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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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ユエルGO5

異世界の迷宮都市で治癒魔ホールやってますコミカライズの3話が更新されました。スライムゼリー回です。よかったら是非!

http://webaction.jp/Mcomics/

 激怒のせいか、フランはその顔を真っ赤に染めている。

 ついさっきまで和やかに話ができていたのに、今はいつ俺に攻撃魔法をぶっぱなしてもおかしくないような雰囲気だ。

 まさに瞬間湯沸かし器。

 どうやら、ユエルのお腹を見て突沸してしまったらしい。


「おいフラン、待て、とにかく落ち着けって!」


「落ち着いてなんていられるわけないじゃない! 少しは信用できるかと思ってたのに……ど、どう見ても臨月じゃないの! 決闘よ! 私が、ユエルを毒牙から救うんだから!」


「馬鹿! そんなすぐ臨月になってたまるか! お前だって、普段からユエルを見てるはずだろ! おかしいと思わないのか!」


 少しぐらい考えて欲しい。

 俺たちは、フランと普段同じ屋敷で生活している。

 つまり、屋敷の中でフランはユエルとよく顔を合わせているはずなのだ。

 そして、少し顔を合せなかっただけの短い期間で、ユエルが臨月になるなんてありえない。

 頭がきちんと回っていれば、それぐらいはわかるはずだ。


「そんなことっ……って、あれ? 確かに……どういうことなの?」


 俺の指摘に、フランは困惑したように頭を捻る。

 突然湧いた矛盾に混乱してもいるのか、決闘決闘といきりたっていた勢いも消えていく。

 どうやら、最低限話を理解するだけの冷静さは残っていたようだ。


 ……だがここで、屋敷のメイドたちの『聖人の奇跡で孕んだ瞬間即臨月説』のような、みたいなぶっとんだ発想をされてはたまらない。

 きちんと、ユエルのお腹について説明しておこう。


「ユエル、そのワンピースをめくって、中を見せてくれ」


「……中を、ですか?」


「あぁ」


「はい、わかりました」


 いつファイヤーボールを撃ってくるかわからないフランの一挙一投足を注視し警戒しながらも、後方に立つユエルに言葉で指示を出す。


「……ほら、見てみろよ。ユエルのお腹にあるのはただのドラゴンの卵でさ。別に俺が手をだしたとか、そういうわけじゃないんだ」


 フランも、ドラゴンの卵の現物を見れば、誤解のしようもないはずだ。

 フランは俺に促されるままにユエルの方を見ると、驚きに目を見開く。

 そして、どこか納得したような表情で頷いた。


「ルルカにこの卵をなんとかしてくれって頼まれたんだよ。ドラゴンの習性が原因でこのままじゃ孵化しないからって、今はユエルが代わりに温めてるんだ」


「そういう、こと。早とちりだったってわけね。でも……」


 フランは俺の左後ろ――ユエルの立っている方向を見ながら、理解を示す言葉を吐いた。

 でも、なぜだろうか。

 フランの表情に、また怒りの感情が混じっているように感じる。

 これで誤解は解けたはずなんだが。


「でも、ユエルみたいな幼い子に、こんなところで堂々とワンピースの裾をたくし上げさせて、下着を露出させるなんて……随分といい趣味してるじゃない?」


「……は?」


 いやいや、ワンピースをめくれとは言ったが、ユエルはちゃんとズボン履いてるから。


 そう思ってユエルの方を振り返ると――確かに履いてなかった。

 パンツは履いてるけど、いつものズボンを履いてない。

 ……もしかして、重ね着が暑くて脱いじゃったのかな?


