インタビューですが、なにか?
「この世界へ来たばかりの頃にどういうことを考えていたかというのはだいたいブログの方に書かせていただいているのですが……」
ユエミュレム姫は、インタビュアーに答えている。
「……見るものすべてが物珍しく、慣れるのに精一杯でした。
暁もいましたし、なにか考える余裕もなく、言葉とかいろいろなことをおぼえ、吸収していくのに精一杯で……無我夢中になっていたら……いつの間にか今になっていた、というのが正直なところですね」
──日本語、お上手ですね。
「ありがとうございます。
それはもう、かなり気を入れて練習しましたので。
それに、たくさんの本とかマンガ、アニメとか、よい教材には事欠きませんでしたし、電子辞書とかも便利に思いました。
わたくしの故国では、そもそも紙も本もこちらよりはずっと貴重で高価なものでしたので、書籍類が当たり前のように氾濫していることにもはじめのうちはかなり戸惑いました」
──どうやってこちらに来たのですか?
「気がついたら来ていた、というのが正直なところです。
なんらかの要因が重なってあるアイテムが作動した結果なのではないのか、という推測はあるのですが……今の時点ではそのことについてもここでおはなしをできるほどには確証が持てていません。
再現性のない事故のようなものだと、夫であるカンジともども、そのように認識しております。
そもそも、異なる世界間を行き来することはそんなに容易にできるものではなく(以下略)」
──ネットと書籍で展開されているエリリスタル王国語講座、好評のようですが。
「そうですね。
どんな形であれ、故国の文化が受け入れられている現状については素直に嬉しく思います。
ただ、好評といわれても誰かに褒められるということもなく、わたくし本人の生活は以前とあまり変わっておりませんので、あまり実感が湧かないというのが正直なところです」
──講座のことなのですが、どのような形で制作されているのでしょうか?
「ジョウナン大学のマキムラさんと、そこの研究室の方々が中心になって制作なさっています。
わたくしはその前段階の、サンプル、ですか?
とにかくなんでもはなしをして、書いて、エリリスタル王国語のデータを少しでも多く研究室の方々に渡すことを担当しております。
そのあとの段階のことはすべて、研究室の方々にお任せしています。詳しい内容は、そちらにお尋ねなさった方が確実かと思います。
わたくしは教える立場というよりも、どちらかといえば研究される対象ですね」
──最近は、どのような生活をなさっているのでしょうか?
「朝起きて、家族の朝食とかお弁当を作り、カンジと姉君を送り出したあとにショウタを保育園に連れて行きます。
それから、お洗濯とかお掃除を済ませて、少し本を読んだり物を書いたりします。
軽く昼食を摂ってからお買い物。
午後は、二日か三日に一度くらいの割合でマキムラさんとビデオチャットでおはなしをします。このときに、講座に必要なサンプルを集めるためと、その他に細々とした打ち合わせをします。
それから、ショウタを迎えにいって、お買い物。
お夕飯の下拵えをしてから、本を読んだりネットを見たりします。
基本的には、ええっと、センギョウシュフ、というのでしたか?
ほとんど家の周辺から出ない生活をしています」
──ユエミュレムさんは、エリリスタル王国のお姫様だそうですが?
「ええ、そうですね。
この場ではそれを証明する方法がありません。一応、嘘ではありませんが……でも、王位の継承権があるというだけです。
わたくしの地位は王家でもかなり末席になりますし、ぜんぜん、偉くありません。なんの権限も持っていません。
それに、わたくしが出てきたとき、王国は、かなり、ええと、荒れて、貧しい状態でした。
貧しい国の、なんの権限も持たない王族。
それがわたくしです」
──ユエミュレムさんが別の世界から来たということに疑問を持つ人も多いようですが。
「それは、当然だと思います。
わたくしも、一年前なら自分が世界間を飛び越えて移動するとは思いませんでした。そもそも、そんなことができるとさえ、思えませんでした」
──それでは、世界をまたいで移動することは、ユエミュレムさんがいた世界でも珍しい事例だったのでしょうか?
