年末年始ですが、なにか?
牧村女史率いる研究所の面々は、春から本格的に開始されるエリリスタル王国語講座の準備に余念がなかった。その準備の中にはこれまでに公開してきた情報の他国語化も含まれており、当面は従来の日本語情報の部分を英語化する作業も含まれている。
そこで、ものはついでとユエミュレム姫は牧村女史に相談をしてみた。
「時期的なことを考慮しても、そろそろわたくしたちが考えていることをしっかりと公表していくべきなのではないかと思いまして……」
「もともと教材としてエッセイをブログで公表しているわけですし、過度に政治的な言説にならない限りは、特に支障はないものと判断します」
との、回答だった。
「大使」の妨害工作へ対する対策という意味もあったが、「自分たちの意見や方針を公にする」ことは以前より、完爾が辰巳先生に示唆されていたところでもある。
それに、各国の外交官などと直に接する機会を持って、日本政府などを窓口にして間接的に意見をやり取りすることの非効率性をユエミュレム姫は痛感した。
これはなにも日本政府の方針自体を非難したいわけではなく、間に第三者を挟むことによって生じる齟齬やノイズ、今ひとつ自分がいいたいことが伝わっていない感触を払拭したいがための工夫であった。
テレビやラジオ、新聞や雑誌など、既存のメディアに露出して自説を述べていくという方法も考えないではなかったが、ユエミュレム姫はその選択を早くから断念した。
完爾の東京湾での一件がすぐに風化したことからも明らかなように、ユエミュレム姫からみると、現代のいわゆるマスメディアは情報の賞味期限が極端に短く、とても刹那的に感じられた。ぱっと出の芸人やタレントのように、話題性だけを種にされ、ごく短期間で使い潰されてしまっては意味がないのだ。
だから、自分のペースで自説を述べ、公表できる場が必要だった。
城南大学のザーバ内にあるユエミュレム姫のブログは、閲覧者のほとんどがもともとユエミュレム姫になんらかの興味を抱いている人たちばかりなので、そういう意味でもうってつけの媒体といえた。
そのユエミュレム姫のブログには、ユエミュレム姫が現代日本に移住してからどのようなことを感じ、考えたのかというログがすでにかなり蓄積されている。それを読んできた人たちならば、あるいはこれから読むであろう人たちならば、完爾やユエミュレム姫が考えていることを順序立てて説明しさえすれば、理解してくれるはずだった。
仮に誤解や曲解をされることがあったととしてとも、冷静に反論ができる場でもあるはずだ。
ユエミュレム姫は、淡々とした筆致で説明をしていく。
自分の故郷では、各種の魔法が当たり前のように存在したこと。
しかし、この国や世界では実用的な魔法が存在しないこと。
完爾は、当初から「この世界になかった魔法」をむやみに広めることを警戒し、自粛していたこと。
夏にあった変身ギミック類の事件以来、魔法の存在が公然のものとされ、結果、国の上層部や各所から魔法の知識を伝授することを懇願されたこと。
結果、周囲の圧力に負ける形で、比較的害のない魔法を公開していくことになった……という経緯。
完爾もユエミュレム姫も、たとえ魔法などが存在しなくても、この不完全な世界のことを愛おしく思っていること。
ユエミュレム姫の故郷の世界も、こちらの世界と同様かあるいはそれ以上に不完全で歪だが、それでも故郷として愛おしく思っていること。
これから魔法の知識を、長い時間をかけてこの世界にもたらしていくつもりだが、ユエミュレム姫たちのつもりとしては、強要する気は毛頭ないこと。
……書くべきこと、説明すべきことはいくらでもあり、何回にも小分けにする必要があった。
ユエミュレム姫はそのひとつひとつを、丁寧に書き綴っていく。
翔太の保育園が冬休みに入っていたため、そちらの世話というかつき合いにも時間が取られがちだったし、何日かにわけて年末の大掃除をしたりして年内はあまりまとまった執筆時間を確保することができなかったが、それでもコツコツと書いては城南大学の指定されたメールアドレスに、手書きの原稿を写真に撮ったものを送り続けた。
