事情聴取ですが、なにか?
是枝女史にお茶を出してから翔汰を子ども部屋に連れて行って着替えさせ、「怪我をするようなことをするな。悪いことはするな。なにかあったらすぐに帰ってきて報せること」とよくいいきかせて近くのこうえんで遊んでいなさいと送り出す。
リビングに戻るとユエミュレム姫が是枝女史の名刺をしげしげとみつめて神妙な表情をしていた。
「それで、是枝先生は、姉の千種が依頼した……ということでよろしいんですよね?」
是枝女史の対面、ユエミュレム姫の隣に座った完爾が切り出す。
「依頼というか、相談というか。
聞いていませんか? わたし、千種とは二十年来の友人でして……」
「初耳です」
実際、初耳だった。
確かに、是枝女史の年齢からいっても千種と接点があってもおかしくはない。
二十年前……となると……。
「学生時代の?」
「高校、大学と一緒でした。
学部は違いましたが、サークルが一緒でして……」
「はぁ。
サークル……ですか」
そういわれても、大学に通った経験がない完爾にはどうにもピンとこないのであった。
部活動の延長みたいなもんかな?
千種は確か、あれでも一応、某国立大学を出ているというはなしだったが……。
「それに、完爾さんの件でもそれなりに相談に乗ってきた経緯がありますし」
「……それも、初耳です」
確かに、状況を考えてみれば、それなりに専門知識があるアドバイザーがいたとしてもおかしくはない。
……千種がなぜ今まで是枝女史のことを完爾に説明していなかったのか……という点に、若干、不審な感じは持ったが。
「それで、本日はどのようなご用件で」
「いえ、そんなに堅くなるほどのことでもないんですけどね」
是枝女史は、口に手を当てて小さく笑い声を漏らした。
「完爾さんと奥さん、別の世界から来たっていうおはなしなんでしょ?」
「……はい?」
「ですから、本日は個人的な興味からむこうでのアレこれを詳しくお聞きしたいかなーって思いまして」
「ええっと……それ、姉から……聞いたんですか?」
完爾は目前の女性の姿を改めて確認した。
姉の千種と同年輩なはずだが、姉よりは肉づきがよい分、貫禄があるように見えた。とはいえ肥満とかいう領域に入っているわけではなく、姉の千種の方が標準よりずっと痩せているだけだ。そのおかげでユエミュレム姫にも千種の服では入らず、ぶかぶかの完爾のスゥエットなどを着用させている。今のところ、室内着だけしか必要になっていないので問題にはなっていないが、長期的なことを考えれば、下着も含めてはやいうちに買い出しにいく必要があるだろう。
……ではなく!
「さあ、どうでしょうか?」
落ち着きはらって完爾の視線を受け止める是枝女史は、なるほど、駆け引きにも長けた、「できる弁護士のセンセイ」らしい風格を感じる。
「仮に千種から詳しく聞いていないにしても、これだけ条件が絞られてくれば、それなりに推察が可能なものだと思いますけど」
十八年間行方不明であった完爾自身。
完爾の期間から半年後にいきなり現れた、どこから来たのか説明ができない母子。
「タイムトラベルとか異星人とかいう可能性も考えたのですが、突拍子もなさではどっこいどっこいですし……。
それに、以前に千種に、風変わりな硬貨を見せてもらったことがあって……。
その硬貨になされていた浮き彫りも大変に珍しいものでしたが、それ以上に驚いたのはその成分で……」
「……調べたんですか?
っていうか、姉が、預けたんですか?」
「無断でお預かりして、調べさせていただきました」
……あっ。これはウザいわ……と、完爾は以前千種かからメールで受け取った忠告に対して内心で頷いてみせた。
「通常、それは窃盗にあたる行為だと思うですが……それで、なにか珍しいことでも」
「形状的なことをいえば……現在知られているどんな硬貨とも違うものでしたね。
いくつかの伝手を使って調べてみたのですが……まったくの未知の硬貨だということです。
それに、浮き彫りの中にあった文字らしきものについても……まったく知られていない言語系のものであるということで……。
その割に、年代を測定してみれば百年にも満たない歴史しか持たない物質であるそうだですし……」
……そこまで厳密に調べているのかよ!