 ――俺の方を見上げるユエルと目が合う。

 ユエルは一度恥ずかしそうに目を伏せるが、それからもう一度俺と目を合わせると、僅かに紅潮した顔でニコッと微笑んだ。

 ワンピースのすそをたくし上げて、その下着を晒したまま。


「どう、ですか?」


 どうもなにも、公開スカートたくし上げプレイをお願いしたつもりはなかった。

 まぁ公開と言っても、ここにはフランと、受付の奥から犯罪者を見るような目で俺を見ている宿の受付嬢さんぐらいしかいないけど。


「勘違いしたのは悪かったけど……でも貴方、ユエルと普段どういう関係を築いているの?」


 ユエルは自分が勘違いしたことに気づいていないのか、フランの言葉に反応しない。

 ……というか、ユエルはどちらかというと会話の内容より、俺の反応の方が気になるようだ。

 まるで感想を聞こうとでもしているかのように、俺の顔を窺っている。

 まさかユエルのパンツに対して「素敵だね」と言うわけにもいかないので、無言で頭にポンと手を置いた。

 ユエルはその行為を褒めと受け取ったのか、嬉しそうにはにかむ。


「……本当に健全な関係なの?」


 聞きながら、俺とユエルを交互に見るフラン。

 今フランの目には、スカートをたくし上げたことを褒められ喜ぶユエルと、その頭に手を置く成人男性の姿が見えている。


 ……俺とユエルの関係が健全かどうかで言えば『できる限り健全であろうとしている不健全』そういった表現が正しいだろう。

 この状況もそうだが、そもそもユエルの気持ちがどうであれ、十二歳と婚約していることはまごうことなき不健全。

 フランがそれを知っているかどうかは定かではないが、その辺りを掘り下げたらまず論破される気がする。

 どうしよう。

 完全に的外れだったフランの怒りが、ユエルと俺が健全な関係かどうかという一点において正当性を帯びてしまった。


「それは……なんというか、なぁ」


 『普通、あんなに躊躇なく公衆の面前でスカートたくし上げてパンツ見せる? おかしいでしょ』と、フランの目が言っている気がする。

 ……確かに、主人と奴隷という関係ではともかくとして、一般的な幼い少女と成人男性の関係としてはもちろんアウトな行動だ。


 そうして口ごもっていると、ようやく状況を理解したのか、ユエルが助け船を出した。


「あの、フランさん。ご主人様はエリスさんやルルカさんみたいな、おっきなおっぱいの方が好きなんです。おっぱいがおっきくない人には、あんまり興味がないんです。だから、私はあと三年ぐらいしないと、ご主人様に抱いてはもらえないんです」


 フランがギリッと歯を食いしばる音が、ここまで聞こえた。


「貧乳には、興味がない……。それに、こんなに幼いユエルに、三年したら抱くなんて、そんな最低な約束を……?」


 ……多分今、ユエルの言葉はフランの地雷を複数踏んだ。

 フランはユエルより真っ平らな自分の胸を両腕で隠すと、睨みつけるような視線をよこす。


「どうやら、決闘を申し込んだのは間違ってなかったみたいね」


 そう言いながら、フランは俺に杖を向ける。

 その先端から、チリッと火花が散った気がした。

 いつの間にか、ユエルが俺とフランの間に入ってもいる。


「待て、待てって! お前の攻撃魔法をまともに受けたら、怪我じゃ済まない! ほ、ほら、俺も今聖人とかいう立場のある人間だし、色々問題になるんじゃないのか? な、落ち着けって」


