イメージ戦略ですが、なにか?
「確認するわね」
白山さんはメモ帳とペンを取り出して、なにやら書き込みはじめた。
「あなた方は、できるだけ無害な存在になりたいと思っている。持っている魔法の知識も含めて。
だけど世間がそれを許してくれそうもないから、しかたがなく魔法の知識の公開に踏み切ろうとしている。
それでも、可能な限り無害な形にして、という部分は妥協したくはない。
近い将来、予想される魔法普及中に混乱が少なくなるように、今のうちに組織だった活動が可能な体制を整えておきたい……といった状況なのね?」
「簡単にいうと、そうなります」
完爾が頷くと、白山さんが逆に聞き返してきた。
「その際に、事務処理能力を増やして負担に耐えられるようにする、というのは最低限必要な既定事項として、それ以外に優先すべきことはなんだと思う?」
「……優先すべきこと、ですか?」
虚を突かれた完爾は、間抜けな表情になって繰り返す。
「なんですか、それは?」
「それはねえ。
今、完爾くんがいっていたような内容を、世間の人たちは知らないということ。
あなた方夫婦がなにを考え、どういう気持ちで生活し、どういう経緯で魔法の知識を公開することに同意したのか。
そういったことすべて、知っている人はごく限られているということね。
あなた方に足りないのは、そういったことのアピールね」
「……アピール……」
完爾は戸惑ったようにそういって、隣に座っていたユエミュレム姫と顔を見合わせる。
「そういえば、前に辰巳先生がそんなことをいっていたような気が……」
「本当に、必要なのですか? それは」
狼狽した様子の完爾を脇に、ユエミュレム姫は身を乗り出して白山さんに聞き返す。
「必要だと思います」
白山さんは胸を張って答える。
「こちらの人たちにしてみれば、魔法とはまったく未知の要素です。
そうした知識が広まっていく課程で、無知からくる恐れも出てくるでしょう。速やかに正確な知識を伝えることがなによりの処方箋なわけですが、それ以外に、そうした知識の供給源がどんな人たちか、なにを考えているのか……そうした情報を事前に広めておけば、そうした不安がかなり緩和できるはずです。
それに、一度広まってしまえば、いずれ、魔法もなんらかの形で悪用される事例が出てくるでしょう。そうした際に、悪いイメージが先行することをある程度防止することができます。
知識の源泉であるあなた方は、そういう事態になることを恐れていたという情報が事前に行き渡っていればね。
あと……たとえば、そうですね。
暁ちゃんといっしょのときの映像を公開して、あなた方も結局は、ごく普通の人間なんだと納得して貰うことなんかも有効でしょう。
一種のイメージ戦略ですね。
特に完爾さんは、昨年末、東京湾での映像が公開されていますから、あの攻撃力のイメージばかりが先行してしまっても、先々、困ることになりますしねえ」
淀みなくそう説明しはじめる白山さんを、完爾とユエミュレム姫をまじまじと見続けている。
なんというか、珍獣でも見るような表情だった。
「イメージ戦略とは、そんなに大切なものなのですか?」
少し経って、ユエミュレム姫はまた聞き返した。
「大事ですよぉ」
白山さんは大きく頷く。
「国家から企業まで、ある程度以上の規模の組織になれば、そうしたイメージ戦略は必須の要素です。
なぜかというと、そうした組織は無数の大衆を相手にしているからです。
あなた方が、これからそうするように」
「ちなみに、白山さんならどういった手段を使ってアピールしてみせますか?」
気になった完爾は、そう訊いてみた。
「一番手っ取り早いのは、全国ネットのゴールデンタイムで定期的にCMを打つことですかね。なんだかんだいって不特定多数に印象づけるためには、露出を多くするのに勝る方法はありませんから。
でも、現状ではそんな予算、都合がつきませんよね」
「つきませんね」
完爾はあっさりと首肯する。
そんなことを実現するためには、何十億円単位の予算が必要となるだろう。
「それでは、現実的な案をいうと、ネット上で地道にアピールしていくことですね。
幸い、完爾くんも奥さんも、一部ではとても人気があって注目されているキャラクターだから、フォロワーはそれなりいにいるわけだし。
惜しむらくは、その絶対数が今の時点ではとても少ないということなんですけれど。あ、これはあくまで、不特定多数の大衆と比較すれば、ということね。
まだこっちの方の公式サイトは、用意していないでしょう?」
「こっちの方、とは?」
完爾は、尋ね返す。
「だから、魔法知識の普及方面について」
白山さんは、即座に返答する。
「たしか、ピンクフィッシュブランドの公式サイトはありましたよね?」
「ありますね」
完爾は頷く。
「かなり以前から」
「でも、魔法がうんぬんというのは、はやり最初から、そちらの方とはきっちりと分けておいた方がいいでしょう」
白山さんは、そういう。
「魔法関係がこれからどのように推移していくのか読めない部分がありますし、ブランドのイメージというものもありますし。
ピンクフィッシュの商品は製造するために魔法を使用していますっていう部分を、今の時点ではアピールしていないようですし……」
「する必要もないですしね」
アクセサリーを選ぶのにあたって、製造法について思いを馳せる女性はそう多くはないはずだ。むしろ、そうした情報を必要以上に強調したら、商品のイメージを損なうおそれさえあった。
完爾はそう判断し、本業については、今までそうした魔法関係の情報を自分たちの側からは発信していない。
「それでは、白山さん。
具体的に、今からできる最善の方法というのは?」
ユエミュレム姫が、白山さんに問いかけた。
「やはり、ネットでの広報になるわけですか?」
「一概にはいえませんが……今回の場合に限り、それが一番、効果的なのではないかと」
白山さんは、頷く。
「前提条件として、少数ながらも熱心なフォロワーが、完爾さんやユエミュレムさんにはついています。絶対数こそ少ないにせよ、強い興味を持って動向を注視している人たちですね。
今のうちからしっかりとした内容のある主張を公表しておけば、こうした人たちの目には留まります。これから先、実際に魔法の知識を伝授しはじめるのは、おそらく今から一年以上あとになるのでしょうけれど、いざそうした動きが表面化したとき、こうした地道なアピールが効いてきます。こんなに前からこういう情報を発信していたのだというアリバイになります」
「アリバイ……ですか?」
完爾は軽く首をひねった。
「大切よう、アリバイ」
白山さんは芝居がかった口調でそういった。
「昔から一貫した主張をしていた、ということになれば、実際に魔法の知識が普及してから、誰かが悪用したとしても、それは完爾さんたちのせいではないと判断されるわけだから。
それどころか、そうなることを憂慮して、完爾くんたちが魔法の知識を伝授することを渋っていたという証拠を残すことにもなるわけですし。
一般的にいって、心証っていうものが違ってくるわよね」
「……ポジショントーク、というやつですか」
完爾は、半ば呆れたような口調でそういった。
「そう、それ」
白山さんは、大きく頷く。
「大事よう。そのポジショントーク。
特にこれから、あなた方はこの社会に大きな影響を与えようとしているわけだし、主張すべき所はしっかりと主張し、普段から身の潔白を明かし続けなけりゃ。
これからいろいろな理由であなた方の足を引っ張ろうとする人たちは大勢出てくるだろうし、そうした人たちに対抗するためには先手を打って積極的に情報を公開していくのが効果的。
この場合、テレビCMとは違って露出の有無よりも、少数でも確実にこちらが発信する情報を目にする人たちが存在するって前提が肝になるわけよね。この人たちがいわば、証人の役目を果たすわけわけだし。
そんなわけで、今の時点では公式サイトの開設とネット上での情報配信は地味でも有効です」
どうやら、それが白山さんの結論のようだった。




