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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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番外編:ユエルGO 1

治癒魔法5巻が9月30日に発売です。

書籍番外編や店舗特典については活動報告に。


よかったらよろしくお願いします。

「シキ、ど、どどどどうしよう! ドラちゃんが、ドラちゃんが出産しちゃったよー!」


 とある日の朝のこと。

 領主の屋敷の一室に、ルルカが駆けこんできてそう言った。


「出産って……あの出産か?」


「う、うん。ドラゴンだから、卵なんだけどね? ……ずっと気づかなかったんだけど、前から妊娠してたみたいで、さっきドラちゃんの卵が中庭にあったの!」


 あのドラゴン、妊娠なんてしてたのか。

 というか、そもそもメスだったのか。

 前に、あのドラゴンの上でスライムゼリー使っちゃったんだけど。


 ……なるほど、あの嫌がり方も納得だ。


「ねぇ、シキ助けて! わ、わたしじゃどうにもできなくてっ! ねぇ、シキってば!」


 ルルカは、ドラゴンの出産という事態に余程切羽詰まっているのか、俺に泣きつくような格好だ。

 でも、助けても何も、もう出産しているならやることなんてない気もするが。


「待てよルルカ、落ち着けって。ドラゴンの卵なんだから、ドラゴンが世話をするだろ? これから出産しそうっていうんならともかく、もう卵も産まれた後なら、そんなに慌てなくても」


 家畜用に品種改良された動物とかならともかく、普通のドラゴンが人の手を借りないと子供を育てられないとは思えない。

 自分のペットが卵を産んで慌ててしまうのはわからないでもないが、いくらなんでも慌てすぎだ。


 そんなことを考えていると、ルルカがこう返す。


「違うの! ドラゴンはね、強い雄が卵を育てるっていう習性をもってるの! だから、メスのドラちゃんは卵を不思議そうに見るだけでね、温めるように言っても温めてくれないの!」


