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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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「大使」の動機ですが、なにか?

 グラスホッパーはすね当てを固定しているベルトを弛め、中に仕込んでいた術符の束を取り替えた。それらは縮地の術を仕込んでいた符であり、使用済みで魔力がなくなったものと新しいものを交換したのだった。

「……この符も、これで最後か」

 ひとり呟き、グラスホッパーは収納用の亜空間から長大な刀を取り出す。慎重な手つきで鞘から抜くと、刃がついていない側を下にして、肩に担いだ。

 片刃で切っ先にそりが入った、日本刀によく似た刀身だったが、刃渡りが一メートル半ほどもあり、かなり長い。グラスホッパーが元居た世界から持ち込んだ物のひとつであり、攻撃範囲を拡張するための術式が仕込んであった。

「衆人環視のもとでの化物退治、ねえ」

 そういいながら、グラスホッパーは二輪車種族に跨がった。

「……迷宮を思い出すな」

 次の瞬間、グラスホッパーを乗せた二輪車種族は勢いよく発進している。


 渋谷のスクランブル交差点を透明な盾を持った警官が包囲しようとしていた。警察は拡声器で呼びかけ、周囲にいた一般市民たちを安全な場所へと、つまりここから離れた場所へと誘導しようとしていた。

 今のところ、怪人たちは道路を塞ぐ以外のことはしていないので、野次馬たちもなかなか動こうとはしなかったが。

 完爾は、今、その野次馬連中に紛れている。外見的にあまり特徴がない完爾は、群衆の中に入るとあまり注目されることがなかった。

 包囲されている側である怪人たちは、周囲の様子など関心がないように平然としている。

 誰が来ても、その気になればどこへでも移動できる。

 とでもいいたげな態度だった。

 彼らは通常の人間よりもかなり大きな体躯を持ち、重火器で武装していた。

 普通に考えれば、日本国内では敵なしなんだろうな……と、完爾も考える。

 日本の警察は、これほど大量の火器を持った武装集団を鎮圧することを前提にはしていないはずだった。

 完爾自身が出て行けば、武装した怪人たちが何百人いようが瞬殺する自信があった。

 大出力の攻撃魔法を放てば一発で終わる。

 しかし、その際には周囲にも相応の被害が出るだろうが。

 そこまで考えて、完爾は、

「結局、肉弾戦か」

 と結論した。

 数名程度なら、一人一人動きを封じる魔法を駆使することも可能であったが、数百単位が相手となるとそれも難しい。

 できないわけではないのだが、そんなまどろっこしいことをするよりは、物理的にぶん殴って相手を無力化していた方がよっぽど手っ取り早かった。

 よし、全員殴ろう。

 そう決断して、完爾は転移魔法と引き寄せの魔法を重ね掛けし、自宅に保管してある魔剣バハムを手元に呼び寄せる。

 なにしろこいつはひたすら頑丈だ。

 鞘に収めた状態でさえ、なにかを殴るための鈍器としては最適といえた。

 それまで野次馬の中に紛れていた完爾の姿は、次の瞬間、かき消えたように見えた。

 実際には、転移魔法で怪人たちの真ん中に出現し、そこから目にも留まらぬ早さで移動しながら手当たり次第に怪人たちの手足をヘし折っていく。

 これまでの経験から、怪人たちは常人よりもずっと、非常識なほどにタフであり、多少のことでは死に至らないという事実を完爾は学んでいた。

 なにしろ、首から下を凍らせた状態でも悪態をつくことができるほど元気なやつらなのだ。

 手足の一本や二本をどうにかしたくらいでは、完全に行動の自由を奪うこともできないだろう。

 しかし、不自由にはなるはずで、しかもこれほど密集した状態で動きに制限があり、興奮した状態の怪人が多数現れれば、混乱することも必至だった。

 完爾は、その混乱を狙っている。

 案の定、完爾が暴れはじめると、怪人たちは騒ぎはじめた。

 中には、姿を捉えることができない完爾を狙い、適当に発砲して仲間を傷つける間抜けさえ、いた。

 多少の銃弾が命中したくらいでどうにかなる怪人たちではなかったが、それでも同士討ちになる可能性に思い当たり、暴発を静止しようとする者が現れた。それと、興奮してむやみに周囲を攻撃しようとする者たちとの小競り合いが発生した。

