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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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返答ですが、なにか?

 ユエミュレム姫のブログには様々なコメントが寄せられるようになっていた。以前はエリリスタル王国語に関連した問い合わせや質問などがほとんどであり、たまにまったく関係のない話題やスパムメッセージが紛れ込む程度で、後者に関しては牧村女史の研究室スタッフが適切な処置をしてくれてユエミュレム姫の元へまで届けられることはなかった。

 しかし、東京湾で完爾が大暴れした日を境にしてそれに関連した内容が徐々に増えはじめる。つまり、あのときに完爾が使用した魔法や超人的な働きをした完爾自身への興味から発したメッセージが目に増えてきたわけである。城南大学のサーバには他ならぬユエミュレム姫自身がしたためた「手記」が日本語訳とともにアップロードされており、誰にでも閲覧できる状態で公開されていた。

 だから、そうしたメッセージが増えること事態は想定の範囲内なのではあったが、最初のうちはそれもごく一時的な現象であり、すぐに落ち着くであろうと関係者一同も高をくくっていた。

 しかし、その予測は甘すぎたといえる。

 ユエミュレム姫やエリリスタル王国語に関係しない、それよりもむしろ完爾や完爾の能力に関する強烈な興味を感じた人々のメッセージは、一過性のものどころか、時間が経つにつれてむしろ熱を帯び、数も増えていった。


「……これは……」

 牧村女史の研究室スタッフは最初のうちは戸惑い、次に戦慄しはじめる。

「うちよりも、精神分析のサンプルに使えそうなものが多いなあ……」

 次々に寄せられるメッセージの内容が、ことごとくどこか熱に浮かされたような様子が伺われたからだ。

 具体的にいえば、「新興宗教の教祖様を崇めるような」調子で完爾を扱う文面が多かった。

 中には、生中継された東京湾での完爾の活躍を「邪神の手から地球の危機を救った」ものであると断定してその行為を称揚するようなものも多く含まれていた。

 あるいはある種のフィクションの中の主人公と完爾を同一視し、妄想と現実の区別がついていない調子の文面が多数、含まれていた。

 明らかに精神科医に相談した方がいいような人からのメッセージが多く、しかし、実際にはそれらのメッセージを書いた人々の所在や氏名などを知るよりもなく、結局は放置するしかないわけだが……。


 完爾の能力が露わになれば、この種の人々を魅きつける……という事実は、意外に重要な要素なのではないか、と、ユエミュレム姫は危惧する。

 この世界の発達した技術は最初のうちこそかなりユエミュレム姫を驚かせたものだ。

 が、あとになって詳細にその原理などを知るにつれ、むしろ「魔法抜き」で、人の手によって作り出された機械類だけを頼りにここまで細分化された用途の細々とした道具類やインフラを整備し、維持し続けていることこそ驚嘆に値すると思うようになった。

 そうした分業化は人口が極端に多いから可能なのだろうが、その極端に多い人口を支えているのもまた、この複雑な構造を持つ現代社会の生産力なのである。

 この社会はこの社会でそれなりに問題があることは理解しつつも、ユエミュレム姫は「魔法抜きでここまで便利な社会が成立している」という事実そのものに、驚嘆半分に呆れていた。

 そして、世界中に張り巡らされている電子のネットワークが示すように、この社会では、ユエミュレム姫が生まれ育った社会とは比較にならないほど、民草一人一人の声が大きい。

 より正確にいうのならば、なんの地位もない無名の人々が何気なく発した声が、なにかの拍子で巨大なうねりとなることも十分あり得る社会構造なのである。

 多少認知度があがったとはいえ、ユエミュレム姫のブログを知る人の数はまだまだ限られている。それでもこれだけの反響がある、ということは、これが日本中、あるいは世界中の人々、というスケールで見たら、露見された完爾の活躍はどのように見られ、解釈されていることか。

 少し……いいや。

 これは十分に、憂慮すべき事態なのではないだろうか?

 こちらの世界には魔法というものがない……ということになっている。「大佐」の件からもわかるように、若干の例はあるようだが……一般的には、そんなものは存在しない、というのが了解事項となっている。

 そんな世界において公然と中継された完爾の活躍と存在は、ある種の超人願望の持ち主や非日常的な能力への志向、願望の持ち主にとっては福音のようや役割を果たすのではないのか。

 そしてそうした巨大な力への憧憬を秘めた存在とは、往々にして現実の中では不遇な、虐げられた生活をしていたりする。


 自分に完爾のような力があれば、──なことにはならないのに/──できるのに/──をみかえせるのに/──をやっつけられるのに。

 ──をどうにかして!/──から助けて!/──に力を!