「なんだその習性」


「……ドラゴンの卵はね、すっごくすっごく美味しいらしくて、いろんな魔物が卵を狙うんだって。だから必ず、卵を守れる強い雄が、卵を温める役をするようになってるの」


「すっごくすっごく美味しいのか」


 じゃあ目玉焼きにしてみよう。

 そんな言葉が一瞬口から出かけたが、あのドラゴンはルルカのペットだ。

 そんなことを言えば軽蔑じゃ済まないだろう。

 部屋にいたユエルも、ドラゴンの卵が気になるのか、俺のほうを見ているし。


 ……仕方ない。


「じゃあとりあえず、様子だけでも見に行ってみるか」






 領主の屋敷、その中庭。

 現場に向かうと、確かに卵があった。

 ドラゴンの寝床に使われている藁の山のあたりに、ポツンと置かれている。


 ……そして肝心のドラゴンは、卵を眺めるだけで、温めようとしていない。


 どうやら、ルルカの言っていたことは本当のようだ。

 言語の理解できるドラゴンといっても、やはり魔物は魔物。

 生まれ持った習性や、本能の部分はどうにもならないということか。


「今からドラゴンの雄を連れてくる、とかも無理だよなぁ」


 ドラゴンは非常に珍しい魔物だ。

 人に懐いた場合以外では定住もしないと聞くし、今から雄のドラゴンを連れてくることも難しいだろう。


「この卵は、ひとりぼっちなんですね……」


 ユエルが、卵を温めようとしないドラゴンを見て、悲しそうにつぶやいている。


「温め続けないと孵化しないし、孵化させずにずっと放置してたら、卵が死んじゃうよ……」


 ルルカも、焦燥感を顔に滲ませている。

 そしてルルカは改めて俺の方に向き直ると、きゅっと俺の手を掴んで言う。


「でもね、ドラゴンに関する文献を調べたの! そしたらね、ドラゴンが気を許した人の雄、つまり男の人なら、卵を持ったドラゴンも心を許してくれるんだって!」


 ……なるほど。

 だから、俺を呼んだというわけか。


 あのドラゴンスライムゼリーの後、ちゃんと事情を話して謝ったらドラゴンも許してくれた。

 近づいても、唸ったり噛みついてきたりはしない。

 このドラゴンは、顔は怖いが賢いし、けっこういいやつだ。


「俺じゃなきゃダメなのか?」


「だって、ドラちゃんが懐いてないとダメだし……」


 ルルカの言うことはわかった。


 ……でも、俺はドラゴンに嫌われてはいないようだが、懐かれているかというと微妙な気がする。

 ちょっと前に、右手で頭を撫でようとしたらビクッと震えて飛び退かれたことがある。

 左手では撫でられたけれど、あの時スライムゼリーを握っていた右手では絶対に触らせてくれない。


 おそらく、理性では好きだけど生理的に無理、俺はドラゴンからすればそんな相手だ。

 もしかしたら、俺はこのドラゴンにトラウマを与えてしまったのかもしれない。


「多分……無理だと思うぞ?」


「だって、だって、女の子は触っちゃダメだってドラちゃんが! お願い! こんなこと頼めるの、シキしかいないの! ……ふ、孵化するまでは、三週間ぐらいらしいんだけど」


「いや、だからそういう問題じゃなくて……っていうか、三週間って長すぎないか……?」


 俺が少し拒絶の意志を見せると、ルルカはまた縋りつくようにして懇願してくる。


 でも、俺じゃドラゴンの卵に触れるのは多分無理だ。

 しかも、三週間も温め続けるなんて余計に無理だ。


「ねぇ、シキ、お願い! お願いだから!」


 でも、ルルカに諦めるつもりはなさそうだ。

 表情から、声から、必死な気持ちが伝わってくる。


 ……しかたない。 

 多分無理だとは思うが、ドラゴンの卵に触ってみるか。

 唸られるか、手に噛みつかれて終わりだと思うけど。


 そして、卵に視線を向けると。


「あたたかいです……これが、ドラゴンの卵なんですね……」


 ――ユエルが、卵に触っていた。

 ペタペタと、興味深そうに卵に手を触れている。

 それを見るドラゴンも、なぜかくるくると嬉しそうな唸り声をあげていた。


 ……?

 女性であるユエルが、卵に触れている?


「ユエル、卵に触るのをドラゴンが邪魔したりしなかったか?」


「……? 特に、何もされませんでした」


 どういうことだ……?


