ユエルGO 2
ルルカが部屋から逃げて行った後。
愛おしそうに、ポッコリお腹を撫でるユエルを眺めながら、俺は考えていた。
いったい、どうすればこのユエルさんのマタニティーな状態を解消できるのか。
俺が服が似合うといったせいか、ユエルはゆったりとした自分の服のすそをつまみあげ眺めたり、俺と目を合わせてはにかんだりしている。
「私、幸せです」、そう顔に書いてあるような表情だ。
今更そのマタニティーウェアを脱げなんて言えない。
……でも、だからといって、ユエルをこのままにしておくわけにはいかない。
俺とユエルが主従関係にあることは、この屋敷に住んでいる人間ならだいたい全員が知っている。
そんな中で、ユエルのおなかが膨らんでいたりなんてすれば、その父親が俺だと思われるのは間違いない。
それはつまり、俺がユエルに手出しをしているロリコンだとこの屋敷中の人間に思われることと同義なのだ。
「あんな子供にまで手をだすなんて、やっぱり聖人様って性人様なんだ」
「子供体型のサキュバスにたった一人だけ誘惑されていたって聞いたし、あの時からもしかしたらとは思ってたけど……」
「給仕やお屋敷の清掃をしているときに、いつも私たちのスカートをいやらしい目で見ていました。いつかやると思ってました」
屋敷中のメイドから、こんな証言がぼろぼろ出てくるのは容易に想像できる。
このままでは、時には聖書の偉大な聖人として、時には気軽に火傷や怪我を治してくれる屋敷の優しい客人として培ってきた、屋敷内での俺のイメージが、完膚なきまでに壊れてしまう。
メイド達の尊敬と親しみを集める存在から急転直下でロリコン扱いだ。
……少なくとも、今のマタニティーユエルを部屋の外に出すわけにはいかない。
……もしユエルが部屋の外に出れば、俺はこの屋敷にはいられなくなる。
精神的に。
「……そういえば、聖女様がご主人様のお屋敷を建てようとしているって言ってましたけど、この子の小屋も作ってもらえるように言った方がいいでしょうか」
そんなことを考えていると、愛おしげにお腹を撫でるユエルが、声をかけてきた。
「小屋か。……そうか、俺が住むってことは、ルルカも住むってことだし、ドラゴンの住処も作ってやらないといけないんだな……」
ユエルの言う通り、今、聖女主導で俺の屋敷をこの迷宮都市に建てる計画が進んでいる。
国やらメディネ教の教会やらが金は出してくれるそうで、もう着工しているとか聞いた。
おそらくは邪神を倒した報酬の一部、みたいなものだろう。
なにやら高価な装飾品や、貴重な魔道具も俺宛に届いているみたいだし。
認識阻害の魔道具とかいう、顔の知られた聖人だとしても一般人に自然に溶け込める、便利そうな魔道具まであった。
……そのうち王様に謁見とか、そういう話になりそうで面倒くさいけど。
まぁそれはともかく。
そのうち俺の新居が建つ。
そこに、ドラゴンの居住区を作らないといけないことはまず間違いないだろう。
気の利く聖女ならあのドラゴンの居住スペースぐらいは計算に入れていそうだけれど、このドラゴンの卵の存在についてはまだ知らないはずだ。
「そうだな、飼うドラゴンが二匹になるかもしれないってことだけ、聖女には言っておくか」
「はい! それじゃあ私、さっそく伝えてきますね!」
そして、自然に。
あまりにも自然な流れで、ユエルは部屋から出ていこうとする。
止めようという気持ちすら湧いてこない程の自然体で、ユエルは部屋の扉を開けた。
「ま、待てユエル!」
自然すぎて危うくそのまま見送りそうになったが、間一髪でユエルを止める。
でも、理由もなくユエルを止めれば、ユエルは疑問に思うだろう。
「そ、そうだ、俺はユエルと話がしたい! そう、今、二人っきりで……ほら、俺の隣……このベッドの上にでも座って話をしよう!」
適当な理由をつけて、ユエルを呼び戻す。
「っ……!? は、はいご主人様!」
俺の言葉を聞いて、嬉しそうに部屋の中に戻るユエル。
重そうにお腹を抱えながら、俺の隣まで移動してくる。
そして、ベッドの上にちょこんと座った。
……なんとかユエルを止められた。
これで、後はマタニティーな恰好で部屋から出ないようにと、それっぽい理由をつけて話せばいいだけだ。
まぁ、そこが難しいんだけど。
ユエルがマタニティーな格好で部屋から出なくなり、かつユエルを傷つけない、そんな都合の良いアイディアをこれから捻り出さなければならない。
そして、ユエルが納得してくれるそれっぽい理由を考え始めようとしたその瞬間。
「……?」
ユエルの視線が、俺ではなく、別のところに向いていることに気づいた。
