中継ですが、なにか?
思わず千種は声をあげそうになり、どうにかそれを堪えることができた。
なんとなく聞いてはいたものの、弟である完爾の再生能力を目の当たりにしたのはこれがはじめてのことである。
なんの心の準備も整っていないところにかなりショッキングな映像を見て、かなり動揺していた。
「……顔色がすぐれないようですが?」
千種の様子の変化を敏感に察知し、ユエミュレム姫がそう訊いてくる。
「本当に大丈夫なの、これ?」
千種の声は震えていた。
「……完爾が、ってことだけど」
「むこうに居たときは、この程度のことは日常茶飯事でしたが」
ユエミュレム姫は、寂しそうに微笑む。
「この程度のことができなくては、カンジも単身で魔族の大群を征することなどできなかったでしょう」
「い……痛くないの? あれ」
「痛みは、普通に感じるそうです。
ただ、すぐに再生して元通りになるので、その苦痛も長くは続かないそうですが。
カンジのおはなしでは、痛みよりもああいうことをするとひどくお腹が減るそうで、そっちの方が深刻だとか。
実際、戦いのあとには、必ずカンジは大量の食事を摂っていました」
「い、いや……。
そんなことよりも……」
千種とユエミュレム姫がそんな会話をしている間にも、完爾は順調に体を再生させ、平然と起きあがっている。
先ほどの銃撃によって衣服は破損しており、上半身は裸だった。
再生を終えた完爾が銃撃を受けることはなかった。
画面に出ていない場所で、すでに完爾がなんらかの操作を行ったのだろうか? と、千種は思う。
完爾の姿も、すぐに画面の外に消えた。
千種の動悸は、しばらく収まらなかった。
グラスホッパーこと靱野は警視庁と連絡を取り、まず怪人たちが密集して発生している銀座方面から駆逐していくことにした。
「ATMの破壊と中身の強奪が二件に、宝石店襲撃が一件。
銀行強盗が三件、と……」
仮想巻物の画面を確認して、グラスホッパーはぼやいた。
「千客万来で一般市民はいい迷惑だが、なんとも世俗的な犯行だな」
このときの靱野はグラスホッパーとしての装備に身を包んでいた。
周囲の一般市民の視線が痛かったが、この装備は防御用の各種術式が幾重にも展開されたものであり、見た目以上に装着した者の身を保護する機能が備わっている。
完爾のような無制限に近い再生能力を持たない以上、
「注目を浴びるのがいやだから」
とかいう理由で気軽に脱衣できるものでもなかった。また、今回は連戦することが予想されるので、普段使用している「他人の注意を引かなくする」効能のある魔法も使用できない。
グラスホッパーにとっても、いろいろな意味できつい現場だった。
そんなことを思っている間にも、重い足音が近づいてくる。
グラスホッパーのすぐ前の道を、早足に逃げていく通行人が増えてきた。
中には躓いて地面に転がっている人もいたが、そうした人を救うのはグラスホッパーの仕事ではなかった。
「……もうちょい……」
足音が近づいてくるのを確認しながら、グラスホッパーは呟く。
足音は、グラスホッパーが壁に張りついている交差点を左折した方向から聞こえてくる。
足音の主からは、グラスホッパーの姿は見えないはずだった。
グラスホッパーは仮想巻物に送られてくる式紙からの情報を確認しながら、獲物が罠にかかる瞬間を待ち続ける。
そしてついに、獲物が罠にかかる。
悲鳴か雄叫びか、とにかく人間のものとは思えない尾を引く声があがった。
グラスホッパーは交差点を飛び出し、術式も使用して大きく跳躍する。
高さ十メートルほどまで舞いあがったあと、魔法の効果で軌道を修正し、自身の見かけの重量を増やしながら獲物……敵である身長三メートル以上のずんぐりとした輪郭の怪人の胸元めがけて落ちていく。
周囲で見物している者がいたら、高々と飛び上がったグラスホッパーが巨大な怪人めがけて足から飛び込んでいったように見えただろう。
しかも、そのときのグラスホッパーは攻撃力を倍増させるため、あらかじめ用意していた付与魔法用のアイテムを何種類も使用していた。
