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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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好調と不調ですが、なにか?

 書籍の刊行前後から、ユエミュレム姫の身辺も慌ただしくなってきている。それ以前が暇だった、というわけでもないのだが、忙しさの質が異なっていた。育児や家事が主な仕事であった頃と比較すると、格段に他人と接する機会が増えて来ていて、多忙は多忙でもやり甲斐というものを感じられるようになってきた。

 ユエミュレム姫はもともと社交的な性格でもある。

 買い物や保育園への送迎以外、家に籠もっているような主婦生活にそろそろ飽きてきていた、ということも多分にあるのだろう。生まれ育った生活圏の言語をこの(ユエミュレム姫にとっての)新世界へ紹介するという仕事の内容自体にも、ユエミュレム姫は意義を感じていた。

 多少の下心があるにせよ、異国の地にあって母国について学びたい人が多く存在すると実感できるのは、なんとなく心強い気がする。


 刊行した書籍の反響が届くようになる頃、ユエミュレム姫と牧村女史の研究室の人々は、次の段階へと移行する準備をしていた。

 エリリスタル王国語を学ぶ際の、「入門編」以降の行程をまとめはじめたのだ。


 魔法を伝授する際の前段階として、文科省の肝いりで来春から開始される予定の語学学校でも使えるような、しっかりとした内容の教材を整備する必要があった。そのため、以前より行われている語彙や例文の収集に一層、力をいれることになった。

 つまり、教材の材料の材料が足りないから、という理由で、ユエミュレム姫はより多くのエリリスタル王国語の文章を提出する必要に迫られたわけだが、これについては以前より書きためていたノートの中から公開するのに差し障りがない内容のものを抜粋、編纂して提出することにした。

 具体的な手順を紹介すると、この世界に来て以来、ユエミュレム姫が日本語の学習がてらに様々な事柄を何冊ものノートに書き綴ってきていたことは以前にも紹介していたわけだが、その中から適切な部分を抜き出して書き写し、そのまま写メに撮って送付。日本語への翻訳は牧村女史の研究室にまかせ、できあがった日本語訳をユエミュレム姫がチェックする、という工程を経て日に日にサンプルを増やしていく。

 一番の目的は例文や語彙の補増であったわけだが、「どうせならこのリソースも有効利用しよう」という意見が研究室内から提出され、ブログ形式でユエミュレム姫の手書き文の映像と対訳日本語データを大学のサーバで公開することにもなった。新規に出てきた単語や熟語、イディオムには注釈をつけられ、そのまま教材としても使える形式であった。

 いきなり目新しい環境に移ってきた戸惑いやカルチャーギャップを感じた事柄について、日々の雑感や季節の移ろいについてなど、もともと公開する予定がなかった、ごくごく私的な書きつけであったこともあり、内容的には軽いエッセイのような文章が多かった。

 書籍を書った人やそれ以前から城南大学の関連情報に注目していた人、それに、こうしたユエミュレム姫の文章に接して興味を持ちはじめた人々なども出はじめて、問い合わせや反響は徐々に大きくなっていった。

 こうした問い合わせや反響については牧村研究室の面々が手分けしてチェックをし、必要と判断したものだけを選別してユエミュレム姫に手渡し、それ以外のものは研究室の面々回答したり削除したりして対応した。

 場合によっては、ユエミュレム姫の回答とともに同じブログに掲載することもあったが、有意な反響はさほど多くなく、大半は他愛のないファンレターか単なるいたずらや罵倒、悪態などのスパム情報であり、ノイズ比が高かった。

 ブログの内容を英訳する者が出はじめるとその反響は海外にまで波及し、特に言語学に関心がある層の間で、「あれはどうも、ガチで未知の言語であるらしい」という評判が電子の海で飛び交いはじめ、マニアックな注目の浴び方もされるようになった。サンプルとなる例文集が多くなればなるほど、エリリスタル王国語が「人工言語などではない」という傍証が増えるわけだから、当然といえば当然の帰結といえた。


 そんなわけで、本来ならばまるで知名度がなかったユエミュレム姫もネット上では「知る人ぞ知る」的なネームバリューができはじめ、この前に刊行した書籍の方は、地味に増版を重ねることになった。とはいえ、ジャンルがジャンルであるし、客観的にみたときの発行部数もたかが知れているわけだが。

 現に、ユエミュレム姫が受け取る印税の金額は、映像を撮影した際にお願いしたメイクやスタイリストへ支払った報酬を下回るほどであり、金銭的な面のみに注目するのならば、この事業はユエミュレム姫個人にとって完全に持ち出しであり、赤字なのであった。

 ユエミュレム姫にとってはそうであっても、版元である出版社の方は、初期の期待値が低かった分、今回の成功を好意的に受け止めており、web上にあげた映像を編集したDVDを付属した版もすぐに企画段階から驚異的な早さで出版され、流通に乗せられた。この手の企画は水物であり、機を逸すると売り上げを取りこぼす、という認識があったからかも知れないが。

 どういう購買層が買っていくのかよくわからないが、こちらのDVD付属版も、ともすれば最初の、DVDが付属しない版以上の勢いで売れはじめた。この頃から、棚を占有して平積みにしたり、派手なポップをつけたりする書店が現れはじめる。

 おおよそ実用的ではない、このような書籍のいったいどこに購買意欲をそそる要素があるのか、当のユエミュレム姫は理解不能であり、当惑もさせられたものだが……売れないよりは売れて関係者一同が潤う方がよいということもまた事実であり、この結果については戸惑いつつも喜ぶことにした。


 書籍版の好調については、ユエミュレム姫よりもむしろ牧村研究室の面々の反応がよかった。

 どんなジャンルであれ、地道な研究生活というのは基本的に変化に乏しく、目に見える反響を受け取る機会が少ない。どんなに良質なペーパーを発表しようが実際にそれに目を通すのは専門家だけであり、その人数もおのずと限られている。どんな形であれ、反応が帰ってくることの方がレアケースなのだった。

 そこに、書籍の売り上げとweb版の反響である。

 目に見える反応が多く寄せられたことで、研究室の中は俄然活気つき、研究に対するモチベーションも一気に盛りあがることになった。この場合の「研究」というのは、エリリスタル王国語のより詳細な解析になるわけだが、来春の本格的な講座開設にむけて準備をする必要もあり、ここに来ての熱意が高まることは誰にとっても歓迎されるところだった。


 ともあれ、ユエミュレム姫と牧村女史の研究室は協力してエリリスタル王国語用の教材をより完璧なものにする作業に余念がない最近である。

 当面の目標にむかって邁進する彼らは、充実した年末を迎えようとしているところだった。


 一方、完爾の方はというと、充実しているかどうかは疑問が残るところだが、相変わらずの毎日を送っていた。

 基本的に、仕事仕事仕事、ときどき、委員会の召集に応じる、といった感じの毎日であり、あまりにも変化に乏しいためいちいち詳細に記述する必要性がさほど感じられないほどだ。

 変化らしい変化といえば、最近、連絡が取りずらくなっていた靱野から電話があり、「大佐」という存在について少しはなすことができたことくらいだろうか。


『……あー。

 あれは、あまり相手にしない方がいいと思います』

 開口一番、靱野はそういってきた。

「相手にすると、なにかヤバいんですか?」

 完爾は、当然、聞き返す。

『ヤバいというよりも、際限がないっていうか……』

 電話のむこうで靱野は、懸命にこの場にふさわしい言葉を探している風であった。

『門脇さんの実力なら、あれをどうにかするのはさほど難しいことではないでしょう。

 だけど、あいつは、何度敗北しても復活してやってきます。

 それも、復活するたびに微妙に強くなっていきます。

 まともに相手にするだけ、疲れるだけです』

「……なんですか、そりゃあ?」

 靱野の言葉を理解した完爾は、数秒、絶句した。

「その調子でどんどん強くなっていけば、しまいにはおれよりも……」

『そういう可能性も否定はしませんが、門脇さんをどうにかするレベルまで成長させるには、それこそ何十万回って戦闘を繰り返すことが必要となるはずです。

 そこまで、あいつにつき合いたいですか?』

「……どんな嫌がらせだ、それは……」

 完爾は、頭を抱え込みたくなった。

『だから、無視するのが一番得策だったんですけど………でも、もう遅いかな。

 門脇さん。

 あいつを、もう一度退けちゃったんですよね?

 そうなると、しばらくはつきまとわれることになると思いますけど……』


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