「珍しい……というより、他の世界が存在するということさえ、ほとんどの人は知りません。
唯一の例外は、カンジの存在でしょうか。
それでも、当時からカンジがどこから来たのかなんて、詮索する人の方が少なかったですし……」
──ユエミュレムさんがいたところでは、魔法の存在が珍しいものではなかったそうですが?
「そうですね。
大人から子どもまで、誰でも……とはいかないまでも、かなり広く使用されていました」
──それでは、魔法を使えない人もいたわけですか?
「体内にどれくらい魔力を蓄えられるか、それは生まれついての体質に左右されます。
極端に少ない魔力しか蓄えられない体質の方は、残念ながら、魔法をほとんど使えません。
そうした体質の人は、だいたい、十人のうち、一人か二人くらいの割合で存在します」
──だいたい一割程度ですか。そうした人たちが差別されていたということはないんでしょうか?
「差別? ああ、そうですね。特に見下されていた、ということはないと思います。
ただ、多少、特定の仕事などには就けない、などの制限くらいはあったでしょうか。
それに、魔法を使える人たちだって、普段から毎日のように魔法を使っているわけでもないです。
魔法が使える体質であるのにも関わらず、ほとんど魔法を使わないで過ごす人も大勢います」
──今すぐ魔法の知識を伝えないのは、なぜなのでしょうか?
「カンジが、この世界に魔法を伝えること自体に懐疑的であることが一番の理由です。わたくしも、特にその必要も感じない、という点ではカンジと同じ意見を持っています。
誰もが魔法を使えたわたくしの故国よりもこちらの世界の方が、よほど豊かで便利な生活ができます。
にも関わらず、魔法の知識を伝えることを承諾したのは、周囲の方々から執拗な要請があり、それに折れる形でしぶしぶ同意したからです。
カンジもわたくしも、決して積極的に魔法を広めようとしているのではない、ということはご理解ください。
なぜ今すぐに魔法の知識を公開しないのかというご質問ですが、ひとつは魔法を教えるにしてもその前段階として多少の予備知識が必要であり、それを修得するのにはエリリスタル王国語をおぼえるのが都合がいい、ということがあげられます。
もうひとつは、今の社会にいきなり魔法という異物が広まっても軋轢しか生まないだろう、という予測の元、一種の猶予期間を与えるためにあえて時間をあけております。
今のうちにどうか、皆様方におかれましては、本当にこの世界にとって魔法などという要素が必要なのものなのか、今一度冷静に考え直して欲しいと思います。
今、わたくしがこうしてインタビューに答えているのも、この世界の皆様方に考える機会と契機を与えるためだと思ってください」
──ユエミュレムさんは、魔法の知識を公開することに反対の立場なのですか?
「そうですね。どちらかといえば、反対です。
カンジの方は、もっと強固に反対する立場のようですが」
──ユエミュレムさん、魔法の知識を公開することに反対をする、その理由を教えてくれませんか?
「先ほどもいいましたが、魔法などなくてもこの世界は充分に豊かであるからです。
それに、今のままでもこの世界は充分に複雑です。この上、魔法などという、この世界にとっては未知の要素が加わってしまったら、いったいどのような騒ぎになることやら。
わたくし自身の立場としては、魔法知識の普及については消極的な反対というところです。
それならなぜ、魔法知識の公開に協力しているのかといえば、実際的はこちらの世界の皆様方からの要請が日増しに強くなっているからであり……。
それに、率直にいってしまえば、この世界本来の住人ではないわたくしには、この世界に元から居る人々の要請を拒絶できるだけの立場にないと思っているからです。
この世界の住人は、あくまで皆様方であり、わたくしは、たまたまこの世界に流れ着いた漂着民に近い存在です。
この世界の人々が、自らの意志でこの世界の姿を変えたいと望んでいる以上、なんでわたくしが強硬に反対できましょう」




