茶番劇ですが、なにか?
「その女が、「博士」!」
千種は叫ぶ。
「そんで、たった今、完爾がやられたところ!」
「……門脇さんが?」
グラスホッパーが、低く呟く。
そして、床の上に寝そべっている完爾の姿を、次に魔剣バハムを手にした「博士」を確認して、
「……あー。
そういうことですか……」
何事かを察したかのように、何度か頷いた。
グラスホッパーは二輪車種族の体から降り、
「この流れだと、おれがこの「博士」と絡むのがいいのかなー……」
とか、のんびりとした口調でいい出した。
「まいったなー。
この人とは初対面なんだけど……噂を聞く限り、苦手なタイプなんだよなー……」
「どうも、はじめまして」
「博士」は、グラスホッパーにむけて会釈をして来る。
「ご高名はいつも耳にしております、グラスホッパーさん」
「こいつどうも、ご丁寧に」
グラスホッパーも「博士」に対して軽く頭をさげる。
「挨拶ついでにお願いがあるんですが、その剣、危ないから返して貰えませんかね?」
「駄目です」
「博士」のきっぱりといいきった。
「ようやくこの手に掴んだのですから……そう簡単に帰すわけにはいきません」
「……そうなると……やっぱ実力行使しかないのかなあ……」
グラスホッパーは、そうぼやく。
「こういうことは、あんまり積極的には、やりたくはないんだけど……」
このあたりから、千種は一連の流れに不審を感じはじめる。
完爾が倒されたというのに、ユエミュレム姫はその心配をするそぶりをまったく見せていない。
それどころか、次の瞬間には、あの剣の検証データまで「博士」に渡すとかいい出す始末だ。
それに、現在のグラスホッパーの言動も……なんか、不自然なほどに、呑気すぎないだろうか?
「名高いグラスホッパーさんと直接手合わせできるのですか」
「博士」は落ち着いた声でいいながら、魔剣バハムを鞘から抜いた。
「それはとても、光栄なことですね」
「光栄というほどのことでもないと思いますが……」
グラスホッパーも、腰に刺していた短剣を抜く。
「……しかも、なにげにその剣の封印、解かれているし……」
ヤバいなあ、まじヤバいなあ、とか、グラスホッパーは小さく呟き続けた。
「そんな得物でよいのですか?」
グラスホッパーが手にした短剣をみて、「博士」は怪訝な声をあげる。
「あなたは、もっと立派な武装をたくさんお持ちだと聞いているのですが」
「いやまあ……一応、こいつが一番頼りになるメインウェポンなんですけどね」
兜に隠れているので表情までは確認できなかったが、グラスホッパーの声には苦笑いが滲んでいた。
「見かけはチンケですけど、この手の武器は刃渡りだけがすべてってわけでもないでしょう?」
「……それでは、遠慮なく」
「博士」は、鞘を棄てたかと思うと次の瞬間にはグラスホッパーに肉薄していた。
「……参ります!」
「博士」の斬撃を、グラスホッパーは短剣で受ける。
「おお、早い早い」
グラスホッパーの口調には、まだしも余裕が感じられた。
「それでは、おれも」
次の瞬間、グラスホッパーの姿が消えた。
「博士」も飛び退いて、距離を取る。
「……魔法を使用せずで、その反応ですか?」
「博士」はそういって、少し離れた場所にいるグラスホッパーを睨んだ。
「体術だけで、そこまで……。
あなたもそれなりに、功夫を積んでいるのですね」
「……もともと、魔法の方がつけ焼き刃なんですよ。おれの場合」
相変わらず、グラスホッパーはのんびりとした口調でそういう。
「そんじゃあ、まあ……こっちから行きますよっ! と」
次の瞬間、「博士」は横転していた。
グラスホッパーが距離を詰めて、足元を掬ったのだ。
地面に転がった「博士」に、グラスホッパーは短剣を突き立てる。
自分から素早く転がることによって、「博士」はその攻撃を避け、グラスホッパーから距離をあけた。
追いすがり、「博士」の体に何度も短剣を突き立てようとするグラスホッパー。
そうした攻撃を魔剣バハムで受け流す「博士」。
しばらく、そんな調子の剣戟が続いた。
両者とも動きがめまぐるしく、千種の胴体視力では、とても目で追えない速度で動き続けた。
千種にはとても長く感じたのだが、そんな調子が続いたのもせいぜい数分といったところだろう。
「……どうやら体術では、そちらに分があるようです」
グラスホッパーから距離を取って、「博士」はそういった。
「グラスホッパーさん。
理由はわかりませんが、あなたは手加減していますね?」
そういう「博士」自身は、肩で息をしている。
「ここであなたを倒しても、なんの解決にもなりませんからね」
グラスホッパーはそういって、軽く肩をすくめる。
「それよりも、投降してその剣を返してくれるのが一番なんですが……」
「お断りします!」
「博士」はそういう叫びを残して、その場から姿を消した。物理的に。
つまり、転移魔法を使って、ということなのだが……。
「……カンジ」
ユエミュレム姫が、床に横たわったままの完爾に声をかける。
「もう起きても大丈夫ですよ」
「……ん!」
ビクンビクン、と、完爾の体が震えたあと、ゆっくりと上体を起こした。
「……寸勁だか発勁とかいったっけ?
