表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/89

邪神。

「じゃ、邪神様っ、邪神様ぁっ……!!」 そ、そんなっ、こんなはずじゃぁっ……!


 完全にハメた。


 降伏を偽装し、サキュバスを騙し、奴隷として隷属させる。

 そして、サキュバスの魔物を用いた邪神への不意打ち。

 これこそが、俺の考えた邪神討伐のための最適解。

 魔物の群れの中心にいた邪神にとっては、たまったものじゃないはずだ。


 あまりにも卑怯で、とてもユエルに見せられるような戦い方ではないが、相手が相手だ。

 手段を択ばず、全力でやらせてもらう。


「サキュバス! 魔物の攻撃を緩めさせるな! 確実に、魔物に邪神を殺させろ!!」


「くっ……くうぅっ……! こんなもの、いつの間にっ……! 使徒を隷属させる魔道具なんて、いつの間に開発されたんだっ……!」


 この作戦が成功したキーは、やはりこの首輪だろう。

 この魔道具は、聖書の中には存在しなかった。

 最近になって大司教が開発した、全く新しい魔道具だ。

 こんな手段でサキュバスのコントロールを奪われるなんて、邪神も、サキュバス自身も、想像すらしていなかったに違いない。


 ……でも、邪神もなかなかしぶとい。

 一瞬で圧死するかと思ったが、しぶとく粘りながら、周辺の魔物を大規模魔法でドッカンドッカンやっている。

 あれだけの魔物に至近距離から襲われてまだ生きているあたり、剣の達人というのはやはり嘘ではないらしい。


「エリアヒール! エリアヒール! エリアヒール!!!」


 ……でも、自分を巻き込まないためか、魔物をまとめて吹き飛ばすことはできていない。

 ここまで接近できれば、やはり大規模魔法の利点は大幅に削ぐことができるようだ。


 それに、魔物は人間と違って頑丈なものも多い。

 人間には間に合わない俺の治癒魔法も、一撃で死なない大型の魔物に対してであれば、即座に全快させることができる。


 外周にいる魔物の数を減らそうとしても、俺の治癒魔法があれば、そうすぐに邪神への圧力が弱まることはない。

 これなら、いくら剣技に優れた邪神でも、いつかは倒れるはずだ。


「いけるっ……いけるぞっ……!」


 ……俺も治癒魔法の届く距離にいないといけないから、あまり遠くにはいられない。

 本当はサキュバスを使って空から戦況を見たいんだが、邪神に現在地を目視されると狙い撃ちにされる可能性がある。

 俺には、魔物で視界を遮りながら後方支援に徹することしかできない。

 正直、いつ爆発に巻き込まれるか、気が気じゃないけれど。


 ――数分、爆発と治癒魔法が交錯する。


「爆発が止まった……? そ、そんな、邪神様ぁっ……!」


 そして、ついに爆発が止まった。

 爆発は、邪神がまだ生きていて、魔物に抵抗していたことの証明だ。

 それが止まったということは、つまり……。


「やったか……?」


 一瞬、勝利を確信した。


 ――けれど、その確信はすぐに崩れ去る。


 一筋の、赤い光。

 それが、魔物の群れの中心から漏れてきたのが見えた。


 その光の筋は、瞬く間に膨大な数に増えていく。

 そして、次の瞬間。

 魔物の群れが、轟音とともに光の中に消えた。

 邪神を囲む数百数千の魔物の群れ、その全てを丸ごと呑み込まんばかりの、巨大な爆炎が上がる。


「うっ、お、おおぉっ!!!」


「ひ、ひぎぃっ!!」


 同時に、爆風が俺とサキュバスに直撃した。

 地面に踏ん張ることもできずに、何度も地面に叩きつけられながら吹き飛ばされていく。


 熱風が喉を焼く。

 視界がかすむ。

 耳鳴りで、何も聞こえない。


 そのまま、ゴロゴロと地面を転がっていく。


「い、いってぇ……」


 反射的に自分に治癒魔法を使ったせいか、なんとか生きている。