送付する前に、完爾や千種に内容を説明して意見を求めることもあったが、基本的な内容はすべて、ユエミュレム姫個人の考えで統一している。
たとえば、こちらの世界での魔法の扱いについて、完爾は極端に慎重であり、ユエミュレム姫は比較的楽観的だったりして、微妙に意見が異なるのであるが、そのような場合でも両者を併記して読者が混乱することがないように配慮した。
そうこうするうちに、大晦日となった。
ユエミュレム姫にとっては、こちらの世界での年越しと正月を初体験することになる。
完爾にとっては、十八年ぶりの日本での年越しである。
それでは……というわけでもないのだが、千種の発案もあって、今年はオーソドックスな年末年始を過ごすことになった。
会社の方は、せめて正月くらいはと、店も通販の方も五日まで休業することにした。
他の従業員たちは交代で休んでいるが、完爾自身は特に別の用事がない限り、毎日出勤しているのである。業種的に考えても年中無休でなくてはならない理由もなく、家族ではなし合った末、「久しぶりに骨休めをしよう」という結論になった。
近所の神社への初詣りからはじまり、お節に雑煮、餅、テレビの毒にも薬にもならないバラエティ番組……などを、千種と完爾の解説を受けながら、ユエミュレム姫は体験していく。
初詣に関しては、ユエミュレム姫は以前、江ノ島で神社に参拝した経験があるのであまり戸惑うことはなかった。
お節についていえば、千種は手作りしている暇がないかったし、こちらの料理をおぼえはじめてから日が浅いユエミュレム姫にとっては流石に荷が勝ちすぎると思われたので、できあいのものを買ってきてそれで済ませた。
お節の方はともかく、餅の弾力ある食感は、ユエミュレム姫もお気に召したようだった。
甘党のユエミュレム姫は、きな粉餅と善哉を特に気に入っていた。
完爾はといえば、ひさしぶりに暁と長時間触れあうことができて喜んでいるようだった。
暁は最近になって匍匐全身のできそこないのような動きで徘徊することをおぼえてきていて、床の上に置くとずりずりと体力の限界まで這い回っている。
そうした様子をみているのが楽しいらしく、見物しては目を細めていた。
「ちゃんと育っているんだなあ」
「翔太のときよりも活発なくらいなんじゃないか、この子」
「そうなんですか?」
「うん。
個人差はあるし、まだまだ先は長いからどう育つのかわからないけど」
「ぼくもこんなんだったの?」
「あー……そうだなあ。
だいたい、こんなんだった。
いや、翔太はもっと泣き虫だったか。
ま、翔太ももうおにいちゃんなんだから、これから暁の面倒をしっかりみるんだぞ」
とりあえず、家庭内に話題を限定すれば、不和の原因になりそうな要因も特になく、平和そのものだった。
反響こそ少ないものの、ユエミュレム姫の文章は、そうした文章を好む人たちの間で静かに浸透していった。もともと元の世界でも、ユエミュレム姫はそれなりの水準の教育を受けてきていている。文章を書くことにも、それなりに手慣れたていた。
軽妙洒脱な文章も書ければ、鋭い知見を内包した文明批判的な文章を書くこともあり、そのどれもがそれなりに面白く読める。
一文が短く、合間の時間に読み切ることができることもあって、エリリスタル王国語に興味がなくても、日本語訳の方を目当てにアクセスしてくる人たちも、日々増えているようだった。
英語訳版が公開されるようになると、アクセス数はさらに倍増するようになった。
ユニークな視点から綴られるプリンセス・ユエミュレムの文章は最初のうちこそ本人の存在の物珍しさで話題にされるようになり、次第にその内容を目当てにアクセスしてくる人が増えていった。
日本国内での反応とほぼ同じような推移をしているわけだが、日本語と英語とでは、土台になる人口からして桁が違う。
厳しく詮索しはじめてもまた煩雑なので放置しているが、ユエミュレム姫や牧村女史たちの知らないところで、英語版から他の言語へ無断で翻訳される例もすぐに出はじめたようだった。




