ユエルGO3
ぜ、全然番外編投稿してなくてすみません……。
お知らせなのですが、本日より治癒魔法使いやってますのコミカライズがモンスターコミックスで開始されました。
詳細は活動報告にて。
あらすじ
ユエルがドラゴンの卵を抱き温めてその上からマタニティーウェアを着たら、幼女すら孕ます性人の風評被害を受け家出を決意しました。
ユエルを連れて領主の屋敷から家出した。
まずは適当な酒場にでも行こうか、なんて考えながら裏路地を進む。
最寄の酒場に行くための最短ルートである。
そうして少し路地を歩いていると、ユエルが大きなお腹を撫でながら、声をかけてきた。
「あれ? ご主人様、今すれ違ったのって……」
ユエルが、頭に疑問符の乗ったような表情で背後を振り返る。
その視線の先には、どうやら酒場からの帰りらしく、酔っ払ったエイトとゲイザーの二人。
いつも近づけばむさ苦しく絡んでくるあの二人だが、今日は俺たちを見ても声をかけてくることすらなく道をすれ違った。
まるで、俺たちを俺たちと認識していないかのように。
……ユエルはそこに疑念を感じたらしい。
「この認識阻害の魔道具の力だよ。ほら、さっきネックレスを渡しただろ? 俺とユエルが、俺とユエルだということを認識しにくくする魔道具らしいんだ」
「……認識しにくくする、ですか?」
「簡単に言うと……これの力で、今のエイトとゲイザーには俺たちが赤の他人みたいに見えるってことだ」
見た目はただのネックレス。
しかしその実、認識阻害や他の魔道具が複雑に組み合わさった、非常に高度な魔道具だ。
効果は個人の認識の阻害、そして同じ魔道具をつけた人間は互いに認識ができるような効果の限定解除。
随分とお値段が張りそうな魔道具だが、俺も今や聖人であり邪神を倒した英雄である。
国から、教会から、様々な組織から、贈り物が届きに届く。
これもその中の一品だ。
「多分、エイトたちも『大人の男と小さい女の子が一緒に歩いてるなぁ』ってぐらいにしか感じてないんじゃないか?」
「魔道具だったんですね。気づかれないのはなんだか少し寂しいですけど、すごいです……!」
歩き去っていくエイトたち、それからネックレスを眺めながら、ユエルは改めて感嘆の声を漏らす。
「今は家出中だから、知り合いにはできるだけ気づかれない方が良い。それに、俺はもうこの街では聖人として顔が知られ過ぎてるからな。二人で出かけるなら、こういう道具をつけておいた方が……ん?」
ユエルに釣られてエイトとゲイザーを見ていると、不意に二人が振り返った。
それに、なぜだろうか。
二人がなにやら俺たちを見つめているように見えた。
ヒソヒソと何かを話しているようにも見える。
「ん、なんだ? ……もしかして、気づかれたのか?」
認識阻害の魔道具の効きが悪かったのだろうか。
鑑定して効果は十分確かめたから、問題はないと思っていたんだが……。
しかし、もし魔道具の効きが悪いようであれば、ユエルと二人で外出しているこの状況はよろしくない。
今の俺は聖人だ。
普通に外に出ようものなら、熱心なメディネ教の女性神官や、邪神を倒し世界を守った英雄である俺を慕う女性に囲まれ動けなくなることは間違いない。
ちやほやされるのは楽しいが、今は護衛もいない。
真面目なことを言うと、聖人の存在を快く思わない人間によって暗殺……という可能性もないでもないし。
「……効果を確かめる必要があるか」
言いながら、すぐ近くの脇道へと入る。
少し進んだところで、ユエルに声をかけた。
「ユエル、ここからでもあいつらの会話が聞こえるか? エイトとゲイザーが何を話しているのか教えてくれ。もし俺たちに気づいていたのなら、すぐに屋敷に帰る必要があるからな」
屋敷ではメイドたちが俺を性人様だとか、子供だろうと見境なく女を襲うとかなんとか噂を立てている。
居心地は非常に良くないが、身の安全には変えられない。
「はい。大丈夫です」
ユエルは力強く頷きながら、その長いエルフ耳をピコピコと揺らす。
どうやらこの距離でも、ユエルには余裕で聞こえるらしい。
「それじゃあ、エイトさんたちの会話を復唱しますね」
ユエルの声量は若干小さめだ。
エイトたち側にこちらの会話が聞かせないための配慮だろうか。
聞きやすくるするためにしゃがむと、ユエルは身体を前傾させ、耳打ちするように囁いてくる。
「……さっきの、見たか?」(ユエルが囁いています)
ユエルの、子供らしい高い声。
その声が、吐息が当たる程の近い距離から、男口調の言葉を紡ぐ。
少し控えめなイントネーションから察するに、おそらくエイトの声真似だろう。
声音だけでわかるとは、ユエルも地味に演技派だ。
喋りの特徴をしっかりと掴んでいる。
「あぁ、見たぜ」(ユエルが囁いています)
今度はふてぶてしさの感じられる雑な返事。
これは間違いなくゲイザーだ。
しかし『見た』とはどういうことだろう。
やはり、認識阻害の魔道具が正常に機能していないのだろうか?
……俺という個人が認識されてしまっているなら、帰り道だけでも少し危険かもしれない。
「俺さ、目が合った瞬間、思わず逸らしちまったよ。まさかあんな小さい子を孕ます奴がいるとはな。……間違いないぜ、あれはもう臨月だ」(ユエルが囁いています)
……そっちかぁ。
なるほどな。
認識阻害の魔道具でも、ユエルのお腹に対する認識は阻害できなかったらしい。
いや、実際にユエルのお腹に入っているのはドラゴンの卵であって、マタニティーウェアを上から着ているから妊婦っぽく見えているだけだ。
逆に認識を阻害されていると言えなくもないんだが。
でもまぁ、つまりアレだな。
エイトたちは「ユエルと俺」という個人は認識できないが、「孕んだ幼女とその横にいる成人男性」という犯罪的な組み合わせだけは認識できる。
今はそういう状況なのか。
だが、認識阻害の魔道具がどの程度効果を発揮しているのかはよくわかった。
お腹のことはともかく、個人の特定まではできていないなら問題はない。
俺とユエルの安全は保障された。
もう聞き耳も良いだろう。
ユエルにそう言おうとすると、
「隣にいた男が、あのお腹の子の父親なのかねぇ?」(ユエルが囁いています)
「ま、普通に考えたらそうだろうな」(ユエルが囁いています)
ユエルがその台詞を復唱した。
……こっそりと横目で、ユエルに視線を向ける。
ユエルは耳元で囁くような体勢のためその表情全てを見ることはできないが、目元を見る限りは普通に見える。
感情はあまり読み取れない。
――でも一瞬、ユエルが自分のお腹を慈しむように一撫でしたのが見えた。
……なぜ俺はユエルに復唱させてしまったんだろう。
エイトとゲイザーの会話なんて、ユエルにとって百害あって一利ない。
そんなことはわかっていたはずなのに。
さっさと立ち去るべきだった。
「ユエル、やっぱり復唱はもう良いか……」
今からでも実行するために、ユエルに声をかけることにする。
しかし、その声に被せるようにユエルの口は再び言葉を紡ぎ始めた。
「さっきの女の子、年齢は多分ユエルちゃんぐらいだろ? 流石に驚いたぜ。たとえシキだってあんな小さい子にまでは手を出さないよなぁ」(ユエルが囁いています)
「……いや、それはどうだろうな?」(ユエルが囁いています)
「いやいやゲイザー、シキはほら、巨乳好きだろ? あいつはなかなかエロくてどうしようもない奴だけど、子供にはいくらなんでも手をださないさ」(ユエルが囁いています)
「あぁ確かに、確かにそうだ。そのはずだ。……でもな、実は俺よぉ、聞いたんだ。最近のシキの活躍をよ。そんで、その中にちょーっとだけ怪しいのがあったんだよ」(ユエルが囁いています)
「怪しいの?」(ユエルが囁いています)
「大勢の護衛がいる中で一人だけ、子供の姿のサキュバスに篭絡されそうになったって」(ユエルが囁いています)
「……それ、そういえば俺も聞いたな」(ユエルが囁いています)
「ユエルちゃんにそういう意味での興味はないって言っといて、子供のサキュバスに誘惑されてんだぜ? 理性で抑えてるだけで、本当の心の中は……ってことも、案外あるんじゃないか?」(ユエルが囁いています)
「そう言われると、確かにな。シキでも……やりかねないか?」(ユエル囁いています)
名演だった。
まるでエイトとゲイザーが目の前にいるかのような、下世話な会話。
それが、ユエルの声で紡がれた。
「やりかねない……」
エイトの声音でも、ゲイザーの声音でもない素のユエルの声。
それが、吐息と共に耳にかかる。
……俺は婚約してからも、ユエルとそういったことに関しては一線を引いている。
というか、ユエルの耳の良さだと屋敷の中で夫婦の営み的なことをすれば聞こえてしまう可能性が高すぎるため、エリスやルルカ、聖女のフィリーネとも今はタイミングを見計らっている最中だ。
近日中にはこの認識阻害の魔道具を使い、お忍びで外に出かけて……という案を考えてはいたのだが。
「ユ、ユエル、もうエイトとゲイザーの会話は聞かなくていい! どこか、別の場所……そうだ、宿! 宿をとろう!」
言いながら思ったが、エイトたちがあれだけドン引きしていたということは、おそらく他の町の人間もきっと俺たちを見たらドン引くだろう。
……人目の少ない裏路地で気づいてよかった。
酒場になんて行っていたら、目も当てられないことになるところだった。
とりあえずは、人目のないところに避難すべきだ。
俺がそう言うと、ユエルは目を合わせた後、恥ずかしそうに俯いた。
「や、宿、ですか? えっと……ご主人様、認識阻害の魔道具ではぐれてしまうかもしれません」
そして、そう呟く。
どこかもじもじしてもいる。
……察するに、手を繋ぎたいのか。
俺とユエルは魔道具の限定解除の効果で互いに違いを認識できる。
認識阻害ではぐれるなんてことはないし、手を繋ぐ必要はないんだが……まぁ、それぐらいなら良いだろう。
ユエルに手を差し伸べる。
「……!」
ユエルはパァっと表情を輝かせると、嬉しそうにその手をとった。
そして、指の間に指を滑り込ませるような形で、しっかりと握り込む。
……これは恋人繋ぎというやつですね、ユエルさん。
でもユエルは繋いでいる手を眺めて、幸せそうにはにかんでいる。
きゅっきゅっと、指に少し力を入れたり抜いたりしているのもかわいらしい。
少し世間体が気になったが、どうせ認識阻害の魔道具で俺だとはわからない。
まぁ、これぐらいは良いだろう。
さぁ、人目の少ない道を通って、ダッシュで宿に駆け込もう。
「ひっ……!? しゅ、宿泊ですか?」
「あぁ」
「そ、そちらの少女も、同室でしょうか?」
「……あぁ」
フロントのお姉さんから、ドン引き、という顔をされながら、チェックインを済ませる。
とりあえず近くの宿に入ろうと適当に選んだせいか、一泊二食で二千ゼニーもするそこそこ高級な宿だ。
案内してもらい部屋に入ってみると、風呂もちゃんとついていた。
「あ、ご主人様、このお部屋って……」
「ん? あぁ、そういえばそうか」
何かに気づいたようなユエルの言葉と、さっきのお姉さんのドン引いた表情で思い出した。
そういえばここは、ユエルを買った直後、初めて来た宿だ。
……あの時は欠損したユエルを連れてきてドン引きされてしまったが、今度はお腹の大きなユエルでドン引きされてしまった。
ここのフロントのお姉さんにはドン引かれてばかりである。
「なんだか、懐かしいですね」
ユエルは部屋を見渡して、何か感慨に耽っているように見える。
まぁ、ユエルにとっては欠損の治療をしてもらった思い出深い部屋なのかもしれない。
「そうだな。しばらくはここに滞在することにするか」
「いいんですか?」
「この宿は飯も出るし、風呂もあるし、ひきこもって長期滞在するにはちょうどいいからな」
この部屋でしばらく過ごすと告げると、嬉しそうにはにかむユエル。
俺としても、屋敷の方での噂がある程度鎮静化するまで、ここでほとぼりを冷ましたい。
ついでにユエルが悲しまない方法で、あのユエルのマタニティーウェアを脱がせる方法を探りたい。
そんなことを考えていると、ユエルが静かなトーンで呟いた。
「……わたし、あの時はまさかこんな風になれるなんて、思ってもみませんでした」
『こんな風に』とはどんな風にだろうか。
欠損奴隷だったユエルが今ではこんなに元気になったこと?
奴隷としては扱いが良いだろう今の状況のこと?
それとも、俺と婚約したこと?
ユエルが何を思っているかは知らないが、その言葉からは『今幸せです』といったニュアンスが感じ取れる。
買った時のユエルのことを考えると、俺もちょっとしんみりしそう。
元気になったなぁって感じで。
あの時は、もっと不健康に見えた。
なんだか、無性にユエルにご飯を食べさせたくなってくる。
もっと元気にさせたい。
「ユエル、サンドイッチでも食べるか? 前泊まった時も、ここのサンドイッチは美味かったからな。とってくるよ」
「あ、それなら私が」
俺が部屋から出ようとすると、ユエルも立ち上がろうと腰を上げた。
……大きなお腹を、重そうに抱えながら。
「あー、そうだ、ほら、もう一人だけの命じゃないんだ。お腹のドラゴンに障ってもよくないし、安静にしててくれ」
「……! は、はい! お腹の子のためにも安静に……安静に、してますね」
妊婦扱いしてみると、ユエルはスッとベッドの上に座りなおした。
ちょろい。
でも、ユエルを妊婦扱いしたことで代わりに人としての何かを失ってしまった気がする。
それが何なのかはよくわからないが。
でも、またドン引きされたくはない。
ユエルの気が変わらないうちに、部屋を出てフロントに向かう。
「シングルを一部屋、とりあえず一泊よ。……に、二千ゼニー!? 結構するわね……お小遣い、もうあんまりないんだけど……」
すると、なぜかフロントの前に見覚えのある少女の姿があった。
金髪が激しくドリルしている、胸の平らな少女だ。
「フ、フラン!?」
驚いて、反射的に口から名前が出た。
「……あなた、誰? ん、んん……? なんだか、見たことあるような、ないような。……この感覚、何か認識阻害系の魔道具使ってるわね? 外しなさいよ。話をするなら、それがマナーでしょ」
しかも、認識阻害の魔道具の存在を一発で看破された。
魔道具を外すと、フランは露骨に嫌そうな顔になる。
「あ、あぁ、悪い。でも、よくわかったな」
「……あなただったのね。豪商や上級貴族にはそういう魔道具を使う人もいるわ。慣れればなんとなくわかるのよ」
「そういうもんなのか」
話しながら、なにやらバツが悪そうに顔を逸らすフラン。
領主の屋敷から家出した俺たちを探しに来たのかとも思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
トントントンと足で地面を小刻み叩いている不機嫌具合から察するに、にここで俺と会うのはフラン的には都合が悪かったらしい。
「……ところでお前、なんでこんなところにいるんだ?」
よく見てみれば、ルルカはもちろんいつもフランと一緒にいるセラすらいない。
セラはキレやすいフランのストッパー的な存在だ。
セラのいないフランなんて、いつファイアーボールをどこぞにぶちかますかわからない危険物みたいなもんだ。
あまり関わりたくはないが、ここは俺がしばらく滞在するつもりの宿。
念の為、目的ぐらいは聞いておく必要がある。
「そ、それは……」
口に出しにくい理由なのか、フランが言い淀む。
でもこいつの今の表情、なんか見覚えがある。
……そうだ。
思い出した、あの時だ。
森でクランクハイトタートルやアーマーオーガを討伐した後、領主の屋敷で褒章を受け取った時。
実家に戻るために、俺と良い仲だという嘘を領主に通していた時の、あの顔だ。
プライドと嫌悪と焦りをミックスした顔だ。
なんだか、面倒ごとの臭いがする。
そうしてフランを見ていると、フランは沈黙に耐えきれなくなったのか、吐き出すように呟いた。
「……えで」
「えで?」
「い、家出! 家出してきたのよ!」




