決着と新局面ですが、なにか?
「報道は遠慮するするように、各局に通達がいっているはずだが」
「かなり煙があがっていますからね。
火災かなにかと勘違いしたんじゃないですか?
それに、翼ある蛇を目撃した人からも通報が入っているようですし……」
「……抑えきれない、か」
現在の日本の政体だと、よほどのことがない限り報道する側に対して箝口令を布くことはできない。「言論の自由」というのは憲法でも保証された国民の権利であるからだ。せいぜい、下手に出て「報道を遠慮してくださいませんか」と「お願い」をするのが関の山だった。
「……よっ!
と……」
鞘に入ったままの魔剣バハムを一閃させると、周囲の兵士たちが一斉に薙ぎ倒される。
今では、ケンタウロス型だけではなく普通の人間型の兵士たちもどこからともなく現れて完爾にむかって襲いかかってきていた。それだけではなく、兵士たちが持つ装備も、棍棒から刀剣や槍へ、そして銃器へと次第に近代化していくような気がする。
魔法で、あるいはより直接的な物理攻撃で対処しているのだが、流石に数が多すぎる。完全に戦闘不能に追い込まれることこそないものの、完爾は、次第に負傷する頻度を多くしていった。
戦闘の合間に、完爾は視界の隅に飛行する物体を認める。
機体にテレビ局のロゴが入った、報道用のヘリだった。
「……こんだけ派手にやれば、流石に集まってくるか……。
それはいいけど、危ないんだから、あんまり近づいてくれるなよ」
なにしろ、先ほどから銃声やら爆音やれでやかましいくらいの有様だ。都内でこれだけ派手な真似をして、「注目をしないでくれ」というのは、いくらなんでも虫がよすぎる要望だろう。
「だけど、こんな映像、どうやって解釈するんだろうなあ……」
完爾は、鞘に入ったままの魔剣バハムを振るいながら、他人事のような口調で呟いた。
「いったいこれは、本当に現実の光景なんでしょうか?
みなさん、これは特撮でもCGでもありません!
今、眼下で展開している光景をリアルタイムでお送りしています!」
安全を考慮して、ということであまり近寄れないので、そのアナウンサーは望遠カメラでとらえた映像を見ながら実況するしかない。
「ええ、この不気味な軍団は、たった一人の男性の……ああ。
速い速い残像さえも目で追えないほどです。
彼が通過したあとには、ばらばらに解体された不気味な兵士たちの残骸が散らばって。ああ。すぐに、地面につく前に灰になっているようです。
彼らは、そして、彼らと戦っているあの男性は果たして、何者なんでしょうか?」
「各局から彼の身元について問い合わせが来ていますが?」
「答えられない」
「……は?」
「国民の個人情報だ。
当事者の了解が得られない限り、当局からは回答できない。
それで押し通せ」
「ええっと……今度は、雷でいってみようか?」
完爾がいい終わると、完爾を中心とした半径五百メートルの円内に、一斉に放電現象が巻き起こる。このときのノイズであらかじめ周囲に設置されていたモニター機器が全滅したりするのであるが、完爾はその存在のことはまるで意識していなかった。
放電現象に巻き込まれた兵士たちの体は即座に崩壊がはじまり、とりあえず一時的に、完爾の周辺に空白地帯ができる。
「あら。
報道ヘリが増えてら」
完爾は上の方へ目線をむけて、そう呟いた。
「まいったな。
いっそのこと、マスクかなんかを用意して、顔を隠した方がよかったかな?」
まだ、そんな軽口をたたける程度には、余裕があった。
しかし、そのすぐあとに、東京湾から現れた巨大な姿を目にすると、完爾の頬も流石にこわばったものだ。
ずん、ずん、ずん、という重たい足音を伴って東京湾から巨大な人影が近寄ってくる。
見上げるほどに大きい、北欧風の甲冑を身にまとった巨人。
まだ距離があるため身長を推測しにくいのだが、十メートルは確実に超えている。
「なんと、まあ」
以前にいた世界では、あれよりも大きな魔族を相手にした経験があるから、恐れを抱くといったことはなかったが……完爾は、半ば呆れた。
人型であのサイズ、というのは、完爾にしてみてもこうして対面するのははじめてのことだった。
「あんなのがうようよいたら、そら、世界も終わらせられるか」
そんなことをいいながら、完爾は、気合いをいれて攻撃魔法を放つ。
「巨人が!
ただ一撃で、あの巨人が倒されました!
あの男性の仕業なのでしょうか?
あの男性はいったい誰なんでしょうか?」
「巨人の次は怪獣かよ!」
湾上に現れはじめた巨大な影をみながら、完爾はツッコミをいれる。
「ドラゴン……いや、あのサイズなら、リヴァイサンになるのなのかな?」
とにかく、先ほどの巨人と比較しても、比較しきれないほどに大きかった。
目前の怪獣のことはいざ知らず、リヴァイサンとは確か、巨大な魚とも鯨ともいわれている、旧約聖書に出てくる巨大な化物だったはずだ。
「……魔法が効くのかなあ、あれ。
まあ、いい。
片っ端から試していけばわかるか」
完爾の攻撃魔法が炸裂する。
その後、完爾は様々な悪鬼羅刹を、悪魔を、竜をはじめとする想像上の生物たちと戦った。戦い続けた。
「大佐」について、靱野はこんな意味のことをいった。
強い力で対抗すればするほど、より強力な存在となって逆襲してくると。
では、完爾が全力を振り絞って際限なくその逆襲を叩き潰していったら、最後にはどうなるのか?
とにかく、完爾は「とことんつき合ってやる」と決めたのだ。
日が暮れ、夜になり、何時間も経った頃、ようやく「大佐」の攻撃が止まった。
「……ようやく、打ち止めかな?」
完爾が、呟く。
「どうやら、そのようですね」
その完爾に、声をかけてくる者があった。
完爾といくらも変わらないような年格好の、青年の姿をしている。
「あんたが、「大佐」とやらか?」
「どうやら、そのように呼ばれているようで。
確かに南軍の大佐ではありましたが、死ぬ間際に、原住民の呪いを解き放って……。
あとは、ご覧の通りです」
「それは……どういう呪いだったんだ?」
「本当はもう、予想がついているんでしょう?
あらゆる敗者、無念の涙を流した者、辛酸を舐めた者たちの恨みを集めていくという呪いです。
呪いが発動してから時間が経てば経つほど、より広汎な範囲に渡って敗者の無念を集積するようになります」
「それは……過去へも遡って?」
「過去へも遡って。
未来へはどうも、いつもぼんやりしていて捜索の網を伸ばせませんでした。
かなり怨恨を溜めこんでいたはずなのですが……」
「すっきりしたかい?」
「そうですね。
とりあえず、このぼくが解放した呪いがこれまでに溜めこんだ怨恨は、これで種切れです」
「あんたはもう、この世を恨んでいないんだな」
「敗者も含めて、この世界があるのです。
呪いに囚われていた間にいろいろと見聞して、そのことに思い至りました」
「それじゃあ……もう逝くのか?」
「ええ。
もう逝きます。
最後にあなたのような方とはなせてよかった」
気づくと、完爾は一人きりになっていた。
いや、「大佐」とのやりとりすべてが、完爾が見た幻覚なのかも知れない。
「……さて、と……」
完爾は、夜間にも関わらず空を飛んでいるヘリを見あげて、ひとり、呟く。
工場の跡地は、完爾たちの乱闘に巻き込まれて、すっかり瓦礫の山と化していた。
「……逃げるか」
完爾は転移魔法を使用して自宅まで移動する。
そしてそこで、待ちかまえていたユエミュレム姫に、
「汚い格好なんですから」
と即座に浴室へ移動するように指示をされた。
テレビはどこの局も、今日の完爾の暴れっぷりのダイジェストで放映している。
評論家とかコメンテーターとかいう人種が、もっともらしい顔をしてかなり的外れな解説をつけていた。
「フシミ警視とかお役所の方々から、帰ったら連絡を入れるようにと伝言されているのですが」
「……んー。
明日じゃ、駄目かな?」
シャワーを浴びてきた完爾は、眠そうな声でそう応じた。
「流石に今日は、疲れて疲れて……」
「では、メールでカンジはもう寝ましたとでもいっておきます。
それはともかく……」
ユエミュレム姫は、完爾の目をまともにのぞき込む。
「カンジ。
これから、大変なことになりますよ」
「まあ、それを見越した上での選択だしなあ」
完爾は、披露の色濃い顔になんとか笑みらしき形を作る。
「ここまでくれば、毒食えば皿まで、っていうか。
ま、なるようになるさ」
「……カンジ。
それは、なんですか?」
「ああ。
これは、「大佐」が去ったときに、おれの手の中にあったもの。
これが大元の呪いの元凶なんだと思うんだが……ものがものだけに、粗略に扱うわけにもいかんしなあ」




