ユエルGO7
今回少し短いです。
「キュ?」
強烈な発光が収まると、割れた卵殻の上に全長四十センチ程度のトカゲがいた。
そのトカゲの周囲には、未だに魔力が可視化したような微弱な光が瞬いている。
「なんだったんだ、今の光は……」
「私にもわかんないよ……シキが何かしたんじゃないの?」
「お、俺は何もしてないって。……あ、いや……何もしてなくは、ないかもしれないが」
言ってから気づいたが、何もしてなくはない。
ついさっき、全力で魔力を込めたエクスヒールをかけた。
でもそれは「ドラゴンが健康に産まれればいいな」程度のささやかな気持ちからであって、それで卵が発光して孵化するなんて想定すらしていない。
「キュー」
未だぼんやりと光るトカゲに目をやれば、トカゲは慌てる俺とルルカに目もくれず、ただユエルをじっと見つめている。
……並べて見て、一つ気づいた。
トカゲの銀白色の鱗は、どこかユエルの髪の色に似ている気がする。
「う、産まれたんですよね……」
ユエルが、ポツリと呟く。
そしてどこか戸惑うような雰囲気をさせながらも、トカゲに向けてゆっくりと両手を伸ばした。
「キュ!」
トカゲがユエルの両手に飛び乗る。
そして、すぐにユエルの指にその頰を擦りつけた。
その動きは、親しみを示すような仕草に見える。
「っ……!」
それを見て、ユエルの表情がパァっと華やいだ。
それから、俺の方を見る。
「ご主人様、産まれました! 元気に産まれましたよ!」
実際にトカゲに触って、現実味を感じたのかもしれない。
ユエルは興奮を抑えきれないのか、俺に何度も報告してくる。
「あぁ、ユエルが頑張って卵を温めたからだな。よくやったぞ」
「は、はい!」
褒めてみると、ユエルは瞳に薄っすらと涙を滲ませ、感無量といった雰囲気になった。
トカゲの頭を、慈しむように軽く撫でてもいる。
「うーん、でもこの子、どう見てもアースドラゴンじゃないよねぇ……なんか光ってるし、銀色だし……」
「……そういえば聖書に書いてあったんですけど、昔の聖人様も輝くドラゴンをペットにしていたそうです。……色は、こんな銀色じゃなかったみたいなんですけど」
ユエルが興味深いことを言った。
過去の聖人も同じようにドラゴンを育てていたのか。
まぁ、聖書の時代は戦争の時代だ。
ドラゴンのような戦術的に有用な魔物の飼育も、おそらく今より盛んだったんだろう。
「……それなら、やっぱりこれは俺の魔力のせいみたいだな」
聖人の共通点といえば、膨大な魔力だ。
直前の俺のエクスヒールの件もあるし、やはりこれは俺の魔力のせいでドラゴンが変質したと見るのが正しいだろう。
「……でもアースドラゴンの卵から生まれたのにアースドラゴンじゃないなんて、やっぱり不思議です」
「ドラゴンは謎が多い生き物だからねー。稀に親と別種に育つこともあるって聞いたことあるよ。……前に読んだ物語の中のエピソードなんだけど」
稀に、ということはただ魔力の影響を受けるというだけではなくて、何か条件があるのだろうか。
一定以上の魔力に晒されると、その魔力元の影響を強く受ける……とか?
……変な生態だが、アースやファイアといったようなドラゴンの属性は卵時の魔力環境の要因により変化したもので、元は一つのドラゴンという種である……という風に考えれば理屈は通る。
普通は親ドラゴンの影響が一番強いはずだから、余程魔力の強い人間の側にでもいないと簡単に別種になったりはしないだろうし。
「でも、銀色のドラゴンなんて初めて見たなぁ。なんかかっこいいね。光ってるし」
「……このドラゴンの鱗が銀色なのは、俺の魔力に混じってユエルの魔力が入ったせいかもな」
俺がそう呟くと、ユエルが解説を求めるように俺を見た。
推測を全部話してもこんがらがるだろうし、ザックリ要約して伝えてやる。
「おそらく、ユエルが温めながら卵に溜め込んで魔力と、俺の注ぎ込んだ魔力が混ざり合って、俺とユエルの特徴を引き継いだドラゴンが産まれたってことだ」
「……アハハ、なんかそう言われると、まるでシキとユエルちゃんの間にできた子供みたいだね」
ユエルが反応する前に、ルルカが微妙な笑みを浮かべてそう言った。
確かに俺も一瞬それっぽいなとは思ったが、思ったとしても口に出さないでほしい。
ユエル、そういうこと意識しちゃうから。
「ご主人様との、こ、こども……!」
予想通り、大きく目を見開いた後、そのドラゴンを優しく両手で抱きしめるユエル。
でも俺とユエルにもし子供ができたとして、そんなトカゲ百パーセントな容姿にはならない。
発光も多分しない。
「ねぇユエルちゃん、私にも抱っこさせてくれる?」
ユエルの様子を見て自分も触ってみたくなったのか、ルルカがユエルの返事を待たずに手を伸ばした。
「キュ!?」
悲鳴のような声と共に、ユエルの背中……髪の中にトカゲが逃げる。
……どうやら、ユエル以外には人懐っこく近づいたりはしないようだ。
孵化してすぐユエルを見ていたし、おそらく刷り込みみたいなものが働いているんだろう。
「えぇ!? ユエルちゃんは良いのに私は駄目なの!?」
「ユエルは卵の時からずっと温めていたから、親だと思っているんだな。きっと、卵の中からでもユエルのことがわかっていたんだろう」
喜んでいるユエルに水を差すのもアレなので、少し盛って伝える。
でも魔力に反応する生物だし、案外本当にそうかもしれない。
「い、いいもんね、触るチャンスはいくらでもあるんだし……それよりユエルちゃん、その子のお世話、できる? 懐いちゃったみたいだけど」
「お世話……わ、私が育てていいんですか……?」
「うん。多分、その様子じゃ私が餌をあげても食べてくれないだろうし。ユエルちゃんが育ててくれると助かるな」
そうか、ドラゴンは哺乳類じゃないから母ドラゴンの乳ではなく、餌を与えないといけないのか。
そしてそれをできるのは、子ドラゴンに親認定されたユエルだけ。
どうやら卵から孵化させるだけじゃなく、ドラゴンの子育てまでユエルがやることになりそうだ。
……またルルカから面倒な仕事を任されてしまった。
でも――
「ご主人様っ、私、大切に育てますね!」
ユエルは、笑顔を浮かべて俺にそう言った。
その笑顔を見て思う。
このドラゴンはきっと、ユエルにとって良いパートナーになる。
なんとなく、そんな気がした。
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