傍目には、グラスホッパーが体の周囲に色とりどりの魔法光を纏いながら怪人に突っ込んでいったように見えるはずだった。
グラスホッパーが足から激突すると、巨大な怪人は五メートル以上は吹き飛ばされて、そこで倒れたまま動かなくなった。
洒落にならないダメージを受けたことも確かなのだろうが、今では怪人の体を何種類かの魔法が包んでいる。
それは、動きを遅延させる効果の魔法であったり、その怪人の体内にあるある種の魔法を分解する魔法であったり、仮にその怪人の体が爆散したとしても爆風を押さえ込んで周囲に影響を与えないようにするための障壁だったりするのだが……いずれにせよ、その怪人はそのまま沈黙して、ボロボロと外側の皮膚にみえる物体が崩壊していった。
魔力を節約しながら一撃必殺。そして周囲にも被害を与えないような攻撃……ということでグラスホッパーはこの方法を採用したのだが、一体一体にこれをやるのは、正直きついなあ、と、内心でグラスホッパーは思う。
外見の派手さも去ることながら、なんといっても時間がかかりすぎる。
人ばかりがうようよいる都会の真ん中でなかったら、もっと効率的な手段を採用するのだが……。
とか思いながら、グラスホッパーはその場をあとにした。
元怪人であった人物はおそらくあのまま病院送りでしばらく立ちあがれないだろうし、あとは普通の警官でも対処できるはずだった。
まだこの近くだけでも、宝石店を襲撃したのと銀行強盗二件が残っているのだ。
首都圏全域ではどれほどの件数になるのか知らないが、そのすべてがなんらかの解決を見るまでは心が安まらなかった。
グラスホッパーは顔の横に仮想巻物を表示させて次の現場にむかいながら、
「……なんでやつらもこんな派手な真似をしてきたんだろうな?」
と疑問に思う。
白昼堂々、一斉に事を起こす……というのは、今までのやつらのやり口にはなかったはずだ。
むしろ従来は、なにかと人目を避けて、こそこそとしたことばかりをしていた印象があるのだが……。
「ま、疑問に思うのはあとでいいや」
自分でそう結論し、グラスホッパーは次の現場へむかう。
「……有楽町方面、また一件、事態を収めました」
ネットの速報をチェックしていた事務員が、淡々とした口調で報せてくる。
「宝石店の中には複数の怪人がいたそうですが、グラスホッパーが介入したら十分保ちませんでしたね。
プロフェッショナルっていうか、なんていうか……グラスホッパーって、何者なんでしょうか?」
「夏に記者会見したとき、素顔を晒してたけど、結構可愛い顔をしてたよね」
もう一人の事務員も答えた。
「あ。
グラスホッパー、今度は銀行の立てこもり現場に突入するようです」
「……しなのさん!」
唐突に、翔太がそんな大声をあげた。
「どうしたの? 翔太くん」
行きがかり上、育児経験がるからということで翔太と暁の世話を引き受けることになった白山さんが、あやすようにいった。
「あのね。
グラスホッパーの名前、しなのさんなの」
翔太は、はっきりとした口調でそういった。
「かんちゃんとお友だちなの」
「……そうなの」
翔太の発言をどう受け止めていいものか、戸惑いつつ、白山さんは答える。
「それよりも、銀行の立てこもり現場なら、どこかの局で中継……」
「……ありました!」
事務員の一人が、リモコンを片手に叫ぶ。
「ちょうど、グラスホッパーが突入するところですね。
……って!
あんなに無防備に突っ込んでいったら……」
「あれ?
なんか、弾丸の方が……避けてない?
グラスホッパーの体の周りを……」
なぜそうとわかるのかというと、グラスホッパーの足下が、半円上に夥しい弾痕を残していたからだ。
グラスホッパーの姿が、一瞬、霞んだ。
と思ったら、次の瞬間には半ばシャッターが降ろされていた銀行の内部に突入を果たし、そこでなにやら大きな音が響いてくる。
そこで起こっている出来事はテレビの画面には映らなかった。




