。

 一種類の試作品につき五百個ずつを用意し、ホームセンターで購入したプラスチック製の籠に入れて積み上げてある。まだ梱包などはしていないが、一つ一つに固定化の魔法がかけてあるので多少乱雑に扱ったとしても試作品が破損するおそれはないのであった。

 梅雨があける頃には、試作品の数はデザイン数で三十種余り、色違いや素材違いなどがあるので、品別でいえば二百種以上を数えるようになった。

 そこまで準備が整った時、

「……そろそろ、売り込みの準備をするか」

 と、ようやく千種からの許可がおりた。


 千種にいわせると、ここまでの工程は、「商品開発」にあたるのだという。

「つまり、門脇プランニングの業務内容のうち、なわけだ。

 賃金も必要経費も、門脇プランニングの資産から充当されている」

「……おぅ」

 あまり理解していないような表情で、完爾はうなずく。

 そもそも、会社の登記についてもほとんど千種に一任してきた完爾である。名義上は自分の会社である門脇プランニングの業務内容など、把握しているわけがない。

「だが、問屋に売り込みをかけたり店舗で販売することは、門脇プランニングという会社ではできない」

「……そうなのか?」

「そうなんだよ。登記した際の業務内容的には。

 で、これからそういったことを大々的にやっていこうとすると、やはり別会社を立ち上げておく必要があるな」

 正直なはなし、「またか」とか、思わないでもなかったが……企業経営についてまるっきりの門外漢である完爾としては、うなずくより他ない。

「子会社だか関連会社になるのか?」

 口に出しては、そういった。

「関連会社、であり、資本的には子会社ということになるだろうな」

 千種は解説した。

「門脇プランニングで開発した製造工程を、その新しく立ち上げた製造販売会社に譲渡し、その製法を使って商売をする。

 最終的には、そういう形になる」

「中の人は同じなのに、譲渡……になるのか?」

「中の人は同じでも、だ。

 製造と販売を専門にした別会社を立ち上げておいた方が、ずっと動きやすくなる。

 業務内容的にもあれだが、帳簿的にもその方がずっとすっきりする。

 なにより、人を雇いやすくなる」

 ちなみに、以上の会話はリビングで試作品の梱包作業を行いながら、なされている。

 実質的には、内職仕事だった。

 完爾、ユエミュレム姫、千種の三人が総出で、白い木綿の手袋をしてストラップを袋詰めにしたりしているのだ。

 流石に貴金属などを使用し、もう少し高級感のある試作品は箱詰めにしている。

 梱包に必要なビニール袋や箱などは、千種が浅草橋でまとめ買いしてきたものである。

「……ある程度製品が流れてお金が回ってくるようになったら、こんな煩雑な作業もどんどん人にやらせる。

 パートでもバイトでも派遣でも、なんだっていい」

 かなりうんざりした口調で、千種がいった。

 こうした内職仕事に、かなり神経をすり減らされているのかも知れない。

「そうすると……作業場所を用意しなけりゃならないな」

「あと、店舗もあった方がいい。

 問屋とネット売りをメインにするにしても、お客の反応を直に見るためにも。

 小さくてもよいからどこかに店を構える」

「……お金がかかるな……」

 完爾が、呟いた。

 不動産を用意するとなると、それなりの金額を用意しなければならない。

「今までクシナダから貰った報酬、ほとんど手つかずだろ?」

 門脇プランニングを創業して以来、クシナダグループから振り込まれる現金は、すべて会社の口座に振り込んで貰っている。

 登記の際に千種に支払った手数料、完爾とユエミュレム姫への毎月の基本給、それに、試作品の原料くらいしか支出がないので、残高はあまり減っていない。

「今……一千六百万ちょい……かな?」

「それだけあれば、当座は充分だろう。

 プランニングの資金から一千何百万か出資して、製造販売専門の会社を作る」

「そりゃあいいんだが……面倒くさそうだな」

 登記にまつわる雑事は千種にまかせるにしても、作業所や店舗の選択や契約、店舗については内装や備品にも気を配る必要があるだろうし、人を使うのならば面接などもする必要があるだろう。

「面倒くさいのは、しょうがないだろう。

 仮にも経営者なんだし」

「それと……金、足りるかなあ」

 人を雇って不動産を用意して……というと、かなりお金がかかりそうな気がする。

 うっかり気がゆるみすぎれば、一千万円やそこいらの資金はすぐに溶けそうな……。

「潤沢、とはいわないが、一応は、借り入れなしでスタートできるくらいの資金はあるな」

 千種の返答は、端的だった。

「締めるところは締めていかないと、すぐに赤字になると思うけど」

「それって……かなり微妙じゃね?

 スタートしてからせいぜい二、三ヶ月くらいのスパンで資金を回収できないと即赤字、ってこったろ?」

「そうともいう」

 平然とそういい切る千種の顔を見て、完爾は深々と息を吐いた。

「だがまあ、大丈夫だろ」

「……なんだって、そんなに自信がありそうなんだよ」

「モノはいいわけだし、あと問題になるのは営業とかアピールだな。

 そっちの方は、ちょうどいい人材のあてがあるし……」

「……本当に大丈夫かよ……」

 ほとんど身一つでこちらの世界に帰還した完爾である。今さら無一文になること自体を恐れるわけではない。

 が、今は妻子がいる身だ。勢い、慎重にもなろう。


 そんなことをしている間にも、子どもは育つ。

 暁はといえば順調に体重を増やし、そろそろ首がすわってきた。物音がした方や、名前を呼ばれた方向に顔をむけたりする。両脇に手を差し込んで向き合うと、ちゃんと首で頭を支えていることがわかる。

 育児経験がある千種によると、赤ん坊の体とは頭から末端部にかけて、時間をかけてできあがっていくものだという。

「もう少しすると寝返りがうてるようになるし、その次はハイハイをしはじめる。

 自分で動き回るようになると、また目が離せなくなるわけだが」

 そういえば、最近、以前と比べると夜泣きをする回数が随分と減ったような気がする。気のせいかも知れないが。

「……親がどうしていようが、子どもは勝手に育つもんだなあ」

 暁の両脇に手を入れ、向かい合った格好で暁を掲げたまま、完爾がそう呟く。

「勝手に、って……。

 昼夜問わず、お世話をしているわけですが……」

 笑顔のまま、ユエミュレム姫が異議を唱える。

 妙に圧迫感がある笑顔だった。

「……いえ。

 ユエの苦労を蔑ろにしているわけではなく、ですね……」

 完爾は慌ててそういい添える。

 実際、ユエミュレム姫はかなりよくやっているのだ。

 育児だけでもかなり神経と体力が削られるというのに、その上に家事や試作品の製造、日本語や私的な興味を持つ分野への学習、週二回のビデオチャットまで……かなりのハードワークといえる。

「これからかなり蒸し暑い季節に入るけど、無理をして体を壊さないようにな」

 完爾はさり気なく話題を逸らす。

 いや、事実、日本の夏の蒸し暑さは、経験したことがないとなかなか実感できないものだのだが。

「はい。気をつけます」

 ユエミュレム姫は、気丈な態度で答えた。

 顔色もいいし、眠い時は昼寝もしているようだし、今のところは問題がないかな、と、完爾は判断する。

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