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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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ユエルGO4

http://webaction.jp/Mcomics/

モンスターコミックス様で、コミカライズの2話が公開されました。

ユエル多めの話になってますので、是非読んでいただけると嬉しいです!

 今こいつ、家出と言っただろうか。


 ふと、以前ルルカが口にしていたことを思い出した。

 『フランは父親がセッティングしたお見合いで、相手の貴族の股間にファイヤーボールをぶち込んだことがある』

 確かそれが原因で、もう自分で男を探してこいと家を追い出されていたとか、そういう事情を持っていたはずだ。

 まぁその後色々あって、フランは既に家に戻ることを許されてはいるんだが。


 そんな奴が、今度は家出をした。

 もう面倒ごとの臭いしかしない。


「そうか、お前も大変だな。それじゃあ、俺は部屋に戻るから」


 受付でサンドイッチを受け取り、そのまま踵を返して部屋へ向かう。

 触らぬ神に祟りなし。

 フランも近づかなければファイヤーボールは撃ってこない。


「待って、ちょうど良かったわ……少し話をしない?」


 と、そんなことを考えていたら、後ろから呼び止められた。


「……話?」


 しかし、こいつが俺に話とは……どういう風の吹き回しだろうか?

 こいつは俺のことを……というより、男全般をとにかく嫌っている。

 最近は多少態度も軟化してはいたものの、ユエルに話しかけるついでにとか、セラに促されて仕方なくとかならともかく、自分から話しかけてくる程ではないはずだ。


「……」


 足を止めて振り向くと、フランと目が合った。

 すると、フランはどこか機嫌悪そうに黙り込む。

 ……自分から話があると言ってきたのに、なんなんだろうか。


 数秒待っていると、フランは何か考えるように下を向き、それから意を決したようにゆっくりと口を開いた。


「貴方には恩があるわ。私自身も、私の街も救ってもらった。……一度目はクランクハイトタートルから。そして、二度目は邪神から」


 何かと思ったが、もしかして礼でも言いたいのだろうか。

 細い眉を少しゆがめて、なんとも不本意そうな表情ではあるけれど。

 でも、こいつが俺に礼か。

 以前に魔法を教わった時にも感じたが、やはりフランも少しずつ成長しているのかもしれない。


 けれど、攻撃魔法を教えて貰った時のことで、一度目に関しては返してもらった。

 それに二度目に関してはそもそも俺の力で成したわけではないし、邪神はそもそも俺を狙っていたのであって、フランから礼を言われる筋合いもない。


「別に感謝されるようなことじゃない。気にするな」


 適当に会話を流し、部屋に戻ろうと再び一歩を踏み出す。

 すると、どこか不貞腐れたような声が聞こえた。


「……貴方が私のことを避けているのは、気づいてる」


 驚いてフランの目を見ると、フランはスッと目を逸らしそっぽを向いた。

 フランはまた黙り込む。

 何やら拗ねたような表情から、俺と目が合うとまた不機嫌と嫌悪を混ぜたような表情に。

 表情を何度も変えて、何やら葛藤しているようだ。


 けれど、それでも捻りだすようにして、フランは言った。


「これまでのこと、謝るわ」


「これまでのこと?」


「……ほら、最初に会った時、怪我を治してもらったのに頼んでないとか、酷い態度をとったこととか。貴方のことを、色々罵ったこととか」


 正直意外だった。

 以前にもフランに謝られたことはあったが、あれは俺が魔力漏出症とかいう症状を持っていたと誤解されての結果だ。

 フランは決して自分から行動を振り返って、男に謝罪するなんて行動はしないと思っていたんだが。


 どうやら、フランは本当に成長しているらしい。


「いいよそんなこと。……それより、早く家に帰った方が良いんじゃないか? 領主のおっさんも心配してるだろ」


 ……だが、やはりまだまだ分別は足りていない。

 領主の娘という立場の人間が家出をしたらどうなるのかを、もう少し、冷静に考えた方が良い。

 自分の影響力というものをわかっていないのだろうか。

 突然フランがいなくなれば、屋敷の人間はきっと混乱するはずだ。


「う、それは……でも、そういえば貴方こそどうしてこんなところにいるの?」


 帰る気はないのか、フランは気まずそうな顔で話題を変える。

 どうしても何も、そんなことは決まって……


「もっとよく探せ! それにしてもまったく、あの方もメイドたちに変な噂を流された程度で家出するなんて、本当に邪神を倒した聖人様なのか!」


 不意に、宿屋の外から声が聞こえた。


「でも、どうやって探せば!! 目撃情報も全然ないですし……きっと、何か魔道具を使ったか、あのダークエルフの子を使って徹底的に一目を避けてるんです! 『卵が孵化したら帰ります』という置手紙だけじゃ、どこに行ったのかもわかりませんよぉ!」


