異世界の迷宮都市で。
邪神が倒されてから、十日程が経った。
王都は無事解放され、世界は平穏を取り戻した。
そして、聖女は俺との婚姻の準備を急ピッチで進め、今日、ついに俺と聖女、エリス、ルルカの結婚式が行われる。
「ね、ねぇ、私のドレス、やっぱりちょっと派手じゃない? こ、これで街を歩くのは私、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「それぐらいでいいんじゃないかな。一度しか着れないんだしさ。気にすることなんてないって」
迷宮都市にある小さな教会の、その一室。
そこで、ウェディングドレスを着こんだルルカとエリスが、互いの衣装を確かめ合っていた。
――この迷宮都市の結婚式には、特殊な風習がある。
それは、結婚式を終えたら、街を練り歩いて街中の人に結婚をお披露目をするというものだ。
「エリス、似合ってるんじゃないか。それでいいと思うぞ」
聖人の結婚というだけあって、おそらく見物に来る人は多いだろう。
それが恥ずかしいのか、エリスは何度も何度も自分の衣装を確かめていた。
「そ、そうかしら……そ、それならいいんだけど」
「ね、ねぇシキ、私は? わ、私は?」
エリスだけが褒められたのが嫌なのか、ルルカも自分を指さしながら聞いてくる。
「あぁ、もちろん似合ってる」
「そ、そう? え、えへへ……」
言うと、ルルカは嬉しそうにはにかんだ。
エリスもルルカも、結婚が決まってからはなんだかんだでそこそこ仲良くやっている。
これぞ、ハーレムエンド。
俺の求めた光景が、そこにはあった。
まぁ、あの後ドラゴンの上でスライムゼリーしていたことがなぜかルルカにバレて、数日口をきいてもらえなかったり。
結婚前にエリスに夜這いをかけようとして、部屋から追い出されては、やはり数日口をきいてもらえなかったりはしたけれど。
でも、おおむね平穏だった。
「準備はお済みでしょうか」
ちょうど控室に入ってきた聖女が、二人に確認した。
そう言う聖女も、ウェディングドレスをしっかりと着こんでいる。
「急なことで、リハーサルも満足にできずに申し訳ありません。これから、シキ様と私達三人で、教会の前で式を行います。シキ様には用意した指輪を私たちにそこで渡し ていただき、誓いの言葉を立てていただきます。そのあと、その格好のまま街を練り歩きお披露目をして、領主様のお屋敷で披露宴という流れになっておりま す」
――どうやら、もうすぐ式が始まるらしい。
……でも、まだ始まってもらっては困る。
「アレ」が届く前に、式が始まっては困るのだ。
部屋の隅で、会話にも混ざらずどこか寂しそうにしているユエル。
そのユエルに、視線を向ける。
俺は、邪神と戦って、命を拾ってからずっと考えていた。
俺は、どうすればいいのかを、ずっと考えていた。
そして、その結果出した俺の「答え」が、もうすぐ届くはずなんだが。
できうる限りの最高品質でと、俺の持つポケットマネーを全てはたいて特注した。
今日の朝までには届けてほしいと業者には頼んだが……もしかして、間に合わないのだろうか。
オーダーメイドだと、時間がかかるとも聞いたし。
――俺が、そう心配していると。
「せ、聖人様っ!!」
控室に、飛び込むようにして女が入ってきた。
「ご、ご要望の品です。ご注文通り、最高級のミスリルを用いて仕上げさせていただきました。ご、ご確認くださいっ……」
「おお! 来たか!」
エリスやルルカ、聖女から隠れるようにしながら、女の持ってきた品物を確認する。
――うん、上出来だ。
これなら、申し分ないだろう。
「どうしたの、シキ? それなに?」
ルルカが、疑問の声をあげる。
でも、その質問に答えるわけにはいかない。
俺は女からもらったそれを、アイテムボックスにしまうと、すぐに扉に向かう。
「あぁ、なんでもない。……少し外に出てくる。ユエル、護衛でついてきてくれ」
「ちょ、ちょっとシキ、どこに行くつもりなのっ!?」
エリスが、驚いたような声をあげた。
まぁ、結婚式の直前だしな。
今からどこかに行かれては困るんだろう。
でも、結婚式の前だからこそ、今だからこそ、俺はやらなければならない。
聖女は俺のしようとしていることに感づいたのか、どこか微笑ましそうな目で俺を見た。
気づいていても、言葉にださないあたりよくわかっている。
絶対にエリスもルルカも、何か言うだろうしな。
「大丈夫だ、すぐに戻る!」
俺は適当に二人を誤魔化すと、ユエルを連れて部屋を飛び出した。
結婚式用のタキシードを着たまま、教会の中を歩く。
別に、どこに向かっているというわけではない。
ただ、人気のないところならどこでもいい。
俺は、周囲を見渡して、人気のない方へ、ない方へと進んでいく。
――そして、一分ほど歩いて、教会の庭に出た。
誰かがいるような気配はない。
