連戦ですが、なにか?
間際弁護士は事務所に到着してからすぐに伏見警視に連絡を取り、完爾あての委任状をファクスで送信するように依頼をする。
今回の件はかなり特殊な事例になるのでどこまで通常の警報が適用されるのかわからないが、警察側から依頼されたという物的な証拠を残しておいた方があとあと完爾側が有利になる、という判断だった。
それから、事務員たちが受けた電話のうち、しつこい要求をする相手の分を回して貰い、クレーム処理に協力した。
マスコミ各社も完爾サイドのコメントを要求してきていたが、時間が経つにつれて、
「たまたま事件現場に居合わせた」
と名乗る自称被害者が完爾に対して精神的苦痛に対する慰謝料を請求してくる、などという斜め上のクレームもだんだん多くなってきていた。
そうした悪質なクレマーは間際弁護士が電話に出て身分を明らかにすると、まず例外なくその場で通話を一方的に打ち切った。
タブレット末端の画面には関東一円の地図が表示されていて、その所々に赤い点が浮いている。
「神保町、グラスホッパーにより制圧完了しました」
「千葉中央駅、社長により制圧完了です」
事務員たちの声を受けて、白山さんが該当する地点の赤い点をタップして消す。
その赤い点は、いうまでもなく怪人が出没している地点に表示されていて、その赤い点は今、グラスホッパーと完爾の二人の手により、数分ごとその数を減らしている。
今となっては、二十あまりを残すのみだった。当初の半分以上が、すでに制圧されている勘定になる。
「翔太くん、次はどこへ行く?」
「うーんとねえ……ここ」
翔太がその地図上の赤い点のひとつを適当に指さす。
「鶴見の現場ね」
白山さんは完爾のスマホに内蔵されているGPSが示す現在地を確認し、素早く計算し、メールをしたためて完爾にむけて送信する。
それが完爾の次の目的地になる、という寸法だった。
翔太の気まぐれにより決定するので、直前までどこになるのか誰にも予測ができないはずだった。
そんなわけで、この場で完爾をサポートする体制はそれなりに整ってはいた。
「……西に六二キロと三百三十メートル、北に三十八キロと二百四十メートル、と……」
完爾は白山さんから送られたメールを確認してから、次の現場へ転移魔法で移動する。
GPSで表示される完爾の現在地とネット上の地図から割り出した距離なので、この移動先の精度はあくまで「だいたい」の値でしかない。そもそも、警察から伝えられている情報を元にしていても、事件が起きたとされている地点の住所などが完全に正確なものであるとも限らなかった。
ただ、たとえ「だいたい」であっても転移した先の近くでなにかしらの事件が進行中であることは確かであり、そうした場所は警官や野次馬が集まっていたりしてそれなりの騒ぎになっているので、周辺を探せばなんとか現場に行き着くことができた。
何度かテレビの中継に映ったせいか、完爾の姿を見えると声をかけてきたり道を開けたりしてくれる野次馬連中も決して少なくはない。
ただし、今回の場合は、その手の野次馬に遭遇する可能性はなかった。
転移した先が、それなりに混雑しているバイパス道路なのである。
それなりに車が流れているので、渋滞、とまではいかなかったが、とにかく白山さんのメールによれば、この道を使って逃走中の怪人がいるらしかった。もちろん、自分の足で走っているわけではなく、ワゴン車に乗って逃走中、とのことだが、そのもうすぐこの地点を通過するはずの怪人たちを、完爾は今、待ちかまえていた。
「しかし……ワゴン車かあ……」
と、相手が怪人でなければ、これほど容易に逃走経路を割り出せる犯人なんか、警察にすぐに捕まっちまうんだろうな、と思いながら、完爾は呟く。
「どうやって、その車を停めるかな……」
なるべく被害が少なく、いいかえれば渋滞を起こさずにその車両を確保する方法を何通りか考え、完爾は、さて、そのうちのどの方法にしようかと考えていた。
どの方法を採用しても、完爾の異常な能力を周囲に誇示する結果になることは変わらないわけだが。
完爾にとって、今日の戦いは、こちらに帰ってくる前の生活を思い起こさせた。
実質的には、「少し間を空けた延長戦」みたいなもんだな。と、完爾はそう思う。
無力な大勢の人々に迫る脅威、それに対抗できる数少ない駒としての完爾。という、構図。
十八年間に渡って体験してきたそんな構図を、たった一日に圧縮して再体験しているようなものだった。
助けたはずの人々が、完爾の異常な能力を目の当たりにして、奇異な、さらに正直にいえば、恐怖にもにた感情さえ浮かべて完爾を見ることも、以前とまったく同じだった。
完爾の異常さを隠すことなく誇示しようとすれば、自然とそうなる。しかも今回は、東京湾のときのように人目を遠ざけてでのことではなく、普通に近距離で完爾が活躍する場面を目撃させてしまっている。
状況からいってしかたがない側面も多々あるのだが、完爾を見る人々の視線は決して穏やかなもんではなかった。
……ひょっとしたら、これもやつらの目的の一つなんじゃないだろうか……とか、完爾は勘ぐってしまう。
完爾の異常性を白日の下にさらし、魔法そのものへの嫌悪感を植えつける、とか……。
と、そこまで考えて、完爾は自分の考えを打ち消した。
完爾の異常性、ということだったら、昨年末の東京湾の件でかなりのところ公になってしまっているわけだし、今さらそれを再度強調するためだけにこれだけの大騒ぎを起こすのは、どう考えても採算が合わない。
靱野によれば、昨年夏のギミック騒動の際、その手の結社や地下組織に対してかなり厳しい追い込みをかけたという。全滅にこそ至らなかったものの、かろうじて残党が生き延びているだけ……というのが現在の状況だそうだ。
それほどのダメージを受けているやつらが、そんな嫌がらせだけを目的にしてここまで大きな騒ぎを起こすとは考えられなかった。あまりにも、デメリットの方が大きすぎるのだ。事実、完爾と靱野とで、直接事件に関与した怪人たちは虱潰しに無力化されている。
とりあえず、一通り、表面化している事件が片づいたら、靱野さんとも話し合う必要があるなあ、と、完爾は思う。
一通り静かになったら、ユエミュレム姫や千種の行方も捜索しなければならないのだ。
今回の件について、完爾は敵の出方に対して、どうにも不合理に感じる部分が多く、そのあたりに、完爾はいいしれぬ不気味さをおぼえていた。
考え事をしている間に、目的の車両が見えた。
なぜその車両だと判断できたかというと、怪人が車の窓から半身を乗り出して異形の姿を晒していたからだ。
あほか、こいつら……と、完爾は心中で呆れかえった。
まるで、目立つことを目的としているみたいだ。
ともあれ、完爾はすぐにその車両に乗っている怪人たちを確保することにした。
車両全体を結界で包み、周囲に迷惑がかからないようにした上で、そのワゴン車と併走して車両の下部に腕を差し入れ、そのままひょいと持ちあげた。
万歳をする体制で完爾はそのワゴン車を両手で高々と持ちあげ、素早く路肩へと移動する。
通過する車両に乗っていた人たちが、目を見開いてそんな完爾の姿を見ながら追い越していった。
よそ見運転で事故らないでくださいよう、と、完爾は思う。
さて、こいつをどこに降ろすかな、とか思っていたところで、サイレンを鳴らしたパトカーが完爾に近づいてきた。
どうやら、この怪人たちを追いかけてきた警察らしい。
完爾はといえば、持ち上げたワゴン車の降ろし場所を訊ねることができる人が現れて、安心していた。




