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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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ユエルGO6

異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってますのコミカライズ4話が更新されました。修羅場回です。よかったら是非!

http://webaction.jp/Mcomics/


 フランが帰った後、ユエルは宿のベッドに腰掛けながら、どこか不安そうな顔をしていた。

 なぜそんな顔をしているのかといえば、フランが別れ際に言ったあの助言が原因だろう。


「ご主人様、ドラゴンの孵化に魔力が必要なんて、わたし全然知らなくて……大丈夫でしょうか……」


 大きく膨らんだお腹を両手でギュッと押さえながら、ユエルが聞いてきた。


 フランの話しぶりだと、魔力がなければ卵が死ぬ、というような感じではなかった。

 おそらく、魔力があれば尚良い、程度のニュアンスで言ったんだろう。

 だが、ユエルの受け止め方は違ったようだ。


 その雰囲気は、まるで本当に子供を守ろうとする母親のよう。

 きっとこれまでただ温めるだけではなく、本当の我が子のように愛情を注ぎながら、孵化の日を楽しみにしていたんだろう。

 「もし自分の無知で卵を殺してしまっていたら……」ユエルの中では、そんな不安が膨れ上がっているに違いない。

 これがマタニティーブルーってやつだろうか。

 疑似だけど。


「まぁ、フランは魔力がなくてもそう簡単に死んだりはしないと言っていたしな。大丈夫だろう」


 あまり明確な根拠はないが、かといって「ドラゴンの卵は美味いらしいし、死んでたら食べて供養しようぜ!」なんて言えばユエルが布団を被って泣き腫らすことは間違いない。

 とりあえず安心させるための言葉だけでもかけておく。


「はい……」


 ユエルはまだ暗い表情だ。

 まぁ、当然か。

 今の言葉で納得するなら、そもそもこんなにユエルは不安がってない。

 いくら俺が治癒魔法を使えるといっても、既に卵が死んでいたらなんの効果もないわけで。

 ……こんなことなら、フランからその情報が書いてあったという本を借りておくべきだったな。


「うーん、魔力、魔力なぁ……」


 何かユエルを安心させる材料がないかと、少し考えてみる。

 魔力、魔力……。

 ……そうだ、魔力といえば、フランから攻撃魔法を教わった時に聞いた知識があった。


 ――この世界の生物は、常にいくらかの魔力を垂れ流している。


 その流出量は、魔力の少ない者程少なく、俺のような膨大な魔力を持つ者となると大量になる。

 ゲーム的に言えば、MP最大値が高ければ自然回復量が多くなり、その自然回復した分が溢れ垂れ流されているようなイメージだろうか。


 フランの言っていた『ドラゴンの卵の孵化には魔力が強く関係する』というのは、もしかするとそのあたりに理屈があるのかもしれない。


 ドラゴンという生物は、よく魔法を使っている。

 これは以前ルルカと世間話をした時に聞いたことだが、ブレスは言わずもがな、重い自重を支えるための身体強化や、空を飛ぶ時には風魔法で補助……現実にはありえない生物ならではの物理的な矛盾を、ドラゴンはだいたい魔法でなんとかしているらしい。

 そうであれば、ドラゴンは普通の人間と比べればかなり多い魔力量を持っていると考えていいはずだ。

 つまり、魔力の流出量もそれだけ多いということになる。

 そして、それだけの魔力を流出させた状態で、普段ドラゴンは卵を温めている。


 フランの言っていたことが、その状況の再現のためだとすればどうだろうか。


 卵が親から漏れ出た魔力を吸い上げ成長しているとして、ただの人間が育てようとすれば漏れ出る魔力が足りず、卵の成長は不十分になる。

 だが、ユエルの場合は常にドラゴンの数倍、下手したら数十、数百倍以上の魔力を垂れ流す俺のそばにいたわけだから、卵が糧とする魔力が不足したという状況はありえない。

 しっかりと成長した、健康なドラゴンが産まれるはずだ。


 ……これならユエルも安心するんじゃないか?