 このままユエルを盾にするわけにもいかないので、とりあえず立場を盾にしておく。


 そもそも、俺が危険だからというだけじゃなく、こんな決闘なんかを強行すればフランにとってもよくないはずだ。

 聖人と領主の娘が決闘という風聞も良くないし、それに何よりユエルが俺の危機を見逃すはずがない。

 本当にフランが俺に魔法をぶっぱなしてしまえば、ユエルはフランに対してサキュバスに向けていたような殺意のこもった目を向けることになるだろう。

 ユエルは今、フランに対してもある程度懐いている。

 そんなのを見たくはないし、ユエルの心情的にもフランの心情的にも良い結果にはならないのは目に見えている。

 ……というか、今にもユエルがナイフを抜く未来が見えそうだ。


 そんなユエルに気づいたのか、フランが下を見た。

 俺とフランの間に入り込んでいるユエルの表情は、俺の方からは窺えない。

 フランはしばらくユエルと見つめあうようにしてその顔を見ると、バツが悪そうな雰囲気で顔を顰めた。

 そして、小さくため息をついて、杖を仕舞う。


「……ユエル、ちょっとこっち来なさい」


 フランはそのまま、俺から少し離れた場所にユエルを呼んだ。

 手を引きながら、ちょっと強引な感じだ。

 それから腰を屈めてユエルと目線を合わせると、何ごとかを話し始める。

 ……ユエルと、何を話すつもりなんだろうか。


「ユエルから貴方について話を聞くわ。そこで待ってて」


 さりげなく近づこうとすると、フランに制された。

 ユエルが俺の意志を窺うようにこちらを見てきたので、とりあえず頷いておく。

 ……多分変なことは言わないだろう。

 言わないと信じたい。


 ――そうやって二人を眺めていると、ユエルがフランに向かって何かを喋り始めた。

 フランは厳しい表情を崩さないまま、それをただ聞いている。


 少しすると、ユエルは自分の眼や鼻を指したり、耳を触って見せたりした後、俺の方を一目見て、再びフランに何かを喋る。

 ……これはわかった。

 多分、俺がユエルの欠損を治療した時のことを話している。

 どうやら、ユエルは自分の身の上話を交えて、俺との関係を一から説明するつもりらしい。


 フランは俺の方を一目見ると、再びユエルの方を見て、同情の混じったような顔で頷いた。


 ――またユエルが、フランに対して何か話し始める。

 今度は何を話しているのかよくわからないが、ユエルの話を聞いている方のフランは、少し驚いたような顔をして俺を見た。

 フランの表情からして、軽蔑されているような反応ではないことだけはわかる。

 目を閉じて、何か考えているようにも見えた

 もしかすると、フランにとって、何か自分に関係ある内容なのかもしれない。

 ……ユエルが俺と出会ってから順序立てて話をしているとすれば、迷宮に潜っている話だろうか。

 フランも冒険者だったことがあるし。


 内容を推測するなら、ユエルが夜中にボス部屋に向かったと思い込んで、俺が一人で迷宮に潜った話の線が濃厚だ。

 ユエルからすれば、あれは俺が命を懸けてもユエルを守ろうとする意志があった、という証明のようなエピソードだろうし。

 でもあの勘違いはエイトにもゲイザーにも笑われたし、正直その話はやめてほしい。


 ――ユエルが、フランに対して話を続ける。

 その話の初めに、フランがうぐっ、と顔を顰めてユエルから視線を逸らした。

 ユエルはその後自分の手首のあたりを指し示すと、その後に少し悲しそうな顔をする。

 それから、俺の方を見て何やら両手をいっぱいにひろげたり縮めたりした。

 ……ユエルが手首のあたりを指した時の、残念そうな表情で気づいた。

 多分、クランクハイトタートル討伐の時のことを話している。

 おそらく、「ご主人様にもらった腕輪は壊れちゃったけど、ご主人様の治癒魔法がぶわーって街に広がってクランクハイトタートルの毒を解毒したんです!」みたいなことを今話しているんだろう。

