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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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将来の展望ですが、なにか?

 ユエミュレム姫は現在、完爾が経営している二つの会社から毎月役員報酬を貰っている。二つを合わせればそれなりの金額になったが、どちらか一つだけだとかなり安くなるように設定していた。これは、千種が、「経営が安定するまでは、会社の内部保留を多くすることに専念した方がいい」と起業の際に助言したおかげで、完爾の報酬も同じ理由でかなり低く設定されていた。

 ユエミュレム姫も名義だけを貸して漫然と報酬を得ているわけではなく、特に製造販売を行う「インダストリィ」の方では製品のデザインをすべて担当しているわけであり、そうしたことをを考えればかなり安い報酬であるといえた。それでも、ほとんど自宅にいてお金を使うあてもない生活をしているので預金は増える一方だった。

 現在、ユエミュレム姫の散財は普段、スーパーやコンビニで行う菓子類や文具などに限定されている。衣服や化粧品も高級品志向というわけでもなく、支出としては大した金額にはならなかった。この間、言語講座向けに撮影を行った際、人を頼んでまで髪やメイクを整えたのが例外的だったくらいだ。

 あのような場がなければ、普段のユエミュレム姫はきわめて質素で地味な生活をしているし、そのことで特に不満もなかった。


「無理をせずにお金が貯まっていくんなら、むしろ理想的なんじゃないかな」

 千種は、そういう。

「でも、これからは外にでる機会が多くなるわけだし、今までとはまた違ってくると思うし。

 それがなくとも、子どもはお金がかかるし……」

「かかりますか? お金」

「かかるねー。

 なんだかんだで……やんちゃに育てば、それだけ物も壊すし……」

「壊しますか?」

「壊すねー。

 元気がいいのは、いいことなんだけど……。

 暁ちゃんも、今、なんでも口に入れる頃でしょ?」

「そうですね。

 物の硬さを確かめているんだと思いますが……おかげ様で、お掃除に手を抜けません」

「子どもは元気なほど手が掛かるからねー。

 子育ては長期戦だし、ここいらで気分転換しておくのがいいと思うし……。

 それに、今の義妹ちゃんの立場だと、子育てよりも優先しておいた方が仕事があるわけだし」

「魔法の普及、ですか?」

「いや、ただの普及、ではなく、よりよい普及、ね。

 悪用されないための確実なセーフティを含んだ複雑なシステムを再構築し、仕様書からなにから一から自分で書いていくようなもんでさ。

 その手の頭脳労働では、うちのアホ弟はあまりあてにできないし。

 あれは、頭が悪いわけではないんだが、あんまり複雑なことを考えるようにはできてないからなー」

「そ、そうでしょうか?」

「あれは面白味のない優等生タイプだったからねー。

 子どもの頃の学校の成績は、そこそこよかったんだけどね。

 昔っから、記憶力はよくても応用問題が弱かった。

 魔法をおぼえるのは早くても、その魔法をこちらの世界でも安全に使えるようにアレンジするような仕事にはむいていないと思う」

「え……ええ、っと……」

「ごめんねー。

 頼りにならないおとーとでぇ。

 まあだから、なんだかんだいって、義妹ちゃんの負担が増えていくと思うんだわ。これから。

 だからまあ、なんでもかんでも自分の手でやろうとはせず、手を抜けるところは抜いて、他人に任せられる仕事は任せていく方が、かえってみんな助かるよ。

 先が長いんだからさ」

「そういうことでしたら、理解できます」

 子育てや家事は他の者でも代行できるが、魔法関係の仕事は完爾とユエミュレム姫、この世界にたった二人しかやれる者がいない。そのうち完爾が家計を支えているのであれば、今後、この世界での魔法の有り様は、事実上、ユエミュレム姫一人の双肩にかかっている。