「と、とにかく探すんだ! 聖女様も、突然のことに頭を抱えていらっしゃる! 屋敷の混乱を抑えるためにも、今すぐ聖人様を探し出さねば!」


 通りの方から、大声が聞こえてきた。

 人の走ってくる、足音も聞こえる。


「……」


 ふとフランの方を見ると、フランは眉を顰めて俺を見ていた。

 俺は、外していた『認識阻害』の魔道具を再びつける。


「ねぇ、もしかして……貴方も、家出してきたの? 騎士たちが探してるみたいだけど」


 自分の影響力を考えていないのは俺だった。


 でも、今日は帰りたくない。

 お腹の大きなユエルと一緒にいるところを、これ以上メイド達に目撃されたくない。

 俺はドラゴンの卵が孵化するまでの三週間は、この宿の部屋にひきこもって暮らすんだ。

 聖女は地盤固めが云々と言って何やら動いてくれているらしいが、聖女なら俺がいなくとも適当にやるだろうし。


 俺は『認識阻害』の魔道具をつけたまま、フランから視線を逸らす。


 すると、ちょうど宿の入り口から、二人の騎士が入ってきた。

 年配の騎士と、年若い女騎士の二人組だ。


 二人の騎士は、フランを見るなり目を見開く。


「フラン様……! このようなところにいらっしゃいましたか!」


「う……」


「あのお話の後フラン様が屋敷を飛び出されて、領主様もひどく心を痛めておられましたよ」


 年配のおっさん騎士の方が、フランに歩み寄り諭すように話しかけた。

 フランの方は『嫌な奴に見つかった』とばかりに顔を歪めている。

 どうやら、フランもやはり捜索対象であったらしい。


「フラン様、縁談がお嫌というのはわかります、ですが今回は、領主様だけでなく、聖女様までがお力添えくださる特別なお話です。きっとフラン様にとっても、悪いものではないはずです」