 ユエルの話し方はわかりやすいな。


 フランの方はといえば、罪悪感に苛まれているような微妙な顔だ。

 確かあの時、クランクハイトタートルに襲われているフランを俺が助けなければ、俺とユエルは騎士団と逸れることはなかった。

 つまりは、ユエルの腕輪が壊れた責任の一端はフランにもある。

 ユエルはそんなこと思っちゃいないだろうが、フランとしてはユエルの顔を正面から見れないだろう。


 ――それからも、ユエルは身振り手振りを交えてフランに話を続ける。

 ユエルの話に、フランは何度も驚いたように俺を見た。

 多分ユエルは、俺と生活の中で自分が感じたことを、本当に最初から覚えているだけフランに伝えているのだろう。

 それぐらい長い。

 もう、数十分じゃきかないぐらいユエルは話し続けている。

 正直、立って二人を眺めているだけでも疲れてきた。

 けれど、それもようやく終わりらしい。

 ユエルは、ずっと言葉を紡ぎ続けていた口を、閉じた。


 ユエルは、目を閉じる。

 まるで話したことを反芻するかのような、短い間が開く。

 そしてユエルは、フランの眼をしっかりと見つめて、一言だけ何かを言った。


「だから……なんです」


 話の総括となる何かを言ったのかもしれない。

 ユエルの気持ちが乗っていたのか、声がここまで少し届いた。

 何を言ったのかまでは知らないが。


「っ……!」


 その言葉にフランの顔が固まった。

 さらに、なぜかその顔が茹で蛸のように赤くなっていく。


 ……でも、怒っているわけではなさそうだ。

 なんだろうか。

 あぁ、そういえば昔、あんな顔をしている奴を見たことがある。

 小学生の時、近所に住んでいたえりちゃんが、少女漫画を初めて読んだ時こんな顔をしていた。

 当時話題になっていた、見開きいっぱい使った大人気のヒロインの告白シーン。

 あまり色恋に耐性のなかったえりちゃんは、顔を真っ赤にして頭から湯気を上げていた。

 あんな顔だ。


 フランは自分の動揺を隠すかのようにパッと立ち上がると、ズンズンと俺の方に向かって歩いてくる。

 そして、口を開く。


「……ほ、保留にしてあげる!」


「保留?」


「私も、勘違いしてたところはあるみたい。……だから、貴方の方も保留ってことにしていおいて」


 どうやら、ユエルの話を聞いて何か心の変化があったらしい。


 ……でも、決闘の話ならフランが勝手に言っていただけだったと思うんだが。

 俺が保留にするもなにもない。

 何の話をしているんだろうか。


 けど、もうどうやら俺に突っかかってくるつもりはなさそうだ。

 ユエル様様である。

 どんなことを話したのかはわからないが、あの怒りに沸騰したフランを完全に宥めきった。


「……私、帰るわ」


「ここに泊まってくんじゃなかったのか?」


「もういいわ。お小遣いもあんまりないし。それに、よく考えたら家出するほどのことでもなかったもの」


 もういいらしい。

 まぁ、自分の家があるのにこんな宿に泊まるなんて、金の無駄でしかないもんな。

 俺も宿に滞在する上で不安要素が減って嬉しい限りだ。

 また何かにつけて決闘とか言われてはたまらない。


「そうだ、良い事を教えてあげる」


 宿の出口に向かいながら、フランが振り返る。

 その目線の先は、ユエルのお腹だ。


「ドラゴンの卵の生育には、魔力が強く関係するそうよ。魔力が無くてもそう簡単に死んだりはしないらしいけど……もしそのまま卵を温め続けるつもりなら、定期的に魔力を注ぐと健康なドラゴンが生まれやすくなるかもしれないわ」


 何かと思ったが、ドラゴンうんちくだった。

 しかも、結構今の俺たちの状況に必要なうんちくだ。


「へぇ……でも、なんでそんなこと知ってるんだ?」


「北の方の国の文献に、そういうのがあったのよ。……ドラゴンを飼ってる友達がいるんだから、多少は調べておくに決まってるでしょ」


 わざわざルルカのために調べたらしい。

 でもルルカはそんなこと言ってなかったし、ドラゴンの生態なんてちょっと調べたぐらいじゃわからないことな気がする。

 それにこの近辺ではドラゴンの飼育なんてやっている国はないはずだから、遠方の国の資料を取り寄せたんだろう。

 直接言ってやればいいのにとも思ったが、フランはフランで忙しかったのかもしれない。

 ドラゴンの卵のことも知らなかったみたいだし。


 ……しかし魔力か。

 魔力には自信がある。

 後で俺の治癒魔法をめちゃくちゃかけてやろう。

 治癒魔法なら、かけて問題になるということもないだろうしな。

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