 適当にユエルを誤魔化せる話をでっちあげるつもりだったのだが、これはこれで筋が通っている気がする。

 とりあえず、この仮説をユエルに話してみよう。


「――ということなのかもしれない。だから、俺のそばにいたユエルの温めていた卵は、何ら問題がないということになる」


「っ……! ご、ご主人様、すごいです……!」


 仮説をストンと飲み込むことができたのか、驚きながら俺を見るユエル。

 表情も、先程のような青い顔ではなく、どこか希望が差しているように感じる。

 効果覿面だ。


「この子は私とご主人様、二人で育てていたんですね……」


 そして、卵を愛おしげに撫でながら、ユエルは呟いた。

 俺の方を再びチラッと見て、嬉しそうにはにかんでもいる。

 「はじめての共同作業♡」という感じのことが言いたげな雰囲気だ。

 まぁ、ユエルが体温を、俺が魔力を供給したのだから、共同作業といえば共同作業ではあるけれど。


 ……でも、これで仮説が外れて、実際には卵が死んでたら洒落にならないな。

 ユエルは更に卵への想い入れを深めたように見える。

 今のユエルなら、もし卵が腐敗を始めても、光を失った目でその卵を温め続けるかもしれない。


 確認が必要か。


「ユエル、ちょっと卵を保温してる布をとってみてくれ」


「……? どうするんですか?」


 ユエルは一度卵を服の外に出すと、卵を保温するために巻いていた布を外した。

 それから、再び自分の肌で温めようとしているのか、それをワンピースの中にしまい、お腹の位置にセットする。


「そろそろ、動いたりしないかと思ってな」


 このドラゴンの卵は孵化まで、確かあと二週間といったところだったはずだ。

 俺の仮説が正しければ、このドラゴンの卵は俺の膨大な魔力を餌としてすくすくと育っている。

 生きているなら、既に肉体がある程度できていてもおかしくはない。


 そのまま、卵……ユエルのお腹に耳を当てる。

 ワンピース一枚しか隔ててないおかげで、硬質な殻の感触が直に伝わってきた。


「っ……!」


「今はあまり動かないでくれ」


 一瞬卵が動いたのかと思ったが、ユエルがピクッと震えただけだった。

 だが、もし死んでいたら傷が浅い内に上手いことユエルを言いくるめて「卵は遠いところに行ってしまったんだよ」ということにしなければならない。

 確実な安否確認が必要だ。

 耳の間隔を研ぎ澄ませ、卵の様子を確認する。


「ご、ご主人様、何か聞こえますか……?」


 しばらく耳を当て続けるが、卵が動くような気配はない。

 ……死んでいるのか、それともまだ身体ができていないのか。


「何も聞こえないな……あぁ、そうだ」


 ふと思い出した。

 そういえばフランが去った時に、卵に治癒魔法をかけてやろうと思っていたのに、まだかけていなかった。

 もし卵に不調があっても、死んでさえいなければそれで全快になるはずである。

 かけて損をすることはないし、忘れないうちにかけておこう。


「ユエル、治癒魔法をかけてみていいか?」


「っ……! はい、お願いしますご主人様」


「よし、エクスヒール!」


 卵に耳を当てたまま、治癒魔法を発動する。

 最初から全力全開のエクスヒールだ。

 ユエルのお腹のあたりが、優しい緑色の光に包まれる。


「……ん?」


 なぜか、いつも以上に大量の魔力が身体から抜けていくような感覚があった。

 そして――


 ――コト、と卵の中で何かが動く気配がした。


「ユエル、今っ……!」


「はい、動きました! 赤ちゃんが動きました!」


 ユエルが表情を綻ばせる。

 しかも治癒魔法でよほど元気になったのか、まだ卵の中で何かが動いているような音がする。


「やはり仮説は正しかったか。順調に育ってるみたいだな」


「はい、赤ちゃん、元気そうで良かったです!」


 俺も、ユエルが元気になってよかった。

 ……でもやっぱり、「ドラゴンの」赤ちゃんとしっかり言って欲しい。


「産まれるの、楽しみです……」


 だがユエルは、どこか疑似妊婦の今を楽しんでいるような気がしないでもない。

