イブですが、なにか?
翌、十二月二十四日。
世間的にはクリスマスイブであったが、経営者である完爾は相変わらず本業に精を出している。
門脇家の中では、珍しく早めに仕事を切り上げて帰宅した千種とユエミュレム姫、それに翔太と暁の四名でクリスマスを祝っていた。とはいっても、このうちの暁は、ベビーベッドの中で安らかに寝息をついていたわけだが。
ささやかな晩餐はすでに終わり、今はホールで買ってきたクリスマスケーキを切り分けてデザートに移行していたところだっった。
「一応、大昔の聖人の聖誕祭といわれているけど、実際には世界各地にある冬至の祭りと習合されている感じかな。
その聖人の実在もかなりあやしいし、仮に実在したとしてもその当時に誕生日を祝う風習があったとも思えないし」
「ああ、なるほど。冬至の。
それならば、よくわかります。
日が長くなっていって、長く厳しい冬が段々と終わっていくわけですから」
「特にこの日本は、その聖人を崇める宗派はあまり盛んではないし……。
日本的には、本番の明日のよりもなぜか前日の今日のが断然盛りあがるんだけど。
そっちの信仰を本格的にしている人たちにとっては、それなりにきちんとした行事になるはずなんだけどな……。
由来はともかく、今の日本ではプレゼントを交換したりご馳走を食べたり、家族とか夫婦で楽しむためのイベントの日だな」
「プレゼントとか、ご馳走をですか」
「そうそう。
プレゼントとか」
「ぷれぜんとー。
サンタさんが持ってくるのー」
「ああ、翔太。
ちゃんといい子にしないとサンタさんもプレゼント持ってきてくれないからなー」
「わかったー」
「そんで、義妹ちゃん。
国内のマスコミはほとんど取り上げていないけど、昨日のアレな。
海外メディアでは、割と大きく取り上げられているんだわ」
「記者クラブ、とかいいましたか?
国内のメディアは、そこで公式に発表した情報でなければ報道しない決まりでしたっけ?」
「そんな決まりは別にないんだけんどな。
ただ、慣例というか、そうした大本営発表意外はあまり重視されないことになっているらしいんだよね、なぜだか。
で、だ。
本題に戻るけど、国外のメディアでは完爾とか義妹ちゃんの昨日の言動が割と詳しく報じられているんだわ。
ネットの上では、そういう記事を勝手に日本語に訳したところがいくつかあるだけで、今のところあんま目立った反応はないねー……。
で、「大使」とかいったっけ? そのおっさん。
実際に、東欧の小国の大使さんもやっているみたい。
割といい家柄の出みたいよ。
サンジェルマン伯爵、って……その昔、澁澤かなんかで読んだような名前だな」
「名門なのですか?」
「その小さな国ではね。
何人か外交官も輩出しているお家柄みたいだし。
ちょっと待ってな。
検索してみると……おお。
なんか、何人も同じような顔ばっか出てくるなあ。
遺伝子が強い家系なのか、それとも名乗っている通りの人物なのか……」
「名乗っている通りの人物、ですか?」
「サンジェルマン伯爵ってのは西洋版の東方朔……っていってもかえってわからんか。
その昔パリにいた山師ってえか詐欺師ってえか……とにかく、長い期間、同じ容姿のまま社交界に出没していたやたらうさん臭いおっさん。
三、四十年くらい同じ姿で年を取ったように見えなかったんで、催眠術を使っているとか不老不死説だとか、そんなアホな噂がいつもつきまとっていた。
自分でも三、四千年前の知識があるとかいい回っていたそうだし……」
「そうですか。
うさん臭い……確かに、今の「大使」の言動と共通するところがありそうな気もしますが」
「案外、当の本人だったりするのかも知れないけど……。
ただ、わたしが知っている方の昔のサンジェルマン伯は、何百年も前の人物だからなあ」
「何百年も、前の……」
「また検索、っと。
……うーん。
やはり、フランス革命の前後にくらいに活躍していた人みたい。
公式な没年は千七百八十四年だから、今から二百年以上前になるのか。
この肖像画は……あんま、今のサンジェルマン伯の写真とは似ていないかなあ。
ねえ、義妹ちゃん。
魔法で延命とか不老不死とかできんの?」
「試みた人は大勢いたようですが、成功例はほとんどないようです。
あっても、神話時代とかの伝承に出てくるような人とかがほとんどで……」
「なるほどねえ、神話時代の。
じゃあ、ま、現実的ではない、と思っておいて間違いはないのかな?」
「そうですね。
一口に魔法といってもいろいろ制約があるものです。
通常は、そこまで都合よいものでもありませんので。
むしろ、カンジのように派手に使える人の方が少数派なんですが」
「それは、魔力の量的な問題で?」
「ええ。
魔力の量的な問題です。
カンジの魔力量は規格外といいましょうか、通常の人が何万人分束になっても勝てないくらいに膨大なもので……」
「仮にその完爾の魔法を使っても、無理?