 ――ドラゴンの卵は『強い雄』が育てる。

 ルルカが言うには、その雄は人間でも問題ないらしいが、ユエルは間違いなく女の子だ。

 でも、ユエルは卵に触ることができている。


「ルルカは駄目なのに、なんでユエルは良いんだ……?」


 そして、ユエルとルルカを、見比べて気づいた。

 ユエルとルルカの間に存在する、違いに。


 おっぱいだ。


 おっぱいの大きさが、全然違う。


「もしかしたら……」


 ……ドラゴンが人間の雄と雌を判別しているポイントは、その身体の起伏なのかもしれない。

 ユエルは、なんというか起伏がない。

 上から下まで、ストンとしている。

 トカゲと人、ここまで身体の造りが違うと、細かい顔の区別なんてつかないだろうし。


 ドラゴンからすれば、雄と雌の区別がつかなくてもおかしくはない。


 それに、強さも折り紙付きだ。

 このドラゴンを邪神教徒の首輪から解放したのだって、ユエルさんだし。


 そして、ユエルは俺がそんなことを考えているなど知るよしもなく、


「ご主人様、ルルカさん、この卵、温めないといけないんですよね。……私が温めてもいいですか?」


 おずおずと、こんなことを言ってきた。








 ――どうやらドラゴンの雌は、卵を雄に預けた後については、あまり関心を持たないらしい。

「保温のために、卵にタオルを巻きたい」そう言って卵を領主の屋敷の中に持って行ったユエルを、ドラゴンは止めようとはしなかった。


 ユエルは、部屋に卵を持っていくと、まずタオルでぐるぐる巻きにし始める。

 次に、肩から下げるタイプの布鞄を取り出すと、それに卵を入れた。

 それから、その鞄を首から下げて、紐でぐるぐると自分に固定する。


「これで、温められます」


 そしてユエルは、椅子に座りながら、お腹の前に密着させた卵を、両腕で抱くようにして温める。

 まるで妊婦。

 そんな慈愛の表情で、優しく卵を撫でながら温めるユエル。

 ……もしかしたらユエルは、親が放置していたあの卵に、共感でもしているのかもしれない。


「ちょっと不格好だけど、それならずっと持ってられるな。孵化するまで、三週間だったか?」 


「はい!」


 元気に答えるユエル。

 三週間も卵を抱えているのは相当大変そうだが、ユエルはやる気のようだ。


「でも、見栄えが悪くない?」


 ユエルの姿を見て、ルルカが呟く。

 ……まぁ、それはわからないでもない。

 ユエルは、自分の体に卵を密着させるために、自分と卵の入った鞄を紐でぐるぐる巻きにしている。

 ファッション性という視点で言えば、たしかに酷い。


「見栄えが悪い、ですか?」


「その上からもう一枚服を着て、隠したほうがかわいいよ! 私、メイドさんに頼んでくるね!」


 そして、ルルカはそう言うと、部屋から出て行った。







 一時間後。

 ルルカがメイドに頼んだのは、ユエルが着ることができる、ぶかっとした服、ということだった。

 そして、それを今ユエルが着ている。

 わざわざ、メイドがユエルのために縫ってくれたらしい。


「ゆったりしていて、すごく着やすいです」


 でも、これは……。

 これは、まずいんじゃないだろうか。


「鞄も、卵も、これで全部隠せますね!」


 確かに、全部隠せている。

 さっきまでは『大きな丸いものが入ったカバンをおなかの前にくっつけている少女』だったのが、今は『ただのおなかが不自然に大きな少女』になっている。

 なってしまっている。


 今のユエルの外見を、一言で表すとこうだろう。



 マタニティーウェアを着た、幼い妊婦の少女。



 しかも、ユエル自身が、慈愛の表情でおなかのあたりを撫でている。

 実際に撫でているのはドラゴンの卵なんだが、はたから見たら臨月の妊婦がおなかを撫でているようにしか見えない。


「こ、これは、なぁ……」


 ユエルは、いつも俺と一緒にいる。

 卵を温める必要があったとしても、それはおそらく変わらない。

 ……でも、想像する必要がある。

 こんな状態の少女を侍らせて街や屋敷の中を歩いたら、その隣にいる「ご主人様」と呼ばれる男性は、その少女とどういう関係だと見られるのかを。


 ――「ご主人様、似合いますか?」と、おなかが不自然に膨らんだユエルが、俺を見て言う。


 その表情は、とてもうれしそうだ。

 ……どのメイドが作ったのかは知らないが、今ユエルが着ているマタニティーウェアは、メイドがユエルのために作ったものだ。

 誰かに、自分のために服を作ってもらったのが、嬉しいのかもしれない。


「あ、あぁ……似合ってるよ……」


 俺には言えない。

 不自然だなんて、似合わないなんて、言うことができるわけがない。


 ……でも、俺がユエルの服を否定する必要はないはずだ。


 この服を提案したのも、持ってきたのも、俺じゃない。

 持ってきたやつが、きちんといけない部分を指摘してあげるべきだ。

 俺は、ひきつった表情のルルカに視線を向ける。


 すると、ルルカはユエルのおなかのあたりを見て微妙な顔を、そして嬉しそうなユエルの表情を見ては頭を抱える。

 ルルカも、きちんと今の状況の問題点を把握しているらしい。


 さぁ、言うんだルルカ。

 お前の口から『似合ってない』と、はっきり言うんだルルカ。

 それが、この服を持ってきた、お前の責任だ。

 俺は、ルルカに視線を向けて、そんなプレッシャーをかけ続ける。


 そして、ルルカは……俺からサッと目をそらした。


「う、うん! に、似合ってるよね! じゃあユエルちゃん、シキ、温めながらたまに揺すってあげたりすると良いらしいから、後はよろしくね!」


 そして、早口にまくしたてるルルカ。

 それから、逃げるように部屋から出ていった。


「……」


 どうやら、ルルカは俺にすべてを押し付けることにしたようだ。

 ……あのドラゴンの卵、叩き割ってやろうか。

 いや、ユエルが泣くからできないけど。


「わたし、この子が孵るまで、この格好で頑張りますね!」


 三週間もその格好をするつもりなんですか、ユエルさん。

 でも、こんなに愛おしそうに卵を温めるユエルに、やっぱナシなんて言うことはできない。


「赤ちゃん、産まれるの楽しみです」


 おなかを撫でながら、ユエルが言う。

 ……でも、ちゃんと「ドラゴンの」をつけなさい。


続き物番外編にする予定です。

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