 サキュバスの方も確認するが……あれは駄目だな。

 地面に倒れ伏し、ピクリとも動く気配がない。

 死んではいなさそうだが、気絶してしまっているようだ。


「まぁ、サキュバスが使えても、これじゃあなんの意味もないか」


 爆発の方向に視線を向けると、土煙の向こうに、うっすらと大きなクレーターが見えた。

 巨大な隕石でも落ちたんじゃないか、そう錯覚するほどの、超威力。


 魔物の群れは……おそらく、この威力なら全滅だろう。


「でも、これなら……」


 邪神自身だって、ただではすまないはずだ。

 というか、死んでいないとおかしい。


 ……もしかして、自爆したのか?

 殺されるのが嫌で、自分から死んだとか。

 もう長い間封印されるのは嫌だとか。


 いや、考えても仕方がないか。

 邪神の死を確認するために、土煙のもうもうと舞う、爆心地へと歩いていく。


 けれど、その爆心地から、


「なっ……!? どうしてっ……!?」


 ゆったりとした動作で、男が歩いてきた。

 トロールの肩の上に乗っていた、あの男だ。

 しかも、さっきのあの爆炎で傷ついた様子もない。

 完全に、無傷。


「こんなところで本気を出すことになるとはな。王都の結界魔法を解くことになってしまった……これで、王都から挟撃されてしまうではないか」


 男が呟く。

 そうか……結界魔法だ。

 完全に存在を忘れていた。

 王都を閉じ込めていたとかいうあの魔法を、自分に使ったのかもしれない。


 ……でも、あれの発動には準備が必要だと聖書には書いてあった。

 そんな時間は、どこにもなかったはずだ。


「いや、まさかっ……!?」


 可能性が、ないわけでもないのか。

 準備が必要だというのなら、準備をすればいいだけのこと。

 ……あの邪神は、全方位から襲ってくる魔物の群れと接近戦で戦いながら、爆風で遠くの魔物を焼き払いながら、結界魔法の仕込みをした。


 ――そして、自分の周囲にだけ結界を展開し、魔物を丸ごと焼き払った。


 つまりは、そういうことなのだろうか。

 ……ぞっとするような技量だ。

 流石は邪神と呼ばれるだけはある。


「あのトロールは乗り心地が良くて気に入っていたんだがな、惜しいことをした」


 邪神が、俺に歩み寄りながら、声をかけてきた。

 その表情には、随分と余裕がある。

 ……魔物がいなくなった今、俺にはもう勝利への筋道はない。

 最早、俺はまな板の上の鯉ということだろう。


 逃げても、後ろから魔法で攻撃される。

 立ち向かっても、まず一刀で切り伏せられるのは目に見えている。

 援軍だって、来るわけがない。

 もし来たとしても、邪神に魔法で薙ぎ払われて終わりだろう。


 ……これは、詰んだかな。


「……どうやら、俺の負けみたいだな」


「よくやった方だ。……まぁ、先代の聖人と比べると、詰めは甘かったがな」


 邪神が、剣を抜いた。

 この距離なら、魔法より剣の方が速いんだろう。

 抜き身の剣を見せつけるようにしながら、邪神は近づいて来る。

 どうやら、俺はこのまま殺されるようだ。


 ……右手に持った杖を、強く、強く握りしめる。


 けれど邪神は、僅かに考えるような表情をすると、なぜか剣を下ろした。

 どうしたんだろう。

 もしかして、遺言でも聞いてくれるんだろうか。


「殺す前に聞いておきたい。お前は、どうやってここに来た?」


 けれど、飛んできたのはただの質問だった。


「ドラゴンに乗っていたのは、お前も見ただろ」


 ここには、ルルカのドラゴンに乗ってきた。

 そんなことは、邪神もわかっているはずだけれど。


「違う、そういう意味ではない。お前は、どうやって地球の日本から、この世界に降り立ったかと聞いているんだ」


「っ……!?」


 地球の、日本から……?

