ボランティアですが、なにか?
グラスホッパーが銀行に突入したところでCMが入り、数分後に再び実況中継が再開されたときには、奇妙なバイクに跨がったグラスホッパーが交通機動隊に先導されて移動している場面になった。
どうやらCMを放映している間に、先ほどの銀行の件はなんらかの形で決着したらしい。
「……銀行内の防犯カメラが捕らえた映像が届き次第、放映します……」
とかなんとか、アナウンサーの声が響いている。
「……これ、移動するシーンを放映していたら、この人が次にどこへ行くのか、犯人側にも丸わかりになりません?」
事務員の一人がそういって首を傾げた。
案の定、パトカーに乗った制服警官が窓を開け、テレビの画面にむけてなにやら注意しているような光景が映し出される。
警官がかなりの音量で喚いているためか、声が割れてなにをいっているのかよくわからなかった。
唐突に中継画面はそこで途絶し、数秒、砂嵐が映し出されたあと、スタジオに切り替わった。
「撮影中のトラブルのため、一時お見苦しい場面があったことをお詫びします」
スタジオの司会者は平静な声でそう告げて軽く頭をさげ、評論家の一人に水をむけた。
「高島田さん、今回の件についてどう思われますか?」
事務員の一人がリモコンでチャンネルを切り替える。
「中継をやっている局は……あ」
ある局の画面で、その事務員は動きを止めた。
「社長さんだ」
「……あっ」
完爾は間の抜けた声を出す。
完爾が指示を出された場所に転移すると、そこはすでに人垣がまっただ中だった。
というか、盾を構えた機動隊に包囲されたそのど真ん中に、転移してしまったらしい。
完爾は機動隊の方にむかって曖昧な微笑みを浮かべて、両手を高くあげて敵意がないことを示す。
そして、ゆっくりと背後を振り返った。
そこにはスーツ姿の男女に銃をつきつけ、人質にとっている怪人たちが数名ほどいた。
突如出現した完爾についてどう判断したものか、戸惑っているようだった。
もちろん完爾は間髪をおかず、無詠唱の魔法を発動させてその怪人たちの体内を凍らせて動きを封じる。
そのまま無造作に人質たちのほうに歩みつつ、
「……他にもまだいますか?」
と訊ねた。
救出を必要とする人質と、拘束されるべき犯人と……という主語はあえて省略した。
その人たちの間近にまで歩み寄ってから、完爾は動きを封じられた怪人の一人の肩に手をかけて、ゆっくりと倒す。
その怪人は棒立ちになったまま、音を立てて地面に激突した。
「この通り、この場にいる怪しいやつらはすべて無力化しまし……」
完爾がすべていい終える前に、銃声が完爾の言葉を強制的に中断した。
完爾の横腹が朱色に染まり、そのシミは見る間に大きくなっていく。
「……ってぇなあっ! おい!」
完爾は反射的にそう叫びながら、大口径の拳銃を構えていたOL……に見えた女性を殴っていた。
手加減はしたつもりだったが、胸部に完爾の拳を受けたその女性はそのまま数メートルほど宙を飛び、地面に転がる。
衝撃でそのまま意識を失ったのか、そのままピクリとも動かなかった。
「今のは、正当防衛だ」
完爾は静かな声でそういった。
「……ったく。
傷がすぐに塞がるとはいっても、痛みがないわけじゃあないんだがなあ……」
とか、小声でぶつくさと愚痴りはじめた。
「……で、あなた方の中にまだやつらの仲間がまじっていたりするんですか?」
少しして、完爾は人質にみえる人たちにむけ、なんともいえない微笑みを見せる。
「早めに正体をみせてくれると、こちらとしても対処するのが楽なんですが……」
その現場は、そのまま事態が収拾して人質はすべて包囲していた警官隊に保護されることになった。
それを見届けて、完爾はそのまま姿を消す。
その様子がすべてテレビで中継されていたということに、完爾が気づいた様子はなかった。
「……神奈川県警、駄目だわー」
完爾は一度自宅に帰っていた。
「警視庁から連絡が来てないとかいって、何十分も時間を無駄にしたし……。
流石は地方公務員っていうか、縦割り行政の弊害ってぇか……」
血糊がべったりとついた上着を乱雑に脱いで、自前の衣服を纏う。
この分ではどうせすぐにボロ切れになるだろうからと、できるだけ着古したものを選んだ。
それから紙おむつとか粉ミルク、ほ乳瓶などの暁に必要な品々を適当に集めて大きめのバッグに詰め、コンサルティングの事務所へ転移する。
「……や」
「かんちゃん!」
完爾が事務所の中に転移すると、まっさきに翔太が気がついて抱きついてきた。
事務員二人と白山さんも、
「社長!」
「大丈夫ですか?」
「さっき、横浜で撃たれていませんでした?」
とか心配そうな様子で駆け寄ってくる。
「平気平気」
完爾は鷹揚にそういって、荷物を白山さんに差し出す。
「さっきはかなり痛かったけど、もう直りましたから。
これ、暁の育児用品になりますね。
もう少し時間がかかりそうだから、悪いけどお世話をお願いします。
ってか……あれ?