その、不老不死」
「そちらの方面の魔法には明るくないのでなんともいえませんが……この場合は、魔法の量よりも具体的な方法を知らないとどうにもならないと思います。
生命の根幹に関わる部分に手を加えるわけですから……」
「科学的な面からいっても、遺伝子とかテロメアを操作してどうこうする領域だしなあ」
「科学でも難しいのですか?」
「そっちの方面を研究している人も大勢いるし、不老不死もあと何十年以内に実現する! みたいな楽観的な予測をする人もいるけど、成功例は報告されていない……はず。
少なくとも、公式には。
どっかの誰かが成功していたとすれば、その誰かさんはとっくの昔に大金持ちになっていると思うしねえ」
翔太が一心不乱にケーキを食べている間、女性二人はそんな会話を続けている。
そんなときに、ユエミュレム姫のスマホが着信音を奏でた。
「……珍しい。
靱野さんですね」
靱野とはそれなりの頻度で連絡を取り合っているのだが、普段のやりとりはだいたいメールで済ませていた。
直接通話をしたことは、数えるほどしかない。
「……はい。
ユエミュレムですが」
不審に思いながらも、ユエミュレム姫は電話に出た。
『ああ、どうも。
メリークリスマスです』
緊張感を欠いた靱野の声が聞こえてきた。
『せっかくのクリスマスの晩にすいませんが、今、時間の方はよろしいですか?
昨日、「大使」と直接対面なさったそうで……』
昨日の詳細はメールで靱野にも伝えていた。
ユエミュレム姫は、ちらりと千種の方をみる。
千種は、
「なんだったらお誘いして、こっちに来て貰えばー」
と、小声で呟いた。
「せっかくのお祝いだし、料理はまだ余っているし」
「ええ。
家族と過ごしておりますので、時間の方は大丈夫なのですけど。
それよりも、靱野さん。
今どこでなにをしているのかはわかりませんが、余裕がありそうでしたら今からこちらに来ませんか?」
『え? いいんですか?
せっかくの団欒の場に……』
「姉君もお誘いしておりますので、どうぞご遠慮なさらずに」
『そうっすか……。
ええ。
では、遠慮なく……』
「どうも、改めまして。
メリークリスマスです」
次の瞬間、スマホを片手に持ったジャケットにカーゴパンツ姿の靱野が、玄関に立っていた。
「……あ。
こういう展開になるんなら、なんか手土産でも買っておくんだったな」
「ままま。
こっちにあがりなさい」
千種は玄関に立つ靱野を手招きした。
「駆けつけ三杯。
なんか飲む?」
「あー。
できれば、ソフトドリンクで。
おれ、酒は本当に弱いんで」
「遠慮しないでいいんだよ。
じゃあ、紅茶か翔太と同じジュースでもいいかな?」
ちょうど千種とユエミュレム姫は、ケーキ用にお茶をいれたところだった。
「そのどちらかなら、紅茶の方でお願いします」
「はいはーい」
千種がキッチンに立ってティーカップを用意してきた。
「ちょうど今、義妹ちゃんと「大使」とかいう香具師のことをはなしてたところなんだけど」
「あ、どうも」
紅茶のはいったカップを受け取りながら、靱野はいった。
「おれも、そいつのことをはなそうと思って連絡を入れさせて貰ったんですけど」