 どうして、邪神からその単語が出てくるんだろう。

 いや、でも、よく考えれば……共通点はある。

 あの、膨大な魔力が必要だろう大規模魔法、そして、黒い髪の、人間のこの姿。


「もしかして、お前も聖人なのか……?」


 邪神が、聖人だった。

 まさかと思ったが、その可能性は、改めて考えると非常に高い気がする。


「それは違う。聖人というのは、教会が勝手につけた呼称だ。俺はそんな名前ではない」


 聖人ではないが、異世界人。

 つまり、やはり俺とルーツは同じということか。

 邪神は、俺の驚いた反応を見ると、ニヤリと笑って話を続ける。


「それで、どうなんだ」


「俺は、日本で通り魔に刺されて……死んだと思ったら、なぜか迷宮都市にいた。それだけだ。理由は知らない」


 邪神は「迷宮都市……やはりか」と呟くと、見下すような目で俺を見た。

 無知な人間を、馬鹿にするような目だ。


「……お前は、なぜ迷宮がこの世界に存在するのか知っているか?」


「い、いや、知らない」


 なぜ迷宮がこの世界にあるのか。

 ……そんな話を以前、聖女としたことがあった。

 結局、確かめる手段がないし、わからないということだったけれど。


「同郷のよしみで、殺す前に教えてやる。迷宮はな、この世界に神が干渉するための道具だ。あの最奥には、世界に干渉するための、神の装置がある。お前は、迷宮から召喚されたんだ」


 ……確か、風呂で聖女もそんなことを言っていた。

 あの時は適当に聞き流していたけれど、どうやら本当のことだったらしい。


「俺はこの世界を旅したことがある。俺がかつて征服しようとした、この大陸以外の外の大陸にも行った。そこで世界の神話を……メディネ教以外にも、色々と読んだんだ」


「この大陸の、外……!?」


「するとな、この世界は、強力な独裁者や悪辣な侵略者が現れると、突然迷宮都市から現れた聖人が、それを滅ぼす。どの宗教でも、そうなっていたんだよ。……俺は確信した。この世界は、迷宮を介して神の干渉を受けていると。……だから、俺は全ての迷宮を破壊することにしたんだ。俺がこれからやることに、邪魔が入らないようにな」


 どの地域でも、迷宮から聖人が現れ、悪を滅ぼしていた?

 それはつまり、本当に世界全体を観測するような存在が、この世界にはいるということなのだろうか。

 ……少し、信じきれないが。


 しかし、邪神の目的はやはり、迷宮の破壊だったらしい。

 ……でも、迷宮を破壊して、やりたいことというのは一体なんなんだろうか。


「これから、やること?」


「これだけの破壊力の攻撃魔法を手に入れたんだ。やることは、一つだろう?」


 あれだけ絶大な破壊力のある攻撃魔法でやること。

 そんなもの、何かを破壊すること以外にはありえない。

 ……どうやら、邪神はこれ以上を話すつもりはないらしい。

 剣でトントンと地面を突くと、俺を見据えた。


「な、なぁ、俺は見逃してくれたりとかしないか? ほら、同郷のよしみでさ」


 まだ死にたくはない。

 俺には、やり残したことがたくさんある。

 でも邪神は、皮肉そうな笑みをつくると、無言で剣を振り上げた。


「……だよなぁ」


 おそらく、こいつは自分の力に酔っている。

 破壊することそのものが、楽しいんだろう。


 聖書に、邪神は侵攻ルートにあった都市を、人も建物も、全て丸ごと消滅させたという描写もあった。

 わざと魔法の威力を抑えて、魔法で嬲るように、都市を削って楽しんでいたという描写もあった。


 あれだけの攻撃魔法を得て、この世界でどういう経験をしてきたのか、俺には想像もつかない。

 どうしてそういう思考になったのかも、理解できない。


 ――でも、俺がやるべきことだけは、決まっている。

 俺がここで倒れれば、邪神は間違いなく、ユエル達の待つあの迷宮都市に向かうだろう。

 だから、俺はその邪神の笑みに、こう返した。





「じゃあ、道連れだ」

次の更新は三日後ぐらいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