 実害がないわけではないが、これだけ幸福そうにしているところにわざわざ水を差すこともないだろう。


 それに、そんなユエルを見ていると、自分もどこか感じるものがあった。


 俺も結婚した身だ。

 今はまだ機会を伺っているタイミングだが、もう少しすれば夫婦の営み的なこともしっかりすることになるだろう。

 やればできる。

 いつか本当に、俺の子供が産まれる。

 ……想像はできないが。


「子供、か……」


「……あ、あの、ご主人様はやっぱりエリスさんたちと、その……」


 俺がポロッと漏らした言葉をしっかり聞きとったのか、ユエルが何かを言おうとする。


 そしてユエルが話しかけてきた瞬間、あるイメージが脳裏を過った。

 エリスやルルカ、聖女のフィリーネが赤ん坊を抱えている中、まだ子供のユエルはどこか寂しそうにただ俺を見ている……そんなビジョンだ。

 もしかすると、ユエルにとってその未来は、かなり実現性の高いものとしてあるのかもしれない。

 まさかユエルが子供が欲しいと今の時点で考えているとは思わないが、自分だけが仲間外れになる……そんな予感に近いものを感じていたとしても、おかしくはないだろう。


 ……だけど、そうだとしてどうしよう。

 もしユエルにそのあたりのことで不安を吐露されたとして、俺に何ができるだろうか。

 まだ幼いユエルにはナニをするわけにもいかないし、何もできない。

 そんなことを考えていると、


「シキ! 本当にこんなところに居たんだね……もう、皆すっごく探してたよ?」


「あ、ルルカさん……」


 バタンとドアの開く音とともに、声が聞こえた。


 ルルカだ。

 ルルカが、なぜか部屋の入り口にいる。

 ……多分、俺がここにいるという情報が、どこかから漏れたのだろう。

 まず屋敷に戻ったフランが喋ったと見て間違いない。


「……俺は帰らないぞ」


 だが、たとえルルカが説得に来ようと、俺は帰るつもりはない。

 というかそもそも、ルルカがユエルにマタニティーウェアを着せ逃げしたりしなければ、あんな誤解は生まれなかったわけで。

 少なくとも俺には、ユエルがドラゴンの卵を孵すまではこの宿に籠る覚悟がある。


「シキ、私も悪かったし一緒に誤解も解いてあげるからさ、ほら……って、あれ? ユエルちゃん、お、お腹、光ってないっ!?」


「だから、帰らないって……は?」


 ルルカが突然変なことを言った。

 一瞬何を言っているのかと思ったが、見てみれば確かにユエルのお腹が光っている。

 銀白色の光が、マテニティーウェア的なワンピースを透けているのが見える。


「わ、ほ、ほんとです……!」


 ユエルも今気づいたのか、慌てたように服の中から卵を取り出した。

 同時に、ベッドの上に白っぽい欠片が落ちる。


 ……卵の殻だな、これ。

 

 卵本体の方を見ると、ピキピキと現在進行形でひび割れが入っていた。

 そして、そのひび割れの奥から、眩いばかりの光が漏れている。

 まるで中のドラゴンが卵を自分から壊そうとしているかのように、ゴトゴトと動いてもいた。


 孵化しているのだろうか?

 でも、どう考えてもこの"光"は普通じゃない気がするんだが……。


「お、おい、ドラゴンって、こんな風に輝きながら産まれるものなのか!?」


「そ、そんなわけないでしょ! ただのアースドラゴンなんだし……な、なにが起きてるの!?」


「わっ……!」


 次の瞬間、卵にひときわ大きなひび割れが走った。

 眩しさに、反射的に目を閉じる。

 瞼を抜けて感じる程の、強烈な光を感じた。


「なんだったんだ、今の光は……」


 光が止まった後、ゆっくりと目を開く。

 すると、そこには銀色のトカゲのような生き物がいた。 


「キュ?」


 そしてそのトカゲはどこか不思議そうに、しかし真っすぐユエルを見ていた。


治癒魔法コミカライズの単行本が、12/28発売に決まったそうです。年末です。

詳細はまた後日活動報告等で告知しますのでー。是非是非よろしくお願いします。


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