 比較的穏やかなものから過激なものまで、あやふやな、ごくささやかな願いから、具体的な、例えば恋敵や政治的な敵勢力の排除を渇望するようなおどろおどろしい願いまで……なぜか、完爾あてに書き送ってくるようになっていた。

 なぜか?

 いや、よくよく考えれば、そこにはなんの不思議もない。

 あの生中継の一件で、完爾は「強力な力を秘めた存在」であることを露わにしているのだ。

 明らかに人外の存在である完爾に、自分の願望を託そうとする人が一定数いるのは、別に不思議でもなんでもない。そうした傾向を持つ人というのは、割合にすればごくごく少数しかいないはずなのだが……なにしろ、この世界は異常に人口が多い。全体数が多ければ、その中の突出したごく一部だけを集計しても、それなりの数になってしまうのだ。

 あまりにも多くの、願い。困窮。懇願。願望。

 その多くは理不尽な目にあった人々から救いの手を願うものであり、それと同じくらい多くのあまりにも一方的で身勝手な申し出があった。

 数多くのメッセージに目を通すうちに、ユエミュレム姫はそれらの内容よりも膨大な数にあてられて、頭がクラクラしてきた。

 現代日本社会は、ユエミュレム姫からみれば十分に成熟した、豊かな社会に見えていたのだが……その豊かな社会にあっても、人知れず分不相応な不満を抱き、あるいは困窮の中であえいでいる人々が確かに存在する。

 しかし、完爾が操る別の世界の魔法でこれらの不満を解消しても、なんの解決にもならないのではないだろうか、と、ユエミュレム姫は思った。たとえ、一時、悪化した事態を沈静化したとしても、結局はそういう悪い事態を招いた根本的な原因を改善したわけではないからだ。

 どんなに懇願されようが、完爾なりユエミュレム姫なりの魔法を使ってこうしたメッセージを送ってきた人々に応えようとしてもそれで救える者はごく少数でしかなく……端的に長い目でみていってしまうのならば、無駄な努力でもある。

 魔法に頼らずとも、貧困とか不治の病を一時的に救済することは可能でなのあろうが……別にそれでそれで貧困や難病がこの世からなくなるわけでもない。そうした宿痾をこの世から少しでも減らそうと思ったら、小手先だけの解決だけを目指さずに、もっと根源的な部分から原因となるものを改善するしかないはずであり、そのために必要なのは派手な魔法などではなく適切な経済政策とか基礎研究とか、そうした地道な努力の積み重ねでしかない。


 いろいろと考えた末、ユエミュレム姫はそうした「救いの手を求める人々」にあてた言葉を書き連ねはじめた。


 幼少時、わたくしの故国は未曾有の危難に遭っておりました。まだ幼く、分別も十分に育っていなかったわたくしは、藁にもすがる思いで故国の危難を救ってくれるよう、いるのかいないのもあやふやな神にむかい、お願いをいたしました。 

 偶然が重なったのかそれともそうなることが必然であったのかは判然としませんが、わたくしの願いは聞き届けられ、結果としてわたくしの故国はなんとか救われることになりました。

 しかし、わたくしは今になって考えることがあります。

 あのとき、この世にはない力にすがり、願ったわたくしの態度は正しかったのかどうか。

 確かにわたくしの故国は救われましたが……そのかわり、わたくしたちとはまるで無関係の、遠く離れた平和な国で生まれ育った少年を家族から引き離し、その人生を大きく歪めてしまったからです。

 結果としてわたくしの願いは、故国を救った代償として一人の男性からまっとうな生を奪ってしまったのです。

 そのような結果になることを当時のわたくしは望んでもいませんでしたし、想像もしていませんでした。

 しかし、今になってわたくしは考えることがあります。

 前もってまったく無関係な人の人生を狂わせてしまうとわかっていたとしたら、当時のわたくしは同じような願いをしたのかどうかと。


 案外、当時の幼かったわたくしならば、

「まるで無関係な人を巻き込むくらいなら」

 と、そのまま逍遥と国ごと滅んでいくことを選択する気もします。


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