 実際のその仕事に入るのは、しばらくは先になるのだろうが……。

「……そこまで、考えなくてはなりませんか」

「今度の春から語学講座とやらがはじまって……それでも、先延ばしにできるのは一年からせいぜい二年。

 いずれにせよ、本格的に魔法関係の情報を公開する前に、政府関係とかには概要なりを事前に提出して説明とかをする必要が出てくるわけでさ。

 考える必要があるかないか、っていったら、考える必要はあるっしょ」

「……責任、重大ですね」

「重大だよねー。重圧だよねー。

 だから、せめて、うちの弟かわたしとかには遠慮しなくてもいいからねー。

 忙しくなってきたら、家事なんか分担すればいいし、それで間に合わないようだったら家政婦さんでも家事代行さんでも頼めばいいだけのことだからー。

 そのへんは、臨機応変に対応していこうよ」

 家庭の問題とこの世界の有様を変えるような重大事をごっちゃにして語り合ってまるで違和感がない二人だった。

 大人の会話は理解できないし興味もない翔太は、テレビで以前、完爾が東京湾で暴れた際の実況中継映像を鑑賞している。このところ、翔太は、この映像を繰り返して観ていた。


 そんなわけで、年が明けてからこっち、ユエミュレム姫の身辺は慌ただしくなっていた。

 ユエミュレム姫の生活が実際に変化していくまでにはもう少し時間があるはずだったが、それ以前にユエミュレム姫がやらなけれならない仕事は意外に多い。

 本来、学者でも魔法の専門家でもなかったユエミュレム姫が、語学や魔法の知識を、記憶を頼りに体系的に記述する。魔法に関しては完爾が相談相手になったし、語学に関してはユエミュレム姫よりも牧村女史が主導してユエミュレム姫から必要な知識を引き出している風であったが、それでもなかなかに神経も使うし、それ以上に頭脳を酷使する仕事であった。

 ユエミュレム姫が机にむかう時間が長くなり疲労の色が濃くなっていくのをみて、完爾や千種が一貫して協力的な態度を取り、家事などを負担してくれるようになった。

 完爾も千種も家事については一通りできたので、なんとか時間を捻出して協力することに特に抵抗はなかったのだ。

 具体的にいうと、ユエミュレム姫が担当するのはほとんど掃除と洗濯くらいになった。この二つばかりは、夜中に行うと多少の物音を出して近所迷惑になりかねない。そのかわり、完爾と千種は交代で日持ちのする、あるいは冷凍することを前提とした作り置きの総菜を用意し、ユエミュレム姫の負担を少しでも減らすようにした。

 これによりユエミュレム姫の負担は多少、緩和されることになったが、それでもユエミュレム姫は自身の仕事の他に暁の世話もしなければならないわけであり、実際のところはいぜんとして多忙なままであった。

 そうであっても、完爾と千種が協力してユエミュレム姫が動きやすいようにしてくれるという事実は、ユエミュレム姫をずいぶんと気楽にさせた。二人とも、ユエミュレム姫を動きやすい環境を作り、バックアップすることを当然だと思っている節がある。

 それに、本当に手詰まりになったら、家事なんか他人を雇って任せてしまえばいいんだ、と千種にいわれたことでも、ユエミュレム姫の気はかなり楽になった。


「これは、あれだな。

 ベンチャー企業の草創期みたいなノリだな」

 千種がそういう。

「やめてくれよ」

 完爾は、軽く顔をしかめた。

「ようやくこっちの会社が軌道に乗ってきたばかりだというのに」

「ご迷惑をおかけします」

 ユエミュレム姫は、恐縮した様子でそういった。

「姉君様も、これからショウタの入学を前をして、細かい準備とかがありますでしょうし」 

「そういうのがないこともないけど、それはもう少し先のことだなあ。

 面倒なことはそれなりにあったけど、保育園のときもなんとかやれたから、今度もなんとかなるだろう」

「面倒ですが、楽しみでもありますね」

「自分の子どものことだしなあ」

 にわかにユエミュレム姫が忙しくなってきたこの時期、そんな会話をかわす二人をみて、完爾は、

「女性は強いな」

 と、そう思った。


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