 完爾は素早く移動しながら、そのどちらも平等にぶん殴っていく。

 渋谷のスクランブル交差点は、割と修羅場になった。


「……つまりあんたは、あとのことをまるで考えていなかったってこと?」

 千種は、不審な様子で「大使」を睨んだ。

「今回のことは、われわれにとってもかなり特別でしてね」

「大使」は、ゆっくりと首を左右にふる。

「例外的なことばかりなんですよ」

「あなたは……あなた方は、わたくしたちをカンジのもとから引き離すことを画策して、ここに連れてきた」

 今度は、ユエミュレム姫が「大使」に問いかけた。

「そこまでは、間違いないのですね?」

「正解です」

 真顔で応じたあと、「大使」は、

「いや、こちらには答え合わせをしなければならない義理もありませんし、これもわざと間違った情報を与えるためにブラフかもしれませんが」

 などといい添える。

「その判断は、こちらが下します」

 ユエミュレム姫は揺るがなかった。

 すぐに次の質問をぶつける。

「今回の騒動は、あなた方にとっても負担が大きいものであったはずです。

 昨年からかなりの大打撃を受け、余力もほとんどない状態だったのに……なぜこんな真似をしたのですか?」

「さあ」

「大使」は、空を仰いだ。

「われわれが、それだけ愚かだった。

 ……ただそれだけのことなのではありませんか?」

「ただ愚かなだけの人たちが、長く蔓延るとこができたとも思えません」

 ユエミュレム姫は、そう断じる。

「あなた方は、あのシナノさんが何十年も渡り合ってきた相手なのですよ。

 仮に今回の騒動が愚考であったとしても、その愚考にはそうであるべきしかるべき理由が……」

 そこまでいいかけて、ユエミュレム姫ははじめて絶句した。

「……つまり、そういうことだったのですね。

 彼らが愚かな存在であると、世界に対して表明することこそが、あなたの目的だったのですね」

「……なぜ、そのように思うのですか?」

「大使」は、笑みを浮かべながら、ユエミュレム姫に先を促す。

「その根拠は?」

「今回の騒動は……その根底に、大きな悪意が感じられます。

 すべてに、意味がない。

 わたくしたちやカンジにはもちろんのこと、彼ら改造された人たちや、われわれを取り巻くこの世界全般までを含めた、すべてに対する悪意の発露が……この騒動なのですね」

 ユエミュレム姫は、「大使」の目をまっすぐに見つめてそういった。

「「大使」。

 あなたは、この世のすべてを蔑視しておいでです。

 敵も味方も、それらを包括したものすべてを……取るに足らないものだと認識しています。

 そのことを表明するために、こんな混乱を仕組んだ。

 根拠は……あなた自身の人格と挙動です」

「はっ、はっ、はっ」

「大使」は、芝居がかった笑い声をあげた。

「ご明察!

 その結論に至ったのは、あなたで二人目ですよ。

 いや、ヒントの量を考えれば、あなたこそが最短でその解答に至った。

 ユエミュレム・エリリスタル姫。

 その聡明さに、この「大使」はすっかり敬服いたします」

 そういって、「大使」は深々と頭をさげた。

「……はぁ?」

 千種が、間の抜けた声をあげた。

「なにそれ!

 ただそんだけのことのために、こんな大騒ぎを仕組んだって?

 なんだって……はた迷惑な!」

「迷惑こそはわれらが本懐」

「大使」は、ここぞとばかりに胸を張ってみせる。

「なにせわれらは、悪を標榜している者の集まりですからな!」

 得意げにそういってのけた「大使」の顔をみて、千種はなにもかもが一気に馬鹿馬鹿しくなった。

 この状況は、ギャグだお笑いだ、と、千種は思う。

 断じて、シリアスな展開ではない。

 問題なのは……そのギャグで、少なからぬ被害が現実に生じているということなのだが……。


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