なんで白山さんが、おれが横浜にいたこと知ってるの?」
「なにをいっているんですか」
白山さんはため息をついた。
「テレビですっかり中継されていましたよ」
「ああ、ニュースか」
完爾はそういって柏手を打った。
「そいつは、想定していなかったな。
じゃあしばらくは、ニュースになっているような大きな現場をひとつひとつ潰していくか」
「……社長」
白山さんは、目を丸くする。
「まだやるんですか?
あんな目にあっているのに」
「警視庁の伏見警視にお願いされているしなあ」
完爾は、のんびりとした口調で答える。
「ねーちゃんやユエも救い出さなけりゃならないし……どっちにしろ、このまま放置したらいけないでしょう。
間際先生とは連絡がつきました?」
「ええ。
今、こちらに向かってきているそうです」
事務員の一人が答えると、事務所の電話がなりはじめた。
「……ほれ。
おれがテレビに出ちゃったもんだから、また問い合わせが」
完爾は事務員たちに、そう指示を出す。
「お手数だけど、またマニュアル通りに応答を頼むよ。
おれはこの事態が落ち着くまでしばらく、ボランティアの正義の味方をやってくるから。
正直、こういうのは趣味じゃあないんだけどなあ」
「……先ほどの銀行籠城事件の防犯映像を入手しました」
完爾が事務所から姿を消すのと同時に、各局が競うようにして画質の粗い録画映像を放映しはじめた。
「……グラスホッパーと呼ばれる者が、ここで突入してきましたね。
動きが早すぎるので、スロー再生でお送りしています。
なにか……グラスホッパーが壁をすり抜けているようにも見えますが……」
「ええ。
ただ今入りました情報によりますと、このグラスホッパーという者、いや、方は、警察関係者が正式に協力を依頼した専門家だそうです」
「銀行内部に現れたグラスホッパーは、なにかを投げながら左右に……その、消えたり現れたりしているように、見えますね。
この、グラスホッパーが投げた物体は……どうやら、ナイフのような形状をしています。
それが、怪人たちに刺さる、と」
「グラスホッパー自身はナイフ状の物体がどうなったのかを確認しようともせず、人質のいる方向にまっしぐらに進んでいきます。
途中、銃口をむけられて何度か発砲されているようですが、不思議と命中はしていません」
「はい、グラスホッパーが、人質の間近に迫りました。
ここまで、突入から三秒とかかておりません。
グラスホッパーは動きを止めず、そのまま、怪人たちへと殺到します。
……一撃づつ、ですね。
一体につき一撃で、確実に仕留めています。
グラスホッパーの蹴りや拳が当たると、怪人たちは動きを止められて体表が、その、溶解していくようです。
突入から怪人が全滅するまで、三十秒とかかっておりません。
グラスホッパーとは、一体何者なのでしょうか?」