ここまで聞いた時点で、完爾は頭を抱えたくなった。
「どっかの物好きが勝手に作って秘蔵していたとか……」
「そう考えるのが合理的なんでしょうけど……。
少しね、それだけでは説明がつかないことがありまして……」
「それは……具体的に……」
「不自然に、硬いんです。
金貨も銀貨も大変に純度が高く、ほとんど純金、純銀といっていいほどだったんですけど……その割には、傷一つあるわけではなく……。
ご存じかどうかは知りませんが、銀はともかく、金というのは合金にしないままですと大変に柔らかい金属ですから……」
あ、あ、あ……。
そっちで、ひっかかったかぁー……。
「むこうでは、永続的に硬度を増す魔法とか、意外に一般的なものでして……」
こと、ここにいたっては、完爾としても腹を括って白状するしかない。
元々、なにが何でも秘密を守る! と悲壮な決意を固めていたわけでもなく、無配慮にふれ回ればいらぬ関心を呼んで身動きが取れなくなる考えて、失踪時のことを必要以上に外に漏らさなかっただけなのである。
これだけ予備知識を用意した上でこちらのはなしを聞きに来た人間に対して必要以上にかたくなな態度をとっても、あまりいいメリットがないのであった。
「魔法……というと、未来でも異星でもなく、異世界の方ですか?」
「ええ。
認めたくはありませんが、おれ、異世界で勇者やってました」
ああ。口に出してこういうと、すっげぇー陳腐な設定だよな……と、完爾は思った。
「つまり簡単いいうと、完爾くんがむこうで暴れてこちらに戻ってきた後、奥さんと娘さんが完爾くんを追いかけてきた、と……」
半ば予想した答えであったためなのか、是枝女史はとくに驚いた様子もなく完爾がかいつまんで行った説明をふんふんと頷きながら一通り聞き終えた。
「ごく簡略化して説明しますと、そういうことになりますか……」
完爾は、なぜだか覇気のない様子で答える。
その内心は「もうどうにでもなーれ!」であった。
「なるほど、わかりました。
それで今回問題になるのは、こちらの奥さんとお嬢さんの国籍取得ね。
うん。
それについては任せてちょうだい。
千種から聞いていると思うけど、基本的な方針はあのままでも十分にいけると思うから……」
「国籍って、そんなに簡単に取れるもんなんですか?」
「そんなに簡単には取れないわよぉ。
日本以外でも、今はたいていの先進国では違法な移民に悩まされているわけだし。
陸続きな分、日本よりもヨーロッパあたりの方がよっぽど深刻ね。パリやロンドンなんか、今では白人の方が少なくなっているっていうし……。
でも、そうした排外的な姿勢っていうのは不正規な方法で入国したり就労したりしている人たちに適用されるものであって、でもこちらの奥さんとかお嬢さんとかは、そういうのとはまるで違うわけでしょう?
確かに奥さんたちの場合、正規の入国手続きを踏んでいないという意味では密入国者であるともいえます。
でも、本国に送還しようにその方法もないわけだし、そもそもその本国がこの地上にない。帰る方法もわからない。
それに、本人の意図しないところでいつの間にかここに来ていたという経緯を考慮しても、密入国者というよりは漂着民か難民として扱う方が妥当だと思うのだけど……」
「そりゃあ……まあ」
「他の国の人たちが不正に国籍を取得しようとする場合と、正規の手続きを踏んで帰化しようとする場合とでは、対応が違うのは当然です。
それに、奥さんたちの場合は、こちらのご家族が身元引受人になることを承諾して自発的に生活を保証しているわけで、なんにも問題ありません。なにか問題になりそうだったら、連絡してもらえればこのわたしも身元を保証します」
本業のこととなると、流石にな頼りになりそうだった。
「そんなことよりも、完爾くん」
「……はい?」
「むこうでのご活躍、ちゃっちゃと吐いて貰いましょうか?」
そういって是枝女史は、ICレコーダーを完爾に向けた。
「その、血脇肉踊るという冒険のおはなしを可能な限り詳細に……」
そこまでいいかけたところで、無粋な電子音が鳴り響く。
「はい。
あ、千種?
うん、そう。居るよ。もうあんたの家に居て、完爾くんと可愛いお嫁さんが目の前にいる。
え? 困るっていっても、相談してきたのはあんたの方でしょうが!
文句をいうとあれだぞ、あんたの黒歴史の薄い本、うっかりスキャンしてうっかりネットに晒してやるぞごらぁ!
うん。うん。
わかればいいんだ、わかれば。
そう? うん。
それじゃあ、そういうことで……」