ここなら、良いだろう。
「ユエル」
俺は、後ろからついてきている少女の名前を、声に出して呼んだ。
「はい、ご主人様」
ユエルが、返事をする。
穏やかだが、どこか寂しそうな、僅かな諦めの感じられる、そんな声音だ。
ユエルは俺の前に立つと、俺の格好をじっと眺める。
……少し、目が赤い。
もしかしたら、俺が見ていないところで泣いてしまったのかもしれない。
やはり、ユエルは自分だけ結婚できないのが、寂しいんだろう。
でも、俺はユエルを悲しませるつもりはない。
だから、こう慰めの言葉をかけた。
「ユエル、結婚は大人になったらな」
今は結婚できなくても、大人になったら結婚できる。
そんな前向きな言葉を、ユエルにかける。
「大人に、なったら……」
俺の言葉に、悲しそうな表情を滲ませるユエル。
……まぁ、この反応をするのはわかっていた。
ユエルは既に気づいている。
俺が、ユエルを悲しませないために嘘をつくということを。
今のユエルは、こんな小手先の、ちょっとした言葉じゃ誤魔化されたりはしないようだ。
「ユエル、ユエルは大きくなったら、エリスやルルカ、聖女にも劣らないぐらいの、凄い美人になる」
「美人に、ですか?」
……おそらく、ユエルは自分に自信がないのだろう。
今のユエルは胸もないし、背も低い。
まだ、俺の完全なストライクゾーン外、ただの子供でしかないんだから。
俺が将来を口約束しても、自分が理想通りに成長するとは限らない。
だから、俺の言葉を信じることができない。
でも、俺には確信がある。
今のユエルにはわからなくても、俺だけは、ユエルの将来がはっきりわかる。
そして、今のユエルが……俺のことをどういう風に見ているのかも。
しっかり、あの時、大人になったユエル自身が伝えてくれた。
――俺は、あれからずっと考えていた。
光の粒子となって霧散した、あの成長したユエルを見て。
あれだけのことを俺にしてくれたユエルに、いったいどんな「ご褒美」をあげればいいのかを。
「ユエル、ユエルは子供だ。だから、まだ結婚するわけにはいかない。……でも、これをあげることはできる」
まだ、子供のユエルとは、結婚するわけにはいかない。
でも、俺が将来を口約束したところで、ユエルは信じてはくれない。
――だから、俺は苦心して、答えをひねり出した。
その答えが、これだ。
俺は、約束の証を立てることにした。
さっき受け取ったばかりの、小さな小箱をユエルの前に差し出す。
「ご、ご主人様、こ、これって……こ、これって……?」
その小箱を見て、ユエルが察したのか、驚いた顔をする。
俺は、ユエルによく見えるよう、その箱の蓋をゆっくりと開けた。
――中身は、エリスやルルカ、聖女にこれから渡すものと、似た指輪。
でも、これは俺が全財産をはたいて特注した、世界に一つだけの、ユエルのためだけの婚約指輪だ。
ユエルは、その指輪を見て目を見開いた。
ユエルの頬がだんだんと紅潮し、暗かった表情が花開くように明るくなっていく。
「ゆ、指輪……これ、わ、私の……私の、指輪ですか……?」
信じられない、そんな表情で、俺を見るユエル。
まぁ、俺もちょっと前ならこんなことをしている自分が信じられなかっただろう。
子供に婚約指輪を渡すなんて、いったいどんなロリコンだ。
きっと、そう思っていたに違いない。
でも、今の俺は、ユエルにこの指輪をもっていてほしい。
心の底から、そう思っている。
「あぁ、婚約指輪だ。皆との結婚式の前に、ユエルにこれを渡したかった」
一度、周囲を見渡す。
……よ、よし、誰も見ていない。
俺は、その指輪を手に取ると、そっとユエルの指にはめる。
「す、すごく、きれいです……」
ユエルが、指輪のはまった手を、空にかざす。
指輪が、太陽の光を反射して小さくきらめいた。
そして、俺は、言うべきことを言うために、すぅっと小さく息を吸う。
ユエルの身体が、ピクリと揺れた。
きっと、俺がこれから何を言うつもりなのか、わかったんだろう。
この言葉を言うのには、相応に勇気がいる。
相手がユエルなら、なおさら別の意味の勇気が必要だ。
まだ幼い、奴隷の少女。
今なら引き返せる、そんな言葉が、脳裏を過ぎった。
でも、俺は引き返さない。
――なぜなら俺は、勇気ある、ユエルのご主人様だから。
「ユエル、大人になったら、俺と結婚しよう」
ユエルは俺の言葉に、目を見開く。
それから、きゅっと目を閉じると、なにかを噛みしめるように俯いた。
そして、俺を見上げて一度はにかむと、俺に飛びついて抱き着きながら――
「はい、ご主人様っ!」
心の底から嬉しそうな声で、そう言った。
これで本編完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
番外編も少ししたら投稿すると思うので、よろしくお願いします。