ああいうのははじめて食らったけど、かなり効くなあ、あれ……。
心停止までするとは思わなかったし、実際に停まった心臓をそのままにしておくのもはじめての経験だからかなり苦労したし、自分で自分の心臓に電撃を食らわせるはめになるとは思わなかったし……」
のっそりと起きあがり、そんなことをいいながら服についた埃を手ではらいはじめる完爾。
そうしたを完爾を指さして、千種は、
「……な、な、な……」
とか、声をあげる。
「……あんた!
なんで無事なのよ!」
「まるで無事じゃあ悪いみたいないいかただなあ」
完爾は、軽く顔をしかめた。
「あの手の人は、そのまま撃退しても納得するまで同じようなことを繰り返すだろうと思ってね。
一度預けて実験をさせて、あれが手に負えない代物だと理解して貰った方が素直に諦めてくれるかなあ、と。
でも、素直に渡してもかえって疑心暗鬼になるだけだろうから、ちょっと小芝居をして強奪された、という形にして……ってっ!」
千種は渾身の力を込めて、完爾の頭をはたいた。
「……それで!」
涙目になった千種は、他の二人の顔も見渡す。
「君たちも、この茶番に気づいていたわけ?」
「……ああ、まあ」
グラスホッパーは兜をかぶったままで、とてもばつの悪い声を出した。
「あの門脇さんがあっさりとやられるわけがないとか、来た瞬間に思いましたし……。
なんか意図があってのことだろうなー、と察したので、適当に合わせていたわけですけど……」
「わたくしは、完爾があの人の動機などを詳細に聞き出していた頃から、なんとなくそうするんだろうなあ、と思っておりました」
ユエミュレム姫は、あっさりとそういいった。
「というか……姉君。
お芝居をしていたわけではなくて、本当に完爾の意図に気づかなかったのですか?」
無邪気に、そんなことを聞き返してくる。
「……どさぐさに紛れて、例の鳥の式神だった紙をあの人のポケットに突っ込んでおいたんだけど……」
「位置は辿れますね」
グラスホッパーは自分の目の高さに仮想巻物を広げて完爾に答える。
「……追いますか?」
「いや、ここで追ったら、かえって警戒されると思う」
完爾は真顔で応じる。
「その周囲で空間関係の異常が発生したら、知らせてください。
ああいう好奇心が勝るタイプは……」
「……逃げ切ったと安心したら、すぐにでも実験を開始しますか」
グラスホッパーは頷きながら、さらにいくつもの仮想巻物のウィンドウを追加で広げた。
そのいくつかが、「空間関係とかの異常」とやらの計測値を示すものなのだろう。
「それもそうですね。
実に、やりそうだ」
「……それで……その実験とやらをやりはじめたらどうするつもりよ?」
若干、疲れた顔をした千種が、口を挟んできた。
「決まっている」
完爾は真顔でそういった。
「今度こそ、力づくでなんとかする」