「わかってるけど……」


 年若い女騎士の方も、優しい声で語りかける。

 だが、フランは不満そうな表情だ。

 というか、フランが家出した理由って、縁談……つまりお見合いだったのか。

 『ファイヤーボール』の件もあったのにフランに縁談を持っていくなんて、領主のおっさんも懲りないな。

 今度はいったいどんな男を候補に立てたんだろうか。

 最低限『ファイヤーボール』で死なない程度の頑丈さはないと、次に会う時フランは檻の中ということにもなりかねないが。


「フラン様……縁談を受けないとしても、せめて屋敷にはお戻りください」


 年配のおっさん騎士の言葉には、『あまりわがままを言わないでください』といった感じの雰囲気がある。

 おそらく、フランが家出をすることは割とよくあることなのだろう。


「……ここで一晩頭を冷やして、明日には帰るわ。お父様にはそう伝えておいて」


 すると、フランは不承不承な様子ではありつつも、家に戻ることを約束した。


「感謝いたします。……あぁ、そういえば聖人様……シキ様を見ませんでしたか。その、実は、先ほどからお屋敷に姿が見えませんで」


 フランが、横眼で俺を見る。

 俺は、その視線から逃げるように目線を逸らした。


「……知らないわ」


「そうですか……。フラン様も、お気をつけて。この宿であれば問題はないかと思いますが……くれぐれも夜間の外出等しませんよう。さぁ、次は二番通りを探す、行くぞ!」


 騎士たちが宿から出ていく。

 フランはそれを見送ると、俺の方を見て口を開いた。


「貴方も家出だったのね。まぁ、気持ちはわからないでもないけど」


「まぁな」


「……で、どうして家出したの?」


 ……どうしたんだろう。

 やはり、さっきからフランが饒舌なような気がする。

 というか、いつものフランの性格ならさっき、騎士に俺を突き出していてもおかしくない。


 ……それとも、俺が家出した理由がそんなに気になるのだろうか。

 どこか、不安そうにそわそわしているようにも思える。


「メイドたちの間に、なんというか……事実無根の噂が流れてな」


 俺の返答が意外なものだったのか、フランはキョトンとした。

 そのあと、どこか納得したような顔で、小さく笑う。


「許してあげてくれない? あの子たちは屋敷に住み込みで働いているから、噂ぐらいしか娯楽がないの。きっと悪気はないわ」


「別にメイドに怒ってるわけじゃない。大した内容でもないからな」


 ……この様子だと、フランはユエルの今の状態については知らなさそうだ。

 まぁ、メイドたちの中でも一部にしか広まっていない噂だ。

 フランのような、屋敷の主人格の人間たちには伝わっていないのだろう。

 内容を深堀りされても困るので、この話題も適当に流しておく。


「……その、貴方は……聞いたの?」


 すると、フランがどこか緊張したような雰囲気で、何か言い出した。

 でも聞いたというのはなんのことだろうか。


「聞いたって、なんのことだ?」


「いい。……それならいい」


 俺の反応が思わしくなかったせいか、フランはすぐにその話題を打ち切った。

 フランは雰囲気を切り替えるように、話題を一つ前に戻す。


「まぁ、噂なんて気にすることないわ。貴方……聖人程の人間ともなれば、色々誤解もされるものよ」


「わかってくれるか」


「えぇ、私自身、貴方のことを最初は幼い奴隷の少女を毒牙にかける下衆だと思っていたけど……ユエルと話をしてみたら、そんなことはなかったようだから」


 ……最初はそう思っていたのか。

 まぁ、わかってはいたけれど。

 でも、ユエルと話をしたと言っただろうか。


 一瞬いつ話しをしたんだろうと思ったが、よくよく考えれば機会はいくらでもあった。

 同じ屋敷に住んでるわけだし、卵を孵化させようとしているここ数日はともかく、少し前までは訓練やらで常に俺の傍にいたわけでもない。

 それに思い返せば、クランクハイトタートル討伐の時には、フランとユエルはよく話していたような気もするし。


「ユエルが貴方のことを慕っているのも、貴方がユエルを本当に大切にしているのも、よくわかったわ。少しでも蔑ろにされていたら、あんなに純粋な笑顔は浮かべられないもの」


 フランは、俺にどこか優しさを感じさせる声で語りかけてくる。


 ……なんだか、俺自身もこいつのことを少し理解できた気がする。

 この少女は、男に対しての初期評価がやたら低かったり、カッとなりやすいところはあるにせよ、きちんと正しい行いをしていれば男だろうとなんだろうと、偏見やプライドを抜きにしっかり認めてくれる。

 以前魔法を教えて貰った時にも少し感じたが、きっとこれはフランの美点の一つだ。


 ルルカはフランのことを『悪い子じゃない』と言っていた。

 確かにそうなんだろう。

 プライドの高さやら男嫌いやら悪いところの方がわかりやすく目立つ上、ある程度付き合っていなければ良い部分も見えにくいだけに、『面倒な子』ではありそうだけど。


「だから、誤解なんて気にせず放っておけば、貴方の行動でそれは間違いだと証明され……」


「あれ、フランさん……ですか?」


 ――階段の方から声がした。

 聞き間違えるはずもない、ユエルの声だ。


「ご主人様がなかなか戻ってこられないので、何かあったのかと思って……ひゃっ……!」


「ユエル!?」


 ユエルは俺の方に駆け寄ろうとして、階段を踏み外す。

 流石のバランス感覚ですぐに踏みとどまるが、少しひやっとした。

 多分、今のユエルには足元の階段は見えてない。


「無事、でした」


 恥ずかしさと照れ混じりの表情で俺にそう言うと、ユエルはゆっくりと階段を下りてきた。

 その大きなお腹を、慈しむように撫でながら。

 ……なんだか嫌な予感がした。


 不意に、『パシッ』と胸元に何かが当たる感触があった。

 見てみると、足元にひとつ手袋が落ちている。

 ……フランがいつもつけている、黒い手袋だ。

 おそらく、さっきこれが俺の胸元に当たったんだろう。


 どういうことだろうとフランを見ると……。


「……っとうよ」


 顔を真っ赤に染めていた。

 フランの眼は俺だけではなく、『まるで臨月のように膨らんだユエルの大きなお腹』も視界に入れている。

 その表情から感じ取れるのは、もちろん羞恥ではなく……強い怒りの感情。

 まるで信頼を裏切られたと言わんばかりの、強烈な激怒だ。


「まさか、本当にユエルに手を出すなんて! 今すぐ、ユエルをかけて私と決闘しなさい!!」


 やっぱりこいつはただの『面倒な子』ではなく、『凄く面倒な子』なのかもしれない。

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