証言ですが、なにか?
もちろん、番組の中では魔法に関して否定的な見解を示す科学者の発言も紹介されていた。
その直後に、その科学者に公開実験の映像や各種データを見せて再度、
「これについて、どう思いますか?」
と再度聞き返す形ではあったが。
特に三度目の筑波での実験はそれなりに名の知れた科学者数名の目前で、ごまかしの利かない環境下で実験が行われていたのでその結果についても反論がしにくい。
たいがいの反対論者は、
「これはトリックだ。捏造だ」
的な主張を繰り返した。
「仮にこの記録が正確に事実を反映したものであったとしても、このような行為は世の摂理に反します」
と真顔でいってのけた者もいた。
番組の中では両者の主張を等分に紹介するだけにとどめ、判断は視聴者に委ねる構成になっている。
その他、日本政府関係者からの証言や産業界の声なども手短に紹介したあと、今度は牧村女史の研究室によるエリリスタル王国語の研究と講座についての内容に移った。
例によって関係者の証言のコラージュから開始されるわけだが、その中で、エリリスタル王国語がこれまでに例のないユニークな言語であること、語彙や文法などに残されている変異の形跡から、相応の歴史を持った言語であること、すなわち、人造言語なのではありえないことなどの情報がさり気なく披露される。
「別の世界とか、わたしは、そういうことについて判断をくだせる立場にはありません」
番組の中で、牧村准教授はそんなことをいっていた。
「ただ、この世界でこのような言語が発達したことはありえない、ということは断言できます。
少なくとも、エリリスタル王国語は現存するどの言語とも影響し合った痕跡がまるでありません。
これは、極めて特異な性質といえます。
現存しているどの言語からも隔離された環境下で何百年も使用されてきた言語、というものが、実在することがかなり不自然です。
この地上とは別の環境下で使われてきた言語であると結論することが妥当だと思われます」
自分の専門分野に話題を限定して語る牧村准教授の姿には、説得力があった。
──現在主催されているエリリスタル王国語講座は、なにを目的としたものですか?
「研究の成果を広く一般に公開する目的で行われています」
──四月から、文部科学省の後援でかなり大規模な講座が開講するようですが、その目的は?
「詳しいことは、文科省にお訊ねください。
わたしたちは研究者として、機会と予算があればそれに飛びつく習性を持っています。
われわれの目的はただひとつ、自分たちの研究を完遂させることです。
わたしたちの専門が言語であり、そこに未知の言語であるエリリスタル王国語という格好の素材が提示され、十分な予算までつくというのですから、当然わたしたちもその機会に飛びつきます」
よく聞くとかなり利己的な内容なのだが、終始真顔でいっているのでなんだか厳かな内容を語っているようにみえた。
──ユエミュレム・エリリスタルさんはどういう方ですか?
「とても気さくで、そして頭がいい人です。
彼女が日本に来てからまだ丸一年経っていないそうですが、日本語はおろか、家電やパソコンの使い方にまですでに習熟しています。
われわれが国外に移住したときのことを想像してみるとわかると思いますが、これは、環境への適応としてみてもかなり早い方なのではないでしょうか?
彼女が記していたノートというものを見せて貰ったことがありますが、その場その場で疑問に思ったことなどがびっしりとメモしてあり、あとで誰かに聞くなり自分で調べるなりして必ず答えを見つけているんですね。わたしも何度か、そうした質問を受けましたが。
そういう細かい積み重ねを面倒がらずに実行できる、というのは、得難い資質だと思います」
──ユエミュレム・エリリスタルさんは、頭がよくて努力家であると?
「そうです。
彼女ならば、どこの分野にいってもそれなりに成功するのではないでしょうか?
おそらくこれから、彼女を取り巻く環境は、魔法だとか別の世界だとか、そうした彼女の出自を巡ってかなり騒がしくなるんじゃないかな、と思いますけど……。
そうした騒ぎに紛れて彼女個人の資質がないがしろにされることがあれば、それはかなりの損失だと思います。
彼女自身にとっても、彼女を取り巻く人々にとっても」
これまで、この番組では完爾なり魔法なりに焦点をあわせる内容であったため、牧村准教授のこのパートだけが異質な印象を与える。
それまで完爾のおまけのよな扱いであったユエミュレム姫が、ここにきていきなりクローズアップされてきたのだ。
続いて登場したのは、外務省の村越氏だった。
以前、ユエミュレム姫と一緒に最初に合同庁舎へ招待された際、主に完爾たちと対応した官僚だった。
──門脇完爾氏とユエミュレム・エリリスタルさんの印象を述べてください。
「門脇氏は、こういってはなんですが、ごく普通の青年に見えました。
エリリスタルさんについては、どことなく気品がある方だな、と。
職業柄、海外の貴賓を迎えることも多いのですが、そうした方々に共通した雰囲気がありました」
──この二人を外務省が呼び寄せたことがあるそうですが、そのときの目的は?
「ええ、機密事項に抵触しますので、詳しくは語れません」
──では、そのときの目的は達成できましたか?
「達成できたとこもありますし、できなかったところもあります」
──その点についても、詳しくおはなし願えませんか?
「ええ、機密事項に抵触しますので、詳しくは語れません」
──日本政府は、どの時点から門脇氏や魔法の存在を確認していましたか?
「どの時点から……と、厳密に特定するのは難しいと思います。
ただ、クシナダグループで行われた公開実験については情報があがってきていましたし、城南大学のサーバに公開された、われわれが『姫の手記』と呼んでいる文書も、内容の真偽について検証することも含めて、早くから着手していました」
──政府としては、彼らの魔法を自分たちで独占したかったと思いますが?
「いえ、そんなことはありません。仮にやろうとしても、いずれそうした知識は外に漏れるものです。
ただ、多少なりとも他国より優位な地位を確保しようと試みたことはあります」
──その試みは、成功したのですか?
「ええ、機密事項に抵触しますので、詳しくは語れません。
成功した面もありますし、しなかった面もあります」
──文部科学省が主催するエリリスタル王国語講座は、そうした政策に基づいたものなのでしょうか?
「むしろ、日本の国益には反していると思います。
無償に近い条件で、魔法に繋がるであろう言語について教授しようという試みなわけですから」
──なぜ政府はそのような選択をしたのでしょうか?
「国際的な競争力において、公正な場を提供したかったからです。
魔法の知識を独占するよりは、公開し、競争力を高めた方が長い目で見れば国益にかなうと考えております」
──その決定において、門脇氏やユエミュレムさんの意志はどの程度、反映しているのでしょうか?
「その点については、わたしはお答えできる立場にはありません。
ただ、日本人にのみ受講できる講座、というものを設定した場合、彼らは協力的な態度を取らないだろうとは、予想されていました。
なにしろ彼らは、最初、頑なに魔法の知識を公開することを拒んでいたくらいですから」
──門脇さんたちは、なぜ途中から魔法の知識を公開することに賛同したと思いますか?
「それは、彼らにお訊ねください」
──では、日本政府は、彼らが拒んでいた時期も、魔法の知識を公開するように要請していましたか?
「そうですね。
そういう事実があったことは、認めます。
産業的、経済的な影響を考慮しても、そのまま素直に諦めるということはできませんでしたから」




