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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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反響ですが、なにか?

 牧村女史とユエミュレム姫の手による「エリリスタル王国語会話入門」は恙なく校了し、あとは実際に出版され流通に回るのを待つばかりととなっている。こちらは新たに書き起こした原稿というのはほとんどなく、過去に二人で蓄積してきたデータを編纂し、いかに理解しやすいものに仕上げるかということが作業の主眼となったから、当初想定していたほどの手間はかからなかったようだ。

 校了するのと前後して、城南大学のサーバーに編集が終わった動画などがアップされはじめた。

 実際に著作が店頭に並ぶのよりも少し先行しての公開となったが、反響はそれなりにあるらしかった。

「【宇宙語?】城南大学がわけのわからない言語を本気で広めようとしている件【電波?】」などのスレタイで某大手匿名掲示板で紹介されたのをきっかけとしていくつかのまとめサイトに情報が取り上げられ、アクセス数が飛躍的に増大した。

 城南大学のサイトに「エリリスタル王国語会話入門」の通販を申し込めるリンクを貼っていたこともあって、書籍の方の予約数も一気に膨れ上がり、発売前に増刷が決定したほどだ。

 そして、城南大学の牧村研究室宛には、

「あの言語はなんなのか?」

「あの講師の女性の正体は?」

 などの問い合わせが連日フォームで送られてきて、急遽、その解説ページ専門のQ&Aコーナーを設けなければならなかった。


Q1.あの言語はなんなの?

A1.この地上のどこにもない国、エリリスタル王国の公用語です。

 この言語を取得すれば、あなたもいずれ魔法を使えるようになるかも知れません。


Q2.あの講師の女性の正体は?

 エリリスタル王国の王女様、ユエミュレム姫です。

 現在は日本の某所で主婦をしています。


 といった具合の、多少の事情を知る者がみれば事実だと判断でき、そうでない大多数の人々にとってはどこまで本気で書いているのかよく判断できない情報がずらずらと記載されるようになった。


 牧村女史の研究室所属の有志で、関連ページの英語化も進行しており、ネットのごく一部では、それなりに注目されはじめたようだった。

 もちろん、その多くは他愛のない興味本位の注目でしかないわけだが、中には、言語とか暗号とかの解読に執念を燃やすマニアという者もいて、公開されている僅かな情報からエリリスタル王国語が人造言語などではなく、極めて自然な発展を遂げた、しかし、この地球上には存在しないはずの言語である看破し、主張する者たちも少なくはなかった。

 そのことを知ったとき、完爾などは、

「……その分析能力を、もっと世の中の役に立つことに使えよ」

 などと思ったものだが。


 そこまで分析的なものの見方をしていない大部分の人々は、もっと興味本位な、いいかえればミーハーな接し方をした。

 ユエミュレム姫の画像や動画をコラージュの対象にしたり、エリリスタル王国語の物まねを某動画サイトで生中継したり、某歌声シーケンサーにエリリスタル王国語の歌を歌わせたり、と、まあ、おおむねそんな反応の方が大半だったりする。

 その多くは馬鹿馬鹿しい内容で、ときには下品ですらあったが、完爾やユエミュレム姫はそのすべてを黙殺することにした。

 いちいち反応しなければならない理由というものがなかったし、それ以上に、放置しておいても害はないと判断できる反応ばかりだったからだ。


 そんな雰囲気の中で「エリリスタル王国語会話入門」は発売され、そのまますぐに予想をはるかに超える売り上げを記録した。重版分もすぐに捌けて、急遽発売が決定したDVD付属版にも予約が殺到した。

 興味本位の購買層はともかく、来春から本格的に始動する予定である文科省主催のエリリスタル王国語講習に参加する予定の人たちは確実に購入するであろうから、一定数の売り上げは期待できるものと、完爾は予想してはいたのだが……実際には、それ以上の売り上げがあったことになる。