その視線は、さっきユエルが開けた、半開きの扉に向かっている。
そして気づいた。
――半開きの扉。
その扉の隙間から……メイド服が見える。
「何かご用ですか?」
ユエルが、半開きの扉の向こうに声をかけた。
その言葉には、「さっきから部屋の前にいるけど入ってこないの?」、そんなニュアンスが感じられた。
「あ、あのぉ、従者様に着せるための服を頼まれた者ですが、使用感やサイズがそれで良かったかどうか、確認させていただこ思って……その……」
ユエルの声に反応して、ゆっくりと扉が開かれる。
扉が開き切ると、そこには布や裁縫道具を持ったメイドが三人もいた。
そしてそのメイドたちの目は、ベッドの上に座っている俺と、その隣に座るユエルを、驚きをもって見つめている。
何に驚いているかと言えば、まず間違いなく、ユエルのポッコリお腹にだ。
……おそらく、あのメイドたちは、ユエルの服の調整のために、わざわざこの部屋を訪ねてきてくれたんだろう。
そして、あのメイド達が部屋の前にたどり着いたところで、ちょうどユエルが部屋を出ようとした。
そのまま部屋に入ってこなかったのは、マタニティーなユエルを見て驚いてしまったからだろうか。
もしかしたら、俺がユエルを引き留めるために「二人っきりで話をしたい」とか、意味深な感じのことを言ってしまったからかもしれない。
本当に他愛もない話しでもして、ユエルを部屋に留めるつもりだっただけなんだが。
「あの、もし余計なことでしたら、私共は戻りますので……」
そして、俺とユエルのベッドの上での二人っきりのお話に気を使ったのか、メイドがそう切り出してくる。
「あ、あぁ、服の大きさはちょうど良かった。急なことで悪かったな。助かったよ」
「ご主人様が似合っていると言ってくれました。服、ありがとうございます。大切に使いますね!」
メイドに返事をするが、そのメイドの目は最初からずっと俺を見ていない。
ユエルの目も見ていない。
ただ、ユエルのお腹を見つめている。
そしてしばらくユエルのおなかを見つめると、それから、おずおずと俺のほうも見た。
……その瞳は、聖書の聖人様を見る、尊敬にあふれた目ではない。
その瞳には、驚きと戸惑い。
そして、僅かな嫌悪が混じっているように見えた。
間違いなく、誤解されている。
「ねぇ、聖人様とあの従者の子って……」
「す、凄く愛おしそうにおなか撫でてるけど……」
俺に話しかけているメイド以外の二人も、しきりにコソコソと相談をしている。
明らかに、ユエルのおなかを気にしている。
それに、あまりにも驚きが大きかったせいか、声量を抑えられていない。
俺にも、会話の内容がたまに聞こえてしまう。
「い、いや、昨日は見かけた時は普通だったし……昨日の今日でいくらなんでもあのお腹は……」
「あ、そっか。それもそうだよね。いくらなんでもおかしいよね……」
でも、そのメイド二人の話を聞いて、気づいた。
――いくらなんでも、一日や二日でユエルのお腹が急に膨らんだら、おかしいと思うはずだ。
妊娠ではなく、おなかに何かを入れているだけだと、普通は気づく。
……俺はもしかしたら、考えすぎていたのかもしれない。
普通に堂々としていれば、ユエルがいくらマタニティーな雰囲気を出そうとも、周囲は妊娠しているなんて思うわけがない。
普段から俺とユエルを見ているこの屋敷の住人にすれば、急にユエルのお腹があそこまで大きくなるなんて、常識的に考えてありえないことなんだから。
「そ、そうですか。それは幸いでした。それでは、失礼いたします」
俺と話をしていたメイドも、我に返ったようにそう言った。
それから、深く頭を下げて部屋から立ち去っていく。
……でも、何故俺と話をしていたあのメイドは、他のメイドと違って俺に嫌悪の目を向けていたんだろう。
常識的に考えれば、すぐわかることなのに。
そんなことを考えていると、すぐに壁越しに、そのメイドの声が聞こえた。
「で、でもさでもさ、聖人様だよ!? 私、聖書は読んだことないけど、常識外れな、凄い魔法が使えるって聞いたし……女の子を一瞬で臨月にさせるぐらい、できるのかもしれないよ!?」
できねぇよ。
◆
数日後。
常識を超えた存在である聖人様であれば、女の子を一日で孕ませ、臨月にできる。
聖人様に触れると孕む。
目を合わせただけで孕む。
とんでもないロリコンである。
そんな噂が、メイド達の一部に広まり始めた。
俺は、国から貰った認識阻害の魔道具を使って、ユエルと一緒に領主の屋敷から家出した。
エイトとゲイザーを出したいです