 そして、予想以上の売り上げに気をよくしたのか、出版社主催で慰労会なるものが企画され、関係者一同が招待されることになった。

 もちろん、そこには完爾たち夫婦も招かれることになる。


 そうした動きとは別に、完爾は完爾で相変わらず本業や例の委員会関係の用事に忙しく動いていた。

 委員会関係といえば、最近では面会する人の種類がだんだん変わってきている。

 誰の仕切かはしらないが、学者は学者でもそれまでの法学者とかから、理論物理学とか素粒子力学がどうこうとか、完爾にもよく理解できない、なんだか難しそうな学問の偉い先生方に引き合わされる頻度が徐々にあがってきた。


「だいたいにおいて、物理学なんてものはだね。

 二十世紀の初頭にはおおむね完成してしまった学問なんだ」

 ある偉い先生は、そういった。

「はあ。

 そうなんですか」

 学がないことを自認する完爾としては、生返事をするしかない。

「それが、だね。

 今頃になって、こんな……これまでの理論体系では説明できない物体を持ってこられるとは……」

 その先生は、完爾の会社の製品を握りしめて、うつむく。

 別に完爾が手土産に持参したわけではなく、完爾が来室する前からこの先生が持っていた、ネックレスだった。

「……こんな、こんなことが……あっていいのかっ!」

 そういって、その先生は顔をあげた。

「この物体の特性は、従来の理論ではとうてい説明しきれない。

 異常だ。あきらかに、異常だ。

 しかし、現にこうして存在している以上、その存在を認めない訳にはいかないのだ。

 さあ、説明してくれ。その魔法について、知っていることをすべてはなしてくれ」

 そんな感じで、完爾は根ほり葉ほり、時間いっぱいまで質問責めになることが常だった。

 こういう知的好奇心が強い人に限って、あらかじめ集められる限りの情報を集めているものだから、余計に始末が悪い。

 適当に誤魔化そうとすると、鋭い指摘をしてきて、完爾がぼやかした部分を明確にしてくるのだた。

「いや、ですから、魔法を使えるとはいっても、なぜその魔法が発動するのか、その原理までは誰も理解していないわけです。

 いわば、経験則の世界でありまして……」

「それは、君だけではなく、その世界の住人すべての人にとってもそうだったのかね?」

「どこか遠いところにいる賢者とか呼ばれる人は、魔法を含めて一切合切のことを説明できるほどの知恵を持っているとされていましたが……この人に実際に面談した人は、実在が確認されていません。

 いわば、伝承とかおとぎ話のたぐいでして……そうしたいい伝えを例外にすれば、日常的に魔法を使っている人々は、その作動原理なんてまるで意識することなく使っていましたね。

 こちらの人たちだって、なぜ重力があり地球上が大気に包まれているのか、特に疑問に思わずに過ごしている人の方が絶対的に多いじゃないですか」

「……魔法の存在は、自然現象と同じだというのか?」

「そちらの世界では。

 現に在るものについてわざわざ疑問に思う人は、そんなに多くないんですよ」


 困ったことに、こうした「しつこく質問をしてくる先生方」に、日本政府は優先的に先日の富士演習場での実験データを渡して分析を依頼しているようなのだった。

 完爾としては、完爾たちが使う魔法がこちらの科学のフレーム内で説明できるようになるのであれば、それはそれでめでたいことだと思っている。

 しかし、現実にいずれその日が来るにしても、普通に考えればその日までには数年から数十年くらいの時間が軽くかかってしまうだろうな、と、そのように予測している。


 そうこうしているうちに秋は深まり、十一月も残すところ数日を数えるのみとなった。

 完爾はユエミュレム姫と駅前で待ち合わせ、都内某所で行われるという出版社主催の慰労会やらに顔を出すことになった。

 要するに、飲み会だろうとは思っているものの、今後のつき合いなどを考えると無碍にするわけにもいかなかった。

 なにより、ユエミュレム姫と二人でどこかかに出かけるという機会はこれまでにも数えるほどしかなく、たかが飲み会といえども貴重といえば貴